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透明  作者: 文月
第一部 出逢い編

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33/62

第33話 私だけを見て

「みーくん、タキは?」

「たぁぶん、お取り込みちゅー。オンナノコと」


 ……うわ、心配して損した。


 だから龍は問題ないって言ったのか。


 どいつもこいつもそういうことばかりは達者で嫌になる。


「最近の男の子は元気そうですねー」


 棒読みして言った私にみーくんはしれっとした顔で頷いた。


「まぁ、俺はもうしないけどぉー。りんちゃんが居るしぃ?」


 その言葉を意図的に無視して歩き出す。


 確かにさっき言ったのはそういう意味になるけれど、生々しく言われたら堪らない。


 まだ言ってないけど、私はそういう経験がない。


「愛してくれって言われたしぃ?」


 言い方のニュアンスをかなり都合良く解釈されているような気がする。


「愛ある告白だよねぇ。ちょーだいって言われちゃったしぃー」


 言ったけど、確かに言ったけど。


「ちゅーしてイイ?」

「いけません」


 酒田さん不在で良かった。


 絶対今のタイミングで酒田さんが居たら噴き出してた。


 さくさくと歩いてカーニバルを後にして、マンションへの道のりを辿る。


「りーんちゃん、泊まってイイ?」

「いいけど、疲れたからすぐ寝るよ?」

「おっけー」


 聞きたいことは、まだたくさんある。


 だけど、それは落ち着いてからの方がいいかもしれない。


 どうして愛したいのか。どうしてそんなに与える行為をしたいのか。


 みーくんは改めて見ると、不思議だらけだ。


 午前8時を過ぎて、私はようやくマンションへ帰り着いた。


 平日なのにまったく学校へ行こうとしない三人に注意したところで、意味はないんだろうなと思う。口には出さないけれど。


 朝から大変な龍、自由奔放なタキ。


 マイペース過ぎるみーくん。


 高校生らしくない自由な生活リズムに驚く時期は、とっくに過ぎていた。


 玄関の鍵を回してドアを開ける。


 後ろにいたみーくんはご機嫌で私の背中を押した。


 前のめりにつんのめりそうになった身体はなんとか踏みとどまって、押したことを非難してやると振り返った先で不意討ちのキス。


 玄関先でいきなり与えられたそれは不快感こそないけれど、好ましいとも思えない。


 反射で目こそ瞑るものの、だからと言って受け入れたわけじゃない。


 腰に回された腕はがっちり私の身体を捕まえていて、逃げられないようにキツく拘束される。


 辛うじて自由にされていた腕で、みーくんの肩を叩いて止めさせる。


 身長差がこんなところでも仇《あだ》になっている。


「みーくん、ここ玄関なんですけど。靴履いたままだから」


 解放された唇は相変わらず可愛くない言葉を口にして、みーくんと離れるための理由を探す。


 見上げた先のみーくんは艶ある笑みを滲ませて、くらくらしてしまいそうなくらいフェロモンを撒き散らす。


 これか、こういうのが女の子を惹き付けるのか。


 思わずどきりとする表情をなるべく見ないようにして、履き潰したスニーカーを脱いで部屋に上がる。


 出たときのまま、ルームウェアが床に散らばっていた。慌ててそれを抱え込む。


 みーくんはある意味、麻薬みたいに私を侵食して、いつの間にか堕落させる。


 それはみーくんだけのせいじゃない。私が大雑把で、つい何でも後回しにしてしまうのも大きな理由の一つだ。


 だけど、多分みーくんは、私がどんな格好をしても、どんな生活をしていたとしても、きっと何も言わないと思う。


 『ありのままでいい』


 そう言うのは簡単だけれど、本気でそう思うのは難しい。


 そして、みーくんは本気でそう思っているからたちが悪い。


 しっかりしなくてもいいと甘い毒を飲ませるように、ずぼらな私を笑って見逃す。


 だから、楽だ。


 変に取り繕わなくてもいいことが、手放せないくらい癖になる。


 でも、それに慣れたら後が怖い。


 できるだけ自分の中でストップをかけて、なるべく片付けるように気をつける。


 そうすることが、完全に堕落してしまわないための最後の砦《とりで》になるはずだから。


「私、シャワー浴びてくる。みーくん好きにしてて」

「りんちゃん、今のもう一回」

「みーくん好きにしてて」

「その前」

「シャワー浴びてくる……?」

「……イイ!」


