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アンラック・エウダイモニア  作者: 八蜂 世千


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たった一人の



 花の名前は「桜」というらしい。外に出てベンチに腰掛けながら二人で話す。手を広げると花びらがひらひらと落ちてきた。じっと見つめながらヨミチは色んなことを考えていた。


「·····つまり、ヨミチさんの世界の人は魔術を使えて、中でも特別な魔法使いの一人が、私たちの世界で悪いことをしたってことですね。それを解くには、その魔法使いを見つけ出すしかないと。私が聞いたあの言葉も、魔法の詠唱?で·····」


 とてもにわかには信じ難いですが·····と言う呟きに苦笑で返す。実際、ヨミチにとっては魔術のない世界の方が不思議で仕方がないのだから、澄河だって夢のようなものに違いない。しかし、話によれば魔法使いは澄河が教壇で話している時に彼女の真後ろで魔法を発動したらしい。正直、全てを偶然で片付けるには難しくなっているようにヨミチには思えた。


『至純至高の万象の主よ 今ここに、永久の帳を下ろしたまえ』

 

 澄河が聞いた言葉は、やはり魔法の詠唱で間違いないだろう。澄河が聞いたのは詠唱の途中までだったが、それだけでも、犯人特定のための重要な情報になる。情報提供に感謝を述べるが、澄河は顔を曇らせて俯いてしまった。


「·····その人、その言葉の前に『今願ったな、全部お前のせいだ』って私に囁いたんです。やっぱり、私が全部壊したんでしょうか。私が、もし世界が滅んだら自分はどうするかな、なんてこと考えたから·····」


 不可解な澄河の言葉に、ヨミチは首を傾げた。


「どういうことだ?今この状況を引き起こしているのはその魔法使いのせいだ。なぜ君が原因になる?」


 聞いてみても、首を横に振られる。


「強運なんですよね、昔から。どんなことも最終的には私の得になるように、なっちゃって。でもその過程で何かが失われることも、何回かあったんです。·····信じられませんよね、こんなこと。でも私が願ってしまっていたなら、それがこの事件の真実かもしれない」


 澄河が自嘲気味に話す声だけが、風すらも止んだ静寂に響く。

 ――それは、まるで『祝福』じゃないか·····?


 普通では説明がつかない、神からの祝福。澄河の話す強運は、ヨミチの知っているものとよく似ていた。ふつふつと疑念が湧いてくる。もしかすると、彼女は·····。そこまで考えたが、それよりも溢れ出してくるものがあった。突き動かされるようにヨミチは立ち上がると、澄河の両肩に手を置いて彼女の顔を覗き込む。


「なあ。聞いてくれ、スミカ。僕も実は死ぬほど運が悪いんだ。だからここに一緒に来たヤツともはぐれたし、通信装置も壊れたよ。でも、運が悪いせいで悉くが失敗したとは思わない。他にも理由はいくつもあるんだ。だから君も強運のせいで、全てがもたらされたとは思わない方がいい。信じるのはただの自分だけにしておけ」


 それに、と呟き、ヨミチは安心させるように笑った。


「今ここにいるのは犯人がいたとしても、おそらく三人だけだ。その中では勿論僕が一番強くて、君はその僕の次に強い。魔法使いはどんな理由にしても、君を見逃したんだからね。尻尾巻いて逃げたんだよ。ほら、それだけで十分自分を信じられるだろ?」


 肩を上げておどけたようにそう言うと、澄河もにっこりと口角を上げた。人形のような表情しか見ていなかったから、年相応の表情が見れてホッとしてしまった。ヨミチの妹と同じくらいの歳頃だから、親近感が湧いたのだろうか。まったく似てはいないが、二人の像が重なり思わず両目を細めた。


 少しは安心させることができただろうが、ヨミチには伝えなければいけないことがあった。また隣に座り直すと、話を続ける。


「それに、君は魔力がある。理由は分からないが、もしかしたら君だけ魔法にかかっていないことに関係しているかもしれない。·····だから、僕とあちらに渡って欲しい。調査の為にも、僕たちに君を保護させてくれ」


 多くは言わないが、きっと彼女には伝わるだろう。この事件が収まるまでは、澄河は徹底的に監視されること。表向きには保護だと言うが、情報保護のためにも外を自由に出歩くことはできないこと。

 ヨミチと出会ったことが、彼女にとって良いのか悪いのか分からなかった。死ぬことは無いが、全く知らない場所で知らない人間に囲まれながら、警戒の目だけを向けられる。ヨミチはあの時教室へ入って、自分と行く以外の選択肢を澄河から奪ってしまったことを、少しだけ後悔した。

 

 澄河を横目で見ると、先程の発言にも動じずに何かを考えているようだった。


「·····少ししたら、行こうか。持っていきたいものを取りに戻ろう」


 ヨミチが話しかけても返答は返ってこない。そっと視線を外した。しばらく見ることができないであろう桜を存分に堪能することにして、澄河にはもう声はかけなかった。桜は鑑賞者がいなくなってもただ咲いている。ヨミチはたくさんの花を知っているが、どんなものよりも今見ているこの花が一番美しい。だからこそ残念だった。


「·····考えたんですけど、」


 何分経っただろうか。澄河が急に口を開いた。


「私が魔術士になるのはどうです?」


 淡々と放たれたその言葉に目を剥いて、彼女を見つめる。ふざけているのかと思ったが、その瞳は笑っても悲しんでもいない。


「ヨミチさんが先生になれば監視もできますし、一緒にいれば私の幸運であなたの凶運を潰すこともできますよ、多分。ね、どうですか?」


 ――きっと本気なんだろう。


 私に良いように事は動くのだから、あなたが今までのような災難に襲われることもなくなるはず、と続ける。ヨミチは、なぜだか澄河なら本当にそんなことