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透明  作者: 文月
第一部 出逢い編

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第16話 最低な仲間たち

「……悪いけど、みーくんとそういうことはしないつもりだから」

「みっつん、ヤってねーの!?」


 信じらんねー、と、まじまじ私とみーくんを見比べるタキは、本気で驚いているらしい。


 龍までもが目を見開いていた。


 健全な男子高校生たちは一様に絶句し、口を半開きにしている。


 よほど信じられないことだったらしい。


 何だか、みーくんの下半身事情を暴露してしまったような気になって、複雑な気持ちを抱く私の頭に軽いキス。


 みーくんが落としたそれに、龍は飲んでいたコーヒーを噴いた。


「ミツル……お前、マジになってんのか?」


 え? と私がみーくんを見上げてみても、その表情はいつもと変わらない。


「りんちゃん、かぁわいいよねぇ」


 ふざけたトーンでそう言ったみーくんに、溜め息を吐く私。


 マジになってるわけないから……と思いかけた、その瞬間に場が凍った。


「ヤんなくてもイけるしぃ?」


 私の中で蠢《うごめ》いたのは、一体何だろう。


 鳩が豆鉄砲を食《く》ったような顔、というのは、こういう顔をいうんだろうか。


 私とみーくん以外がそんな顔をしている中で、人知れず私の耳が痺れた。


 変態がいる。ここに変態がいる。


 みーくんの顔が見られなくて俯いた私に、さらなる追撃がタキによって放たれた。


「り、りんごって、そんなすげーテクがあんの……?」


 ないから。処女だから。


 そう言ってやりたいけれど、自分のそういう話は隠しておくに限る。


 多分、みーくんも私が処女だとは知らないはずだ。


 動揺したらしい龍が、頬を掻いて口を開く。


「と、にかく、それなら話は早ぇ。おい、りんご。ミツルはお前が管理しろ」

「は?」

「何かあったら走って逃げればいーんじゃねーの。なぁ、それより、ヤんなくてもイかすってどんなテク……」


 ひとまず、タキの発言はスルーしておくとして。


「ちょっと待って! どういうこと?」

「要は、ミツルとヤりたくねぇんだろ。ミツルもりんごとはヤんなくてもいいって言ってんだ」

「だから、それが何で私に」

「他で処理させて面倒くせぇことになるより、四六時中りんごにくっ付けときゃいいってことだろうが」

「いや、喧嘩するんじゃないの? 私が危ない目に遭わないように、みーくんとはちょっと距離を」

「ミツルが抱いた女はあとを引く。悪い意味でな」

「は……?」


 さっき話したのは、私が巻き込まれないように、みーくんと離れるということだったはず。


 みーくんは私と離れても気苦労はないし、大丈夫だと言った。


 それなのに、何でそういう話になる?


「女絡みの問題は面倒くせぇ。イザコザがあるときは特に」

「それって、みーくんがただ我慢したらいいだけじゃないの?」


 そうだ。みーくんが我慢さえすれば終わる話じゃないの?