 グッと親指を立てたみーくんにいつものようにスルースキルを発動して受け流す。


 どこがツボなのかいまいち分からないけれど、嬉しそうな顔をされると複雑な気持ちでつい許してしまう。


「……みーくん」

「なぁに?」

「まだ、そういうのは心の準備ができてない……と言いますか」

「そういうのってなぁーに?」

「……」


 分かっている癖に揚げ足ばかり取るみーくん。


 じろりと睨んだらにやにやされた。


 うわ、腹立つ。


「今は、したくないって思ってるわけじゃないけど……すぐにできるとも言えない」

「そぉんな焦ってナイしぃ? りんちゃんがイイって思ってからで充分。……って言うかぁ、したくないって思ってたんだぁ?」

「みーくん軽そうだったし……。なんか嫌だった」

「んー……、ちょーっとおいで」


 素直に気持ちを告げてみれば、案外すっきりするものだ。


 みーくんは緩やかにソファーに座って手招きをした。


 おずおずと近付いて、みーくんの隣に腰を下ろす。


 何だかちょっと恥ずかしい。


「リンがヤりたくねぇならそれで良い」


 じっと目を見てそう言われる。


 揺るぎない瞳は真摯《しんし》に私を捉えたままで、浅く頷くことしかできない。


「他はもうどうでもいい」

「……ナオちゃんは?」


 グラマラス美女の名前を出した私に少しだけみーくんが目を細める。


 与えることが何かしらの発散になっているなら、すぐにみーくんを受け入れられない私はあまり役に立たないかもしれない。


「あの女、『嫌』だったか?」


 ここで嫌だったと私が言えば、一体みーくんは何をするんだろう。


 色気を含んだゆるい雰囲気が徐々に狂気を孕《はら》んで行く。


 じわじわと瞳の奥がギラつき始めて私を試すように射抜く。


「あの女の人が嫌だとは思わなかった。みーくんに置いていかれたと思ったら、ちょっと寂しかったけど」


 思ったことをそのまま口にする。


 嫉妬は感じなかった。


 ただ、置いていかれた寂しさだけが胸にしこりを残していて。


 みーくんから静かに抱き寄せられて、まるでしがみつくように力を込められた。


 置いて行ったのはみーくんなのに、その仕草は置いて行かないでくれと言っているように見える。


 みーくんの背中に腕を回して、ゆっくりと首もとに頭を凭れさせる。


「リン、望《のぞ》め。何でもいい」


 これがみーくんの愛し方なのか、その声音は私に真っ直ぐ訴える。


「……傍にいて。私だけを、見て」


 本当は家族にこそ、そうして愛されたかったけれど。


 叶わない夢に終わっていった。


 一番欲しかった母親の愛はどうやっても私に注がれなかった。


「――リンだけ見るのは当たり前だ。それはさっき、『もう』決めた。……他には?」


「じゃあ、教えて。みーくんのこと」

「何が知りたい?」

「……経験人数とか?」

「さぁな。数えたこともない。リンは?」

「……」

「リンは?」

「……なし」

「……襲っていい?結構、真面目に」


 しっとりとしたセクシーさは時に人を惑わせる。


 すんなり頷いてしまいそうになるくらいみーくんは切羽詰まった甘い囁きを溢す。


 胸の奥がじんわりと媚薬に犯されて、正常な判断を狂わせる。


「噛みつきてぇ」


 みーくんがぼそりと落とした呟きに瞬きをして、飛びそうになった自分を取り戻す。


 噛みつきたいって、なに。


「無理」


 ソファーから降りて背中を向ける。


 危なかった。


 その気になりそうになっていた。


 赤く染まった頬を見られたくなくて、後ろを向いたまま告げる。


「シャワー浴びてもう寝る。今日はそういうことしない」

「――ここまで来てお預けかよ。……可愛いヤツ」

「いやいやどこも可愛くないから!」


 やっぱりドMなんじゃなかろうか。


 しかもお預けって、みーくんは犬か。


 喉を鳴らして笑うミツルをそのままに浴室に飛び込んで頬に手を当てる。


 いつか来るそのときが、今から私に動揺を与える。


 すぐに終わると思っていた付き合いも、だんだんと私の日常へ変わっていく。


 打ち解けた恋人同士の一幕は思っていたよりもずっと心臓に悪い。


 今日、みーくんは恭平と達哉に手を下す。


 ぼんやりと思い出した予定と、今の空気との落差には確かに戸惑いがある。


 それでも、その危うい隔たりさえ――


「みーくんらしい……」


 そう思ってしまう。


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