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透明  作者: 文月
第一部 出逢い編

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第13話 勘違いの答え

 話を聞く限りでは、要するに『やり捨て』ということらしい。

 ついでにチロルちゃんはみーくんが好きで、喧嘩をやめさせようとしているとか。


 羽柴くんは本当は優しい男の子、と言いながら涙ぐむ姿は、まさに真面目で可愛い女の子。


「……うぜぇ」


 龍がわざと聞こえるように言った呟きは、チロルちゃんの耳にも入ったようで、一歩下がってみーくんの服の端をつまんだ。


「羽柴くん、お兄ちゃんが……」


 チロルちゃんが言った『お兄ちゃん』に、タキがぴくりと反応して眉を寄せた。


「チロル……お前、兄貴まで連れてきたのかよ。そうまでしてみっつんに拘んの?」


 空気が変わったのはタキだけじゃない。龍もみーくんも刺すような視線で、チロルちゃんに目を向けた。


 息苦しくなるような視線の中で、とりあえずチロルちゃんが『面倒な女の子』ということだけは、私にも分かった。


 追い返せない何かがある、もしくは乱暴にできない何かがある。


 そんなところだろうかと考えて、なくなったアイスティーのグラスをそっと前に押し出した。


「坊主頭のタキさん。アイスティーのおかわりお願い」


 誰に言おうか少し考えて、絶賛取り込み中のみーくんを除外する。


 龍も不機嫌さながらに睨みを利かせているし、と消去法で目の前のタキにお願いしてみる。


「おい酒田ぁ! りんごがアイスティーおかわりだってよ!」


 意外とタキは素直に私のお願いを聞いてくれて、カウンターの奥にあったドアから、名前を呼ばれた酒田さんが顔を出した。


 そんなところに避難場所が……と恨めしく酒田さんにジト目を送ると、苦笑いされてぺこっと頭を下げられた。


「あの、りんごさんは……その」


 タキがつけた変なあだ名で、チロルちゃんは私を呼んだ。


 まあ確かに、私も心の中でチロルって呼んではいるんだけれど、りんごさんって直接言われたら無性に痒《かゆ》い。


 喋ってもいいんだろうかとみーくんに目で訴えてみても、にやにや笑われるだけで、言葉は返ってこない。


「羽柴くんといつから……その、お付き合いをしてるんですか?」

「……どうして?」


 それを聞いて、チロルちゃんはどうしたいんだろう。

 とりあえず聞き返した私に、びくびくと怯えるチロルちゃんは、さながら仔犬のようにも見える。


「私、羽柴くんが好きなんです……」

「うん、それはなんとなく分かる」


 でも、チロルちゃんが何を言いたいのかさっぱり分からない。


 私にみーくんと別れてくれと言いたいのか。

 それとも、みーくんのしたことを私に咎めてほしいのか。

 あるいは、二股をかけていたかもしれないと告げ口したいのか。


「羽柴くんに抱かれて、その、」

「うん。それもさっき聞いた」


 何ひとつはっきりしないチロルちゃんを理解できるほどに、私は察しがよくないし、頭もよくない。


 チロルちゃんはされたことをネタに、付き合えとみーくんに言っているようにも見えるけれど。


 つまりは抱いたんだから責任を取れ、ということなのか。


 なんて考えてみたけれど、どうにもそこに行くにしては、チロルちゃんは支離滅裂だ。


 それならそう言えばいいのに、『羽柴くんは本当は優しい人』だとか、わけの分からないイメージを押しつける理由が分からない。


「えっと、まず名前を聞いていい?」

「い、生島千歳(いくしまちとせ)です。三葉女子の2年生で、羽柴くんに会ったのは……1か月前、です」


 うん、その出会ってからの期間は聞いてないけど。とは言わずに頷いておく。


 三葉《みつば》女子、お嬢様学校というほどでもないけれど、どちらかと言えば箱入り娘が多いイメージの女子高だ。


 そんな普通の女の子に手を出したみーくんもどうかと思うけれど、みーくんに手を出されたチロルちゃん、もとい千歳ちゃんも、警戒心が足りないような気はする。


「何から聞いたらいいか分かんないんだけど、とりあえず千歳ちゃんとみーく……羽柴は付き合ってたの?」


 うわぁ、何か修羅場っぽくなってきたなぁと、自分で言いながらも思う。


 口出ししなければ済むと思っていた、さっきまでの自分を殴りたい。


 どう考えても、みーくんは私に対応させるつもりだったとしか思えない。


 案の定、みーくんは私に頷いて、非道な笑みを浮かべていた。


「私と付き合うって……、羽柴くんは言ってくれました」

「……じゃあ、今も付き合ってるんだよね? みーくん、そうなの?」

「俺からぁ、『付き合おう』とは言ってなーいよ」

「でも! 羽柴くん、付き合ってみるのもいいかもって……」

「んー……言ったねぇ。誰かと付き合ってみるのもイイかも、って」


 それが千歳ちゃんとは言ってない、ということなんだろうけど……。


 新手の詐欺に近いみーくんの言い分に、ひとまずは頷いてみせる。


 千歳ちゃんは、みーくんが自分と付き合うつもりでいると勘違いした、ということだ。


「じゃあ……どうして私を、」

「女ヤるのに理由なんかないしぃ」

「最初から付き合うつもりなんてなかった……の?」