 振り返ってみーくんを見ると、呑気に左耳のピアスを触っていた。


「……ミツル。我慢できんのか」


 龍が問う。


 何だって、こんな会話をしなくちゃいけないんだろう。


 みーくんの下半身事情は、案外複雑なものらしい。


「んー……りんちゃんがそういうならぁ、多少はダイジョーブ」


 上の空で適当に答えたような気もするけれど、とりあえず大丈夫だと言ったことに安堵して龍を見る。


「ほら! 大丈夫だって言ってるし、しばらくは、そのイザコザが収まるまで」

「馬鹿が。他校とヤり合うのが3日で終わると思ってんのか、テメェ」

「は……? 3日? みーくん、3日しかもたないの?」

「りんちゃんってぇ、俺の恥ずかしいトコ、みんなにバラすつもりぃ?」


 みーくんがわざとらしく頬を染めて、私を見る。


 ああ、これ見たことある。


「……ちーじょ」


 絶対言うと思った。絶対それを言うと思った。


 3日しかもたないという、発情期の猿並みだったみーくんは、脱力気味の私にしてやったりと笑う。


「ダイジョーブ。なぁんかあったら、りんちゃん逃がしてあげるからー」

「……第一優先事項にしてね」

「まっかせてー」

「嬉々として私を放り出さないでね」

「おっけーい」

「ヤバいと思ったら見捨てるからね」

「ばっちこーい」


 結局、意味の分からないやり取りを経て、棚高対光渦の争いに引きずり込まれることになってしまった。


 龍はいつの間にか、私の呼び方を『お前』から『りんご』に変えていた。タキも、私を見る目が柔らかくなっている。


 それに気づいて、案外、この三人も悪くないと思えた。


 素直じゃない。悪いことばかりする。


 だけど、一歩離れて見てみたら、それは思っているよりも単純な行動だ。


 上辺《うわべ》を取り繕わない。


 自分を正当化しない。


 みーくんたちはとても最低で非道に見えるけれど、学生であるうちは、それでいいんじゃないかと思う。


 好きなようにやって、好きなことをする。


 誰かを傷付けた代償は、必ず自分に返ってくる。それを分かっているのなら、誰に止められたって聞くはずがない。


 何よりも一番悪質なのは、私みたいな『見ているだけ』の人間だ。


 関わらないように、遠くから見ているだけで、止めもしない。


 誰かに「止めなさい」と言えるような正義感を持っていたら、きっと日々が息苦しいんだろうなと漠然と思う。


 喧嘩を止めなさい。人に優しくしなさい。


 そんな主張ができるほどに、私はできた人間じゃない。


 森のカフェを出て、黒いバンに乗り込む。


 運転手は、やっぱり酒田さん。みーくんは行きと同じように、私の隣に座っている。


 ただ違うのは、私とみーくんの後ろに龍とタキがいることだ。


「りんご! ファミレス行こうぜ!」

「うるせぇ、タキ」


 助手席には、噂の槙原さん。


 タキは、なぜか酒田さんだけ『酒田』呼びで、槙原さんは『マキビシ』呼ばわり。


 千歳ちゃんと倒れていた男たちは、この槙原さんが龍に指示されて移動させたらしい。


 いなくなったことには気づいていたけれど、まさか龍がそんな気遣いを……と思ったら、本当に移動させただけだった。


 病院にも連れていかなかったと聞き、さすが鬼畜だと辟易《へきえき》する。そんな私に、みーくんがあっけらかんとして言った。


「テキトーに手加減してるしぃ?」


 ……そうなんだ、としか言えなかった。


 喧嘩のさじ加減なんて知らないし、私がどうこう言うようなことでもない。口を閉ざして、頷いておいた。


 千歳ちゃんはきっと、いい彼氏ができて、いい人生を歩むんだろうなと、遠い目をしながら車に揺られる。


「りーんちゃん」

「なに?」

「どっか行くぅ?」


 時間を見れば、もう15時。


 バタバタしていたせいで、昼を過ぎてしまっていたことに今さらながら気付く。


 朝食が割と遅かったからか、あまりお腹が減った感覚はない。


「いい。家に帰る」

「何でだよ!」


 後ろから身を乗り出したタキは、私の『帰る』発言に不満を隠しもせず、咎める。


「なんか疲れたし……」


 もう会いたくないと思っていたタキと龍は、前回みたいに私を馬鹿にしなくなった。


 森のカフェで私が傷付くと言った瞬間から、特に貶《けな》したりはしない。達哉みたいに見下しもしない。


「ミツル、芝原どうすんだ」


 龍がいきなり出した話に、思わず振り返る。


 にいっと吊り上げた口元は、みーくんと同じ意地悪な笑み。


「恭平に、まだ未練でもあんのか?」

「何でそう思うの?」

「反応がうぜぇから」

「どうウザいの?」

「知るか」

「みーくん、会話にならないんだけど。龍っていつもこんな感じ?」

「だねぇ」


 偉そうな龍は、図体だけは立派で、シートに遠慮なくふんぞり返っている。


 そのせいでタキが何かと前のめりになってきて、困る。


 何が困るって、距離が近い。


 暑苦しい。


 隣のみーくんは時折スマートフォンを操作しながら、私をちらちら見て笑う。


「あー! みっつん、浮気してんぞ! いいのか、りんご!」

「ちょっと声が大きいと思いませんか、タキさん」

「いいのかよ!」

「いいよ。いいから、ちょっとボリューム下げて」


 もう、みーくんの浮気話はお腹いっぱいだ。


 うんざりした私に、龍が鼻で一笑する。


「タキのお守りも向いてんじゃねぇ?」

「……珍獣使いにはなれないと思う」


 何かしらみーくんとタキを押し付けようとする龍は、見た目を除けば、みーくんよりも普通だ。


 捻くれたみーくん。馬鹿なタキ。ちょっと俺様だけど、龍は割とまともな方かもしれない。


「飯食いに行こうぜ!」

「行かない」

「行こうぜ!」

「行かないって」

「何でだよ!」

「疲れたから、もう帰りたい」

「駄目だ!」

「駄目だって言われても……」

「タキがうるせぇから行け」


 やっぱり、まともじゃないかも。


 面倒くさいタキを私に割り当てる龍は、素っ気ないながらも楽しんでいるように見える。


 私をからかっているつもりなのかどうかは知らないけれど、間近でタキが放つ言葉は、耳へのダメージがすごい。


 そもそも、彼氏のくせにみーくんは無干渉って、どういうこと。


 まさか、本気で他の女にご執心か。


「みーくん」

「んー……?」

「なに考えてるの」


 意識したわけじゃないけれど、自然に声音は低くなる。


 浮気に苛立つんじゃなくて、私を放って携帯ばかり気にするところに腹が立つ。


 一応彼氏のくせに、彼女が困っているのを見過ごすってどうなの。


「浮気じゃなーいよ」

「そうじゃなくて。っていうか、それはどうでもいいんだけど」

「俺ね、これでも不貞腐れてんのよ、ハニーちゃん」

「不貞腐れてる?」

「なぁんかタキと仲良くなってるしぃ? 龍とも仲良くなったみたいだしぃー」


 みーくんがスマートフォンをポケットにしまい、私の腰に手を回す。


 あっという間にみーくんの股の間に座らされて、ためらいもなく後ろから抱き締められた。


 密着度100パーセントになった私とみーくんをちらりと見たのは、やっぱり酒田。


 もう『酒田さん』より『酒田』と呼んだ方が、しっくりくるようになってきた。


「……仲良くなったと思っていいの」


 タキと龍がどう思っているかなんて分からない。


 ぼそっと呟いた言葉はしっかり拾われて、耳元に吐かれたみーくんの吐息に、自然と顔が熱くなる。


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