第11話 完全に拉致
「ちょっと待って、みーくん」
「なぁに?」
「免許! 免許は!?」
「持ってるから落ち着こうねぇ」
「……うん?」
「酒田、財布出せ」
「はい」
ほら、とみーくんが出したのは、運転手の男の免許証。
私の記憶が正しければ、どう計算しても運転手は普通の高校生の年齢じゃない。
……もしかして、この人ダブったのかと目を向けた私に苦笑いする運転手。
いやいや、笑ってちゃ駄目だよね。完全にアウトだよね。
「……勉強嫌いなの?」
「……まぁ」
苦し紛れの問いかけに、運転手は気まずそうに頷いた。
不良が勉強嫌いというのは、あながち間違いじゃないらしい。
けれど、ダブった運転手がいるなら、ほかにもダブりの学生はいそうなもので。
「……みーくんは?」
一応聞いてみた私に、にっこり笑う猫。
「19。今年20歳だねぇ」
まさかのひとつ下。
衝撃の事実はいともあっさり答えられて、予測できなかったわけではないけれど、やっぱりびっくりする。
「どうりで恭平と違うわけだ……」
恭平は17歳、れっきとした高校生。
みーくんが私のひとつ下なら、落ち着いた雰囲気も理解できる。
「んー……、恭平とどう違う?」
「落ち着いた雰囲気、とか」
「褒め言葉ぁ?」
「褒め言葉」
「ならいいや」
何がいいんだろう。
とりあえず笑ってばかりいるから、みーくんは分かりにくい。
恭平や達哉みたいに単純じゃないのは、年の功か。
「あのー……」
「えっ、俺?」
私が話しかけた運転手はあからさまに驚いて、もたれていたシートから背中を離し、背筋を伸ばした。
「何て呼んだらいいでしょう、か」
話したことのない相手を前にして挙動不審になっている私に、みーくんはけらけら笑っている。
気を利かせて名前くらい教えてくれたらいいのに、と睨んでみたけれど、すぐに気を取り直す。
「名前を聞いてないので、よかったら教えてください」
「えーっと、……酒田で」
「サカタさん」
「はい」
「――酒田ぁ、槙原は?」
「安形君のところに行ってます」
安形君、今朝話した黒髪木偶の坊だ。
龍なんて格好いい名前のくせして、デリカシーがないやつ。
「槙原さんって?」
「りんちゃん囲んだ中にいたヤツ」
スパーンとみーくんから素早く打ち返された回答に、へぇ……と相槌を打って黙る。
今どきの高校生ってどんな話をするのと悩んでみたけれど、会話のネタが見つからなくて諦めた。
銀行に着いて無事に振り込みを終え、ひと息吐いた私は、記入された通帳を見つめながら踵を返した。
駐車場にいるみーくんと酒田さんを視界の端に入れながら、通帳を鞄にしまう。
このまま素通りして帰ったら追いかけられるかな……と、ちらりと見てみる。
案の定、手招きをされて。
「終わった?」
「うん、ありがとう。酒田さんも、ありがとう」
「いえいえ」
「じゃあ行こっかぁ」
「気をつけてね。じゃ、また……」
――さすがに駄目だと思う。
そりゃあ付き合い始めてまだ浅いけど、一応彼女だし? これでも彼女だし?
それなのに、口を塞いで拉致ってどういうこと。
だけど、抗議するような私の目に焦りは浮かんでいない。
確かに付き合ってまだ短いけれど、みーくんが私に何かするとは思えない。
ただ、『顔出し』とやらは最初から避けられないことだったんだろうな、と怪しげなダーリンを見て今さらながらに気づいたけれど。
考えてみれば、『行かなくていい』とは言ってないし。
みーくんは嘘はついていない。
しかも、車に引きずり込んだあとは手を離したし。
だけど――
「完全に拉致だよね」
そう、拉致だ。らち、らっち、強行。
「ごめんね?」
謝ってるくせに、私を抱き締めて撫で回すってどういうこと。
またご機嫌取りか。
「今日はちょーっと面倒があるからさぁ。付き合ってくれる?」
ね? と言いながらつむじにキスを落とし、私の腰に回した腕に力を込めたみーくんは、さながら小悪魔。
どきどきしてしまう自分がすごく嫌だ。
しかも、こんなに密着してるくせに、そういう関係じゃないってところが、またさらに複雑。
私とみーくんをちらちら見る酒田さんは、驚きながらも楽しそうで腹が立つ。
一番腹が立つのは、拉致されても特に動揺しなかった自分。
ああ、やっぱりな、と思ったあたり、みーくんに浸食されている。
「どうにかしてください、酒田さん」
「すいません、ちょっと……あれがあれなんで」
急にベタベタしてきたみーくんに溜め息を吐いて、酒田さんへ助けを求めてみるも、意味が分からない返し方をされて撃沈する。
「――何が、あるの」
明らかに様子がおかしいみーくんは、喉を鳴らして軽やかに笑った。
「……素直に受け取ったりしないとこ、ホンットに可愛いなぁ。ねぇ、酒田」
「そうですね」
「なんか企んでる? 何で急にベタベタしてくるの。気持ち悪い」
