第39話 そういうことにしてあげる
「だったら、そういうコトにしとけ。互いを補うために出逢った。そういうもんだと思えよ」
つまりは、出逢いが運命だと。
そんな綺麗なものじゃない、と言いたいのは山々なのに、それが声にならない。
「世の中、上手いこと回ってんだろ。リンがそれを抱えたから俺はリンに出逢ったって、そういう話にしとけ。それなら誰にも邪魔できねぇだろ?」
これだけたくさん考えたのに、最後は大雑把にまとめてしまうみーくんが適当過ぎて腹立たしい。
あんなに悩んだのに、あんなに考えたのに、一言でまとめたら意味がない。
そういう話にしとけってなに。
何でそんなに簡単に決めるの。
不満が口に出せないのは、喉が詰まっているからだ。
罪を許されたわけでもなく、みーくんに嫌われたわけでもない。
だからといって、非難されたわけでもない。
みーくんは私の話に『感想』を言って、別れる必要がないことを示しただけだ。
運命、因果律、必然。
なんて恥ずかしい響きだろう。
どこかの陳腐なドラマでも、こんなに雑にまとめたりしない。
ヒロインが過去を悔やんでいて、ヒーローはそれを許して受け入れる。
またあるドラマでは、弱ったヒーローをヒロインが救ったりして、そこから話が進む。
一場面一場面が丁寧で、とても幸せな話が出来上がるはずなのに。
私もみーくんも救われていない。
あまつさえ、みーくんはトラウマすら利用してみせるし、私も可愛いヒロインみたいに改善なんかできていない。
同じことを繰り返さないなんて言えない。
だって、すべてが『ありのままの私』だから。
ときには人を恨んで、ときには殺意すら抱く。
またあるときには普通に喜んで、普通に笑う。
ハッピーエンドは望めない。
私もみーくんも、世間的には『最悪』な部類だから。
――そういう話にしとけ。
なのに、まるで幸せな話みたいに『運命』だと言うみーくん。
「『飾ってない』リンが好きだって、何回言えば分かんだよ。リンがすることも、したことも関係ない。リンがリンって人間だから好きなんだって、もう分かっただろ」
ありきたりな告白よりも、何倍も強く私に響く。
『私』という個人を見つめてくれる。
愛してくれる。
何よりも求めたものが、目の前にある。
「――『俺』をリンにくれてやる。だから『リン』も俺に寄越せよ」
「馬鹿じゃ、ないの」
ぼやけた視界を擦りながら、涙を拭う。
あふれ出る切なさと湧き上がる歓びが、私の頬を赤く染めた。
「運命だって思ってろ。俺にはリンと付き合う『理由』は必要ねぇ。別れる理由は作らせねぇ」
「みーくんは、適当すぎ……。私は『理由』にこだわるのに」
「理由つけたら、逃げる手段を与えてんのと同じだろ」
ミツルの命令口調にも、みーくんのふざけた口調にも変わらず含まれる『そのまま』の素の言葉。
だから嫌いになれないんだ。
だから離れられないんだ。
毒はすぐに抽出しないと身体を侵食してしまう。
一生あとを引く毒だってある。
現にみーくんは、その例だ。
依存性が強くて侵食が早い。
毒の中でも一番たちが悪いけれど。
それでも私は論破された。
臆病虫も狂気も全部、結局盾にはならなかった。
私の張った防壁と予防線は、すでに壊されてなくなった。
だからもういいと、潔く諦めるしかない。
「『そういうこと』に、してあげる」
大体、恋人同士ってこんなに回りくどいものだったっけ。
みーくんがこんな私でいいというなら、もうどこにも妨げは存在しない。
私もみーくんでいいと思ったから、それが『答え』になっている。
私の忠告は意味をなさなくて、みーくんは別れを良しとしなかった。
それは私にとって変化の象徴となり、胸のしこりはみるみる間に小さくなった。
詩音の話をして、私の素も話した。
もう抱えているものは何もないし、懸念することもなくなった。
詩音に私が犯した罪は、一生私の中に残る。
みーくんはそれを許しも責めもせず、私の中の一部として認識した。
だから私は私のままで、出逢う前も今も本質は変わらない。
変わったのは――
「りーんちゃん」
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月曜日。
平日の真っ昼間にもかかわらず、自由過ぎる高校生たちは、まったく森に見えない『森のカフェ』で優雅に珈琲を飲んでいる。
「みーくん、なに?」
「ちゅーしてイイ?」
「いけません、場所をわきまえましょう。……そこ、ニヤニヤしない」
ニヤニヤする酒田さんとタキを睨みながら、みーくんの手の甲をつねる。
――変わったのは、日常的にみーくんが私にベタベタするようになったこと。
それから、女関係を綺麗さっぱり洗ったことだ。
タキが飛び上がって驚き、龍が私によくやったとにっこり笑い掛けたくらいにすごいことだった。
トーテムポールの純粋な笑顔は、予想以上にレアものらしい。