「そう言ってんじゃーん」

「羽柴くんはそんなこと言う人じゃないでしょ……?」


 白熱してきた会話に、周りの若々しい男子高校生は興味津々だ。


 高校生でこんな昼ドラみたいなことを経験するなんて、よっぽどみーくんはだらしないらしい。


 だらしないと言うよりも、適当のほうがしっくりくるような気もするけれど。


「千歳ちゃん」

「……何ですか?」

「み……、羽柴がそんなことを言う人じゃないって、どうしてそう思ったの?」

「だって、あのとき優しくしてくれて……。私が初めてだって言ったら、気遣ってくれた……」


 案外、可愛い顔して生々しいことを言うんだなと感心したのも束の間、それだけで男の性格を知ったつもりになっているのは可哀想だとも言える。


 そういう経験がないからこそ、浅はかな考えを持つ。


 私もぶっちゃけると処女だけど、さすがにみーくんが軽そうで、嘘をつきそうで、危ないヤツだとは初対面で気づいた。


 見た目からして、どう考えても普通の男の子じゃない。


 それを頑なにイイ人だと言えるチロルちゃんも、ある意味凄い。


「……千歳ちゃん。羽柴って嘘つきに見えない?」

「見え、ません」

「本当にそう思ってる? ……どっからどう見ても軽そうに見えない?」

「それは、本当の羽柴くんじゃないと思います……!」

「本当の羽柴ってどんな人?」

「優しくて、気遣ってくれて……」

「それから?」

「……本当は喧嘩なんかしない真面目な人、だと思います」

「……それは、多分思い込みだと思う」


 言っても聞かないとは思う。


 だけど、いつまで経ってもここに長居するわけにはいかないし、千歳ちゃんを何とかしないと、多分私は帰れない。


「そんなことありません!」


 少しだけむっとした千歳ちゃんは、涙目のまま私を睨む。


 ――勘違いをした女は、確かに面倒臭い。


 それまで黙っていた龍は急に立ち上がって、千歳ちゃんのほうへ寄った。


 千歳ちゃんは怯えて、後ずさる。


 立ち上がった龍はやっぱり背が高くて、威圧感のあるトーテムポールだ。


「グダグダうっせぇ。お前がミツルを好きだろうが何だろうが、俺らには関係ねぇ。けどな、光渦をうろついて好き勝手ヤってんじゃねぇよ」


 冷めた目で千歳ちゃんを見下ろす姿は、到底高校生には見えない。


 千歳ちゃんが何を好き勝手やっているのかは知らない。それでも、こんなふうに威圧されていることには同情心を抱く。


 か弱い女の子からしたら、龍は怖いだろうな。


 他人事みたいに思っていた私へ、突然とばっちりが飛んできた。


 千歳ちゃんの視線は私に向かい、その瞳は好意的とは程遠い。


「羽柴くん、もしかしてこの人から何か言われてるの……?」


 勘違いもここまでくれば筋金入り。


 私と同じで直せない性格の一部を抱えている千歳ちゃんは、簡単に矛先を私へ変えた。


 龍怖いもんね。言い返せないよね。私もそう思う。


 だけど、あいにく私は、自分が何かに巻き込まれても嬉しいとは思わないタイプだから。


 可愛いからって、行きすぎた勘違いはやめてほしい。


「千歳ちゃん、羽柴がそんなに好き? どんなに最低な男だったとしても?」


 一応、聞いてみる。


 本気で好きなら、みーくんがどういう性格か知ったとしても大丈夫なんじゃないだろうか。


「……好きです」

「だって。最低でもいいって言ってるけど、どうする?」


 ――――微妙に感じた違和感は、みーくんが放つ楽しげな視線。


 呼び出したのに一向に話は決着に向かわない、みーくんの遊ぶようなやり取り。


「りんちゃん、もしかしてぇ……怒っちゃったりしてる?」

「……そう見える?」

「ヤダなぁ、俺はりんちゃんだけしか好きじゃないよ? よぉく考えてご覧」


 気づけば私は、説明の一切をみーくんからされていないのに、状況をなんとなく察していて。


 千歳ちゃんが勘違いの面倒臭い女だと理解するには、十分なやり取りを見せられていた。


 ――――まさか、そんな。


「……千歳ちゃんからの一方的な思いだって、私に見せたかった?」


 私に見せたかったのが、私を連れてきたのが、千歳ちゃんの思いが一方的なものだと知らせるためだったとしたら。


 千歳ちゃんを追い払うために私を利用しようとしたんじゃなくて、千歳ちゃんとのやり取りを見せて、私を安心させようとした?


 みーくんと付き合うことになれば、必ず千歳ちゃんのことを知る羽目になったとは思う。


 龍が言った『光渦で好き勝手』という言葉と、タキが言った『兄貴まで連れてきた』という言葉。


 周りをうろつく千歳ちゃんと彼女になった私が、ばったり会う前に、みーくんが機会を作ったっていうなら。


「頭のイイりんちゃんが好きだよ、って言ったよねぇ」


 それが自惚れなんかじゃないと、みーくんは私に思い知らせる。


 こんな先回りして行動する彼氏なんて、本当にいるの?


 柄にもなく胸が熱くなっていく。


 この答えに辿り着く前に、色々考えた。


 何で私を呼んだのか。


 千歳ちゃんを追い払うため、千歳ちゃんと話させるため、それのどっちも違う。


 最後に出した、今の答えが正しいんだって、みーくんは頷く。

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