第12話 本物の彼女
「別にお前の女はどうでもいいが、アレは責任もって処理しろよ」
「んー……分かってるってば、うるさいなぁ」
「好き勝手やらせんじゃねぇ」
トーテムポールもとい龍が凄みを利かせて、みーくんに何か言った。けれど、みーくんはまったく気にしていない素振りでスマートフォンを操作した。
「なぁなぁ、名前なんて言うんだ?」
坊主頭はみーくんと龍に比べて、かなり高校生らしい溌剌とした明るさで話しかけてくる。
「……柏木です」
渋々答えて、みーくんが注文してくれたアイスティーをストローで飲む。
森のカフェ、侮るなかれ。
アイスティーが滅茶苦茶おいしかったりします。
「カシワギか……カワサキ……」
何でカワサキが出てくるのか分からないけれど、坊主頭は考え込むように腕を組んで首を捻った。
「カササギ!」
「それどっから出てきたの。動物だし」
「うーん……みっつんはりんちゃんって呼んでたよな? じゃありんごでいいか。俺はタキでいいぜ!」
「なんか果物になってるし、いいぜって言われても……」
坊主頭……タキはなぜか、胸を張って呼び方を勝手に決める。
カササギからりんごになったのは、まったく意味が分からない。
タキの後ろに座っている龍が、鼻で笑う。
「林檎みたいに美味くねぇだろ」
「……トーテムポールのくせに」
「あ?」
「龍」
みーくんが切り込むように、冷たく龍の名前を呼ぶ。舌打ちしたトーテムポール龍は、私をジト目で睨んだ。
そういえば、みーくんは龍が頭だとか言っていた割には、態度がずさんに見える。
いまいち力関係の見えない3人をちらりと窺ったら、見てはいけないものが視界にやたら入ってきた。
ボックス席は5つ。入り口を入って左側に3つ、奥に2つある。
店は逆L字型で、私は入り口から2番目のボックス席に座らされた。
隣にはみーくん、向かいにはタキ。タキのさらに後ろのボックス席には龍がいる。
ほかの席と、それからカウンターは……。
――アピール? これアピールしてるの?
こちらを見ながらそわそわしている男子高校生たちで埋められていた。
気づかないふりをしているのに、目を輝かせた高校生は惜しげもなく視線を送ってくる。
「み、みーくん……」
滅茶苦茶見られてる。かなり見られてる。
そう言いたいのに、男子高校生たちの小声が耳に入った。
『羽柴君がみーくんだってよ!』とか、『彼女作ったの初めてじゃね?』とか。
つい怯んでしまう。
そこのお前、それは違うらしい。彼女はきっといたと思う。
だって酒田さんがそんなニュアンスで言ってたし……と、頭の中で返事をしてみる。
そういえば、酒田さん。
一緒に入ってきたのに、いつの間にか消えていた人を思い出して、探してみる。
「あれ?」
つい声に出してしまったせいでタキと龍が私に目を向けたけれど、何も言わずに口を閉ざす。
酒田さんいないよね? ……多分。
ざっと見ても見当たらなくて、首を傾げた私にみーくんが囁く。
「だぁれ探してんのかなぁ?」
「……びっくりするから、耳元で急に話しかけないで」
用事は終わったらしい。
忙しなく携帯を操作していたみーくんは、やっぱり座高も高くて目線は上になる。
「携帯、もういいの?」
「エサは蒔いたから、あとはおーけい」
バッチグーと丸を作ったみーくんが、どことなく違う雰囲気に変わったような気がして鳥肌が立った。
「なになに、チロル来んの?」
会話に割り込んだタキは前のめりになっていて、腰を引いた私にみーくんの笑い声が落ちる。
勢いありすぎるよね、結構近いよね、とたじたじになりながらアイスティーをまたひと口飲む。
「……チロル?」
ふいに引っかかったタキの言葉に私が反応すると、タキはぶんぶん頷いた。
忙しない子なんだ、多分。
みーくんも馬鹿って言ってたような気がするし。
「みっつんの女!」
「…………は?」
タキが落とした爆弾発言は、思いのほか遅れて私に届いた。
「みっつんの女!」
「いや、2回言わなくてもそれは分かったけど……。みーくん、本当?」
「んー……ちょおっとビミョーなとこ、かなぁ?」
「……修羅場はやめて。そういうの向いてないから。私、帰る」
立ち上がった私の腕を下に引いて、みーくんはにやりと笑った。
それがいつもの顔じゃないと気づいたのは、少なからず何日か一緒に過ごしたからかもしれない。
――――りーんちゃん。
警告音を鳴らす私の頭の中で、『動揺』が弾けた。
みーくんは、私を裏切ったりはしない。
漠然とした思いは現実になる。
「――私が、必要?」
だから、帰らせないのだろうか。
真っ直ぐにみーくんを見据えて言う。
みーくんは一瞬だけ目を見開いて、唇を薄く開けた。
「そう、セーカイ。イイ子だね、りんちゃん」
浮気とか二股とか、そういう次元じゃない。
その証拠に、みーくんの瞳はちっとも揺らいでいない。
直接引き合わせて、何かをしたがっている。
「チロルって女の子に、何か、面倒があるの……?」
「頭イイねぇ、りんちゃん。さっすが、俺の大事なカノジョ」
嫉妬を抱いたわけじゃない。
面倒なことになるなら、と逃げようとしただけだ。
でも、今度は素直に頷く。
今から起こることには『意味』がある。
みーくんの歪んだ笑みは、そう訴えているような気がしてならなかった。
だから、今は黙ってあげようと思った。
不自然にしんと静まった室内で、タキが指先をテーブルに立てた。
とん、と鳴ったそれに反応して顔を上げると、馬鹿なはずのタキは真面目な顔をして私を睨んでいた。
視線はずっと、合わせたままで。
不機嫌に唸るようなタキの声が響く。
「……なぁ、みっつん」
「んー……?」
「りんごは、本物か」
「そう見えたぁ?」
おちゃらけたみーくんをタキが一瞥して、私に視線を戻す。
睨まれる意味が分からないけれど、いま確実に私は気づいた。
タキは馬鹿に見せかけただけの男で、天然なんかじゃない。
「……同類って嫌いなんだけど」
ぼそっと呟いた言葉に、タキが反応する。
「くっだらねーバカ女かと思ったら、そうでもねぇんじゃん? ――ヨロシクやろーぜ、りんご」
にひ、と笑った顔は三流のヒールみたいで。
物語で言うなら、主人公に絡むチンピラB辺りがしそうな嘲る顔だった。とても性格が悪そうだと、私は大袈裟に溜め息を吐く。
考えてもみれば、当たり前だった。
私みたいな女のもとに、優しくて完璧で純粋な男が現れるわけがない。
世の中がバランスを取っているように、出会う人間はそれ相応というのが理だ。
「みーくん」
「なぁに?」
「……私、悪女でも魔女でもないはずなのに、不思議と王子は望めないような気がするんだよね」
何言ってんだ、と言いたそうな顔をしたタキと龍。
みーくんだけは、にやりと笑って頷く。
「そうだねぇ、どっちかって言うと……」
「――羽柴くんっ!」
――敵役、だよねぇ?
喫茶店に飛び込んできたのは、可愛らしいワンピース姿の女の子だった。
砂糖菓子みたいな女の子……にしては、掛けた眼鏡が印象的。
どちらかと言うなら、真面目で愛らしい少女だと思う。
心が荒んだ20代の女と、今をときめく女子高校生。
言わずもがな、勝てる気なんてさらさらしないけれど、負ける予感もしなかった。
「やっぱり、思い直してくれた? 喧嘩なんてもうやめようよ」
女子高校生、もといチロルちゃんは眼鏡をくいっと押し上げて、みーくんのそばに立つ。
タキの瞳が面白そうに歪んだ。
「おーおー、相変わらずチロルはみっつんが好きだよな! んでも、早く諦めたほうがいーぜ? ――こう見えて、みっつん怖いヤツだから」
「なっ……! すっ……好きっていうか、その……えっと。とにかく、羽柴くんはホントは真面目なの! 私知ってるもん」
チロルちゃんは顔を真っ赤にしながら、わたわたと手を振る。
みーくんが真面目な男だと本気で思ってるんだろうか、とチロルちゃんに目を向けたら、ばっちり合ってしまった。
「……えっと、どうも。初めまして」
なるべくやんわり言ったつもりだけれど、びくっと肩を震わせて、チロルちゃんはみーくんにすがるような目を向ける。
「羽柴くん、あの、この人は……」
「俺のカノジョ」
「彼女……? そんな、だって……」
余計なことは喋るまいと、それ以降は口を閉ざしてみる。
チロルちゃん、細いなぁ。髪の毛のキューティクルも凄いなぁ。
ぼんやりそんなことを考えていると、チロルちゃんはみるみる涙目になっていった。
そもそも、なぜチロル……と思ったけれど、愛想よく笑うタキを見て納得。
りんごも変なあだ名だし、チロルも多分あだ名なんだろうな。
「私、羽柴くんにとって……特別だと思ってた」
「アレは遊びでしょーよ。付き合うとか言ってないしぃ?」
「でも! 私にとっては大事なことだったの! それに、羽柴くんは喧嘩なんてしないよね? だって、あのときは、」
「女騙すのにためらわないようなヤツに見ーえーるー?」
……うわぁ。
っていうか最低だよね。どう見ても聞いても、みーくんが最低だよね。
しかも、ふざけた話し方がさらに最低さを際立たせる。
ストローを吸いながら、私は関係ありませんよ、と窓ガラスを見て知らんぷり。
「羽柴くん……! 何でそうやって本音を隠すの?」
「だぁ、かぁ、らぁ、うっとうしいんだってばぁ」
「あのときは、優しかったよ……? 羽柴くんは、本当は優しくてイイ人だって……思ったの」
「それガチで勘違いだからー」
2人の間に何かがあったことだけは分かったけれど、それ以上は聞きたくない。
チロルちゃんは顔を赤くして俯きながら、当時のみーくんの言葉をぽつぽつと口にしていた。
しかも、みーくんはことごとく否定する。
どうやら、彼女にとっては簡単に忘れられる出来事ではなかったらしい。




