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透明  作者: 文月
第一部 出逢い編

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第27話 強い理由

 そんな命の危険があるような感じには見えなかった。


 それこそ大事になっていたら、みーくんがこんな自由にしていられるわけがない。


 ということは、そこまで酷くはなかったはず。


 どっちにしても私には直接関係がない話だ。気になったから聞いただけで、そこに情はない。


「棚高の件はもう片が付く。元々大した奴らじゃねぇ。人数が多いから面倒だっただけだ」

「ねぇ、光渦って強いの?」


 ふと浮かんだ疑問を口に出してみる。


 高校生の喧嘩事情に詳しくない私は、いまいち理解できていない。


「まぁ、みっつんと龍は強いぜ。俺なんかじゃぜってー勝てないしな」

「強い弱いの基準が私には分からないんだけど。……じゃあ、都波は強いから光渦と休戦してるの?」


 事情を知らない私に、タキがわざとらしくため息を吐く。


「なんも知らねーのかよ」

「21歳の女で、それを知ってる方がすごいんじゃないの」

「都波には情けをかけてやってんだぜ。みっつんと都波の前のアタマが仲良かったから、休戦してるだけ」


 となると。


 都波よりも光渦は強くて、芝原よりも強い。


 今のところ、私が知っている中では光渦が一番強いということになる。


「光渦より強い学校って、ある?」


 校則が緩くて治安の悪い学校なんて限られている。


 首をひねって聞いた私の頬を、みーくんが軽くつまむ。


 片方だけ頬を引っ張られたせいで、若干顔が歪んだ。


「なぁーいよ。学校は、ね」


 含みのある笑みを浮かべたみーくんは、ちらりと龍を一瞥する。


 龍は忌々しそうに頭をかいて、そっぽを向いた。


「どういうこと?」


 急に不機嫌になった龍を見て、タキとみーくんを見比べる。


 理由の分からない私に、タキがにかっと笑った。空気をまったく読めていない言葉を口にする。


「龍ちゃんが手間取ってる奴ら、チーム組んでんだよ。確か……何だっけ、えーっと、四郎(しろう)?」

「んー……四郎じゃなくて、五郎(ごろう)じゃなかったぁ?」

「どっちも違ぇ」


 記憶力が乏しいタキは分かるとしても、みーくんは笑っているから冗談のつもりらしい。


 四郎だか五郎だか分からないそのチームに眉を寄せると、龍が本当のチーム名を教えてくれた。


「……虎狼(ころう)だ」

「うわぁ……」


 引いてしまいそうなくらい恥ずかしいチーム名に、半ば同情しながら意味を思い出す。


 確か『残忍非道のたとえ』として、虎と狼を組み合わせた言葉だったはず。


 残忍非道のお手本みたいな人が、隣に座っているような気がしないでもない。


 横目で『残忍非道の代表』を見る。


 目ざとく気づいた『残忍非道な人』は、にやっと笑った。


「なぁに? りんちゃん」

「何でもないです」


 そのチーム名を数年後には恥ずかしいと思うであろう男の子たちに、同情しながらも懐かしく思う。


 誰にだってある黒歴史。


 虎狼って! 虎と狼って!