タキも幽霊を見るような顔をしていた。
「お前らマジで面倒くせぇ……後出しすんじゃねぇぞ。なんかまだあるなら今すぐ解決しとけ」
私もみーくんもすべてを話したりはしていないけれど、龍はなんとなく何かあったと気づいていたらしい。
その言葉には、さまざまな意味が込められているような気がした。
もうミツルに面倒を起こさせるな。
そんな意味合いにも聞こえる。
実際、睨まれているのが私だけだから、そう思わざるを得ない。
「そんな私が問題の塊みたいな言い方しないで。もう何もありません」
「本当にねぇんだろうな?」
「ないってば。みーくんに聞いてよ」
「ミツルの問題はオンナだけだ」
きっぱり言った龍が、みーくんの過去を知っているのかどうかは分からない。
けれど、その目は真剣だった。
だから私も真剣に頷いてみせる。
「何だよ、龍ちゃんもりんごも辛気くせーな! ワイワイしようぜ!」
そんな空気をぶち壊し、お気楽なタキはボックス席の椅子に足を上げる。
その座り方大丈夫? と言いたいのを我慢してため息を吐く。
そんなことを言ったら、嬉々としてタキが乗ってきそうだ。
「ま、何があったか知らねーけど、りんごもみっつんも仲直りしたんならいいじゃねーか。龍ちゃんもみっつんの心配しなくてよくなったしな!」
「りんご、ミツルを捕まえとけ。何があっても絶対に離すなよ?」
「龍にそう言われるとなんか気持ち悪い……離すなよって、そんなこっ恥ずかしい――」
「あ?」
「なんでもないから。みーくん、ちょっと触んないで」
横で何かしらちょっかいを掛けてくるみーくんを引き離しながら、定番化したアイスティーを飲む。
カウンターの向こうには酒田さんが立っていて、今日も槙原さんはいなかった。
「……お見舞いとかって迷惑かな」
「だぁれにお見舞いするつもりー?」
「槙原さんのこと。入院してるんでしょ?」
知らされていなかったことに腹を立てたとき、みーくんは驚いていた。
けれど、酒田さんが入院しても私はきっと心配すると思う。
知り合いになるって、そういうことだ。
「んー……行きたい?」
「ぶっちゃけると、お見舞いってしたことないから行ってみたい。槙原さんが心配なのもあるけど」
「素直だなー、りんご。お前みたいに正直だと清々しいぜ」
タキが感心したように頷いて携帯を取り出す。
シリコンカバーが真っ赤なスマートフォンだ。
どいつもこいつもハイテク化して、なんて奴らだ。
二つ折り携帯は、もうすでに古いって言いたいのか。
「行っていいか聞いてやるよ。急に行って取り込み中だったら悪ぃしな!」
「槙原さんに変なイメージ抱かせないでくれる!? なんかぞわっとするから!」
一瞬でも想像しそうになった自分に気持ち悪さを感じつつ、電話をしてくれるというタキには感謝も抱く。
龍もみーくんも、周りはどうでもいいと思ってそうだ。
「おーす。りんごがお前に会いたいって言ってんぞー! じゃ!」
それだけ言って一方的に電話を切ったタキに、呆然とする。
まさか終わり……?
タキが携帯をしまった瞬間、それは確信に変わる。
――まさかのタキも同類だ。
槙原さんの都合も酒田さんの都合も考えない三人。
ついでに私もちょっと酒田さんに頼りそうになったので、まぁ同罪。
本格的に二人が可哀想になってきた。
「そんな言い方じゃ絶対に分かってないってば。何ですぐに切るの?」
「槙原のマッキーだからいいんだっての。んな気にしてたらハゲんぞ?」
「いやいや、ハゲないから。気にするの当たり前だし……。みーくん、槙原さんに電話かメールしても」
「だーめ」
「……行かない方がいいってこと?」
もしかして、遠回しに行かせないようにしてるのかもしれない。
槙原さんのお見舞いに行くことで、何か不都合があるのかと勘ぐって考えてみる。
またみーくんから与えられたヒントだと、眉を寄せて考え始めた私に、龍の呆れたため息が届く。
「ただの嫉妬だろうが」
「……嫉妬? みーくん、嫉妬してるから行かせたくないだけ?」
「だぁーって『初めてのお見舞い』になるしぃ? 槙原じゃもったいなぁーい」
「お見舞いにもったいないっていう意味が分からないけど」
「それよりゴハン食べ行こー」
「分かりやすく話逸らしたね……」
槙原さんの命に別状はないみたいだし、絶対に行きたいというわけでもないので、構わないと言えば構わない。
行かなくても別に困らないし、押し掛けるような形にはしたくない。
それなら早々に諦めた方がよさそうだ。
「まぁ、いっか。いきなり行っても迷惑にしかならないし」
「りんご冷てーな! 冷凍りんごだな。つーか行くならファミレスにしようぜ」
冷凍りんごってなに。
意味不明なタキに誰もツッコミを入れないのは、多分とっくに慣れたからだろう。
みーくんは涼しい顔をして、龍も何事もなかったかのようにスルーしている。
酒田さんも笑うだけで何も言わない。