「雰囲気作りだってばぁ。俺ら恋人じゃーん?」
「……とりあえず黙ってたらいいの」
「話してもイイよー……ラブラブだって言ってくれちゃったりする?」
「ずっと黙っておきます」
「ぶっ……」
そこ、噴き出すんじゃない、酒田。
ツッコミを入れたくなったのを我慢しながら、目だけで咎める。
何があるのかよく分からないけれど、黙っていて終わるなら、それが一番手っ取り早いとは思う。
みーくんはその『顔出し』とやらに妙に私を引っ張り出すけれど、瞳の奥は濁っていて、何を考えているのか読ませない。
さっきの電話も、みーくんの態度も、頭の端に何か引っかかる。
だけど、名探偵でも何でもない馬鹿な私に、それを察するなんて芸当はできない。
何が起こるのか知らないまま不安になるよりは、心の準備くらいしておこうと思った。
何が起こっても素知らぬ顔をできるように。
車が止まったのは、走り出して30分程度経ってからだった。その間もみーくんは、私にちゅっちゅっとして離れない。
若干、うっとうしくなってきた私が身体を離しても、追いかけてくるのは一体何事。
酒田さんが到着したと知らせるために後ろを振り返った。けれど、変になってしまったみーくんは、まだ私へ構うのをやめない。
目が合った。
確実に、私と酒田さんの目が合った。
「……」
「……」
「……」
「……あ、お構いなく」
「こっちが構いますからッ!」
みーくんを突き放した私に、酒田さんがへらっと笑う。
「でも、羽柴君に女がいたのって、いつが最後でしたっけ?」
「んー……覚えてなぁーい」
呑気なみーくんと酒田さんは、笑い合いながら会話をしていた。
ついていけない私は、羞恥やら気まずさやら怒りやらで口を閉ざし、そっぽを向く。
運転席から降りた酒田さんがみーくん側のドアを開けて、それが当たり前のように、みーくんも降りる。
不良も縦社会なんだな……と、世間と同じ場所を見出だして溜め息。
どこもかしこも縦社会。
うちのコンビニの店長なんかかなり腰が低いほうで、アルバイトのおばさんにもぺこぺこしてるのに。
みーくんが手を出してくれたけれど、残念ながらそんなお嬢様みたいな習慣はついていないので、普通に降りる。
「っていうか、みーくんって彼女いないってほうが信じられないんだけど」
さっきの会話に入り込んでみる。
こんなチャラチャラしたみーくんに、彼女がいないわけがない。
というよりも今さらすぎるけれど、私、二股されてたりするんじゃ……?
月極めの砂利で作られた駐車場から出て、酒田さんが先頭を切って歩き出す。
「カノジョって面倒だしねぇ」
「……私に喧嘩売ってる?」
「りんちゃんはカノジョっていうより、りんちゃんだしぃ?」
「意味が分からないんだけど……大丈夫? もしかしてどっか打った?」
「ぶっ……!」
再び噴き出した酒田さんは無視することにした。
昨夜からずっと弱っていて、本領発揮できなかった私は、ようやく調子を取り戻し始めた。
そんな強気な私を見て、みーくんは目を細くする。
「イイなぁ、可愛いなぁ。罵倒ってイイねぇ。なぁ、酒田」
「はい」
「そこで返事する酒田さんもおかしいと思う」
ドMにしか思えない発言をさらりとしてしまうあたり、本気で危ない。
何が危ないって、恍惚としたみーくんの顔が本気で危ない。
しばらく歩いて見えてきたのは、喫茶店で。
ごく普通の、普通すぎる喫茶店。
木の看板には『森のカフェ』と丸い字で書いてあるけれど、まったく森らしき要素が見当たらない。
木なのは看板だけで、あとは真っ白なコンクリート。
みーくんが中に入る姿は、どう見たって違和感だらけ。
「りーんちゃん」
ドアを開けて手招きをするみーくんに、今までで一番愛想のいい笑顔を作る。
「――――じゃあ、私はここで」
「酒田」
「はい」
「何その連携プレイ……!」
私の右腕を酒田さんが、左腕をみーくんが掴んで前に引く。
どう考えてもおかしい。
何で『森のカフェ』の中でメンチ切ってる男子がいるの!
トーテムポールだけじゃないし!
あの失礼な坊主もいるし!
っていうか、何より気になるのは――
「何で私、見られてるの……」
カフェに入る前から威嚇されている。
ガラス窓から、入り口から、ガン見されてるのは一体なに。
「どーどー、りんちゃん」
「闘牛じゃないんで、やめてもらえますか、そういう宥め方」
「出たツンデレ!」
はしゃぐ坊主頭を、ギッと睨む。
また会うことになるなんて……とは言いながらも、トーテムポールに会うと分かっていたこともあり、比較的それはどうでもいい。
ムカつくのは、入った途端に坊主頭が私を指差して、ツンデレ呼ばわりしたことだ。
それでも帰らなかったのは、みーくんが私に言ったとおり、坊主頭に一発食らわせて黙らせたからであって、本当はかなり不本意だ。
指差すな。こっち見るな。




