六月のプライド(前編)
彼女は高校時代の同級生で、卒業後も私たちは緩く、繋がり合っていた。十年以上の付き合いは、大半が友人としてのもので。恋人同士となったのは、ここ一年くらいに過ぎない。彼女はプロを目指しているバンドの歌手で、今夜もライブハウスで最後に出てくる予定だ。
私は一般的な会社員に過ぎず、音楽や業界の知識もないから、『トリっていうんでしょ? ライブ出演の最後を飾れるなんて凄いじゃない!』と感心したものだ。『別に一番人気ってわけじゃないのよ。人気や実力以外の要素も、出演の順番には関係してくるの』などと彼女は謙遜していたけど。
今は六月で、梅雨に入ってジメジメしている。地下の空間にエアコンはあるけど、ライブが始まれば演者や観客は動くし騒ぐわけで。当然ながら、大きいとは言えないライブハウスには湿気や熱気が溜まっていく。二十代前半のころなら、私も平気な顔で耐えられたのだろうか。三十才が間近な今となっては、明日の仕事に備えて早く寝たいとしか思えない。
梅雨は嫌いだった。というか、梅雨が好きな人って少ないんじゃなかろうか。特に私みたいな女性の会社勤めは、出社する前の化粧の、肌へのノリが湿気で悪くなるのだ。身支度に時間が掛かりがちだから、早く起きなければならないのに、恋人である彼女の出番は最後だから聴きたくもない他のバンドの演奏を立ち見で私は聴かされている。
『どうせなら、貴女のバンドが最初に出てくれればいいのに。それなら聞き終わってから、すぐに帰れるんだから』と私は彼女に言って、笑われたものだ。『もったいないじゃない、ライブハウスの料金が。他のバンドに興味はないの?』と尋ねられて、『ないわよ、音楽への興味なんか。私は貴女が好きだから、貴女の歌だけ聴きたいの』と答える。妙に喜ばれて、そのあとはキスを互いに、あちこちにし合って盛り上がったっけ。あれは楽しかったなぁ。
今日のライブハウスは午後七時開演で、出演するバンドがそれぞれ数曲を歌う。順調にいけば午後九時すぎには終演となるはずだ。別に出演者たちの演奏や歌を下手だとは思わないが、私は音楽に敬意を持てないタイプの人間だった。たぶん音楽のほうも私を嫌っているのでは。
芸術の女神と私の相性は最悪で、逆に芸術の女神さまと私の恋人は、相思相愛と言っていいほど最高の相性なのだ。女同士の三角関係である。女神さまと仲良く結ばれていた、ミュージシャンの彼女を最近になって、私が好きになったというのが今の状況だ。
演奏が退屈で聴き流していると、私にとって最大の関心事である彼女のことばかり考えてしまう。客観的に見れば私は、困った客なのだろう。客だけに客観的、などとシャレたつもりはないし、出演者をバカにするつもりもないのだが。しかし音楽に敬意を持てないというのは、やはり失礼なことなのだろうと私は思う。恋人がミュージシャンじゃなければ、私だってジメジメしたライブハウスに長居なんかしたくないのだ。芸術の女神と私は不幸な対立状態にあった。
ドリンクをちびちび飲みながら、私は恋人の登場を立ち見で待っている。このドリンクは入場料とは別にお金を取られて、会場から押しつけられたものだ。熱中症が怖いから水分補給は必要だけど、この料金体系もなんだか回りくどい。パチンコ店の換金じゃないんだからさ、行ったことないけど。海外のライブハウスに、こんなドリンク代のシステムはないらしいとネットでは見た。
ライブハウスに一人で来ている女性は、私くらいで。大体は異性同士のカップルで、あとは男性が単独でちらほら来てるくらいだ。六月の花嫁なんていうけど、会社の職場でも、最近は同僚が立て続けに結婚している。同性の恋人と私が結婚できる日は、きっと来ないのだろう。やっぱり私は、六月が嫌いだ。
つまらない気持ちになった私は、ライブハウスの演奏にも集中できない。現実逃避というか、私は恋人である彼女との会話を思い起こす。しかし生憎と、あまり愉快な会話の記憶ではなかった。