 考えれば考えるほど、笑いたくなってくる。


 いっそのこと、『冥界より来たる覇者の虎』『煉獄(れんごく)より訪れた紅蓮の狼』とか、やり過ぎなくらいの名前にすればよかったのに。


 いろいろな意味で、チーム名を聞いた人は楽しめると思う。


「でも、そのチームって強いんだよね?」


 そんな恥ずかしい名前でも、光渦よりは強いという。


 尋ねた私に、龍は吐き捨てるように言った。


「20歳以上しかいねぇからな」


 ――恥ずかしい名前のチームは、まさかの大人で作られていました。


「……へぇ、そうなんだ」


 一気に複雑な気持ちになった私に、タキが白い歯を見せてにっかり笑った。


「龍ちゃんの兄貴が作ったんだぜ!」

「ちょっとごめん。お兄さん大丈夫? なんか人生うまくいってないとか?」

「知るか」


 龍がかなり恥ずかしそうでした。


「っていうか、何で呼び出したの? なんか話があった?」


 そういえば呼び出されて来たんだった、と今さらながらに思い出す。


 龍が不敵な笑みを浮かべた。


「明日、芝原の連中に報復すんだと。キョーヘイとタツヤも当然対象になる」


 どんな反応をすれば龍のお眼鏡にかなうのか、私には分からない。


 だけど、みーくんに言われたときには、あれだけ嫌な汗をにじませていた。


 それなのに、今思うことはたった1つだけだった。


「……意外と、遅かったね」


 目を見開いた3人に苦笑して、アイスティーのストローを触る。


 本心からそう思った私は、もう手遅れだ。


 『隠さない』ことが、こんなに気持ちを軽くするとは夢にも思わなかった。


 私を売った恭平と、私を見下した達哉。


 憎みもしないけれど、かばいたい気持ちはまったくない。


 私の答えに、タキが含み笑いをした。


 手にしたグラスにはコーラが入っている。それを一気に飲み干し、テーブルに置いた。


「強ぇ女は好きだぜ、りんご」


 やけに瞳を輝かせたタキが前のめりになる。


 みーくんが、その額をデコピンした。


「俺のカノジョだからぁ。タキにはあーげない」


 みーくんのライトブラウンの髪が、緩いパーマに合わせて揺れる。


 窓から差した光を反射して、金メッシュが一層眩しくなった。


「明日になって、やっぱり止めるとか言い出すんじゃねぇぞ」


 確認するように龍が私を睨んだけれど、私からすれば意味不明でもある。


 私が止めてと言ったとしても、実行するのは都波のはずだ。


「……決定権が私にあるとは思えないんだけど」


 ぼそりと呟いた言葉を、みーくんが拾う。


「都波より光渦のが上だからねぇ。りんちゃんがヤメテって言ったら、龍が報復止めてくれるんじゃなーい?」

「……言わないって分かってるくせに」


 力関係では、光渦が一番上だと考えていいらしい。


 龍に私が頼んだとしても、聞くようには思えないけれど。


 というより、やってくれとも止めてくれとも言いたくない。


 あくまで『高校生同士の喧嘩』なのだから、私が首を突っ込むつもりはない。


 ……最初は問答無用で、恭平に突っ込まされたけれど。


 本題はそっちだったらしい。


 私が特に反対を示さないことに驚きながらも、龍は頷いて黙った。


「龍、恭平と達哉は俺のだからとっといてねぇ」

「それは美崎(みさき)に言っとけ」

「アイツきらぁーい」


 あっかんべーと舌を出したみーくんに、龍がわざとらしくため息を吐く。


 こういうときは、タキに聞くのが手っ取り早い。


 よくも悪くも、的を射た返事をしてくれる。


「タキ」

「おう、何だ」

「ミサキって?」

「都波のアタマだな。変態で気持ち悪ぃやつ!」

「……みーくんより?」

「みっつんは普通の変態、美崎はド変態で気持ち悪ぃ」


 なにそのコンボ……と眉をひそめながら想像してみる。


 ド変態で気持ち悪い。


 浮かんだイメージは、いいとは言えないものだ。


 タキがド変態というからには、タキとみーくんより酷い変態なんだろう。


「りんちゃん、なぁんか俺に失礼なコト言ってなぁい?」

「え、いや別に」

「みーくんより? ってなぁに? 俺が変態だって言いたいのかなぁ?」

「……だって最初に会ったときエロ本買ってたし」

「――タキ。『温水プールでポロリ特集』はお前が頼んだヤツだろ?」

「ああ、あれ? 俺がみっつんに頼んだやつだぜ。しっかし中身は薄かったなー、大してポロリじゃなかっ」

「分かった、分かったから。変態は訂正します。ごめんなさい」


 すぅっと冷えた視線に、慌てて頷き訂正しておく。


 そんな怒らなくても……とみーくんを見上げたら、背中が寒くなるようなにっこり笑顔を向けられた。


「俺を変態にした罰で、今日は1日ダーリンって呼ぶこと。おっけい?」


 呼べよ? なぁ呼ぶよな? とでも書いてある顔で、みーくんが私を見る。


「……オッケーです、ダーリン」


 渋々答えた私にタキが噴き出した。


 最低限、みーくんの名前を呼ばずに過ごそうと内心で決める。


「――酒田ぁ、trump寄れ」


 森のカフェから帰る途中、車の中でみーくんが酒田さんに停車を求めた。


 もう何度もお世話になった黒いバンと酒田さん。


 酒田さんは、みーくんの暗号みたいな言葉を解読して頷く。


「了解です。りんごさんも一緒に?」

「お前馬鹿か? 当たり前だろ」


 辛辣(しんらつ)な返しを口にして、みーくんは酒田さんのシートを蹴った。


 なぜかいつも酒田さんにはドSなみーくんを、苦笑いでなだめる。


 それから、trumpについて考えてみた。


 寄れってことは、場所なんだろうけど。


 trump(トランプ)って意味は、確か『切り札』だったはず。


 どこかの店の名前?


 考え込んだ私に、みーくんの指先が向けられる。


 人差し指は唇に触れた。


 縦にした指で唇を塞ぐ仕草は、『秘密』ということなんだろうか。


 もしくは、まだ内緒という意味かもしれない。


 とりあえず頷いて、近くにそんな店があったかどうか考えてみる。


 けれど、光渦の地理を知らない私は、3分とかからず考えるのをギブアップした。


 少し前に来たカラオケがある通りを横切り、車はビルの裏側の道に停まった。


 日の光を遮っている裏路地は薄暗く、人気(ひとけ)が少ない。


 酒田さんは『到着しました』と、いつもどおりの声で後ろを振り返る。


 みーくんは、それに浅く頷いた。


 どこからどう見ても健全じゃない裏路地に、警戒心は高まる。


 いざとなったら、みーくんを盾にして逃げることも視野に入れておく。


 車に残るというのも1つの手だ。


 けれど、酒田さんは何やらしきりに携帯を気にしている。デートか何かがあるのかもしれない。


 となれば。


 私に残られると、酒田さんは困るんじゃなかろうか。


「りーんちゃん、降りて」


 ドアを開けて、すでに降りているみーくんが手を伸ばす。


 仕方ない。


 酒田さんのデート……まぁ勝手な予想だけれど、それに貢献してあげよう。


 差し出された手を素通りして降りると、酒田さんが噴き出しそうになった。


 横目で睨みながら、事前に止めてみる。


「……女の子にはやさしくしなきゃ駄目ですよ、酒田さん」

「えっ……いきなり何ですか」

「何でもないですけど」


 驚いた酒田さんに、少しだけ笑う。


 実は見てました。


 メール受信『ユリちゃん』ですよね。


 確実に女の子ですよね。


 何やら隠したがっているので、知らんふりをしてみーくんの隣に並ぶ。


 一礼して運転席に戻った酒田さんは、素早く路地を抜けていった。


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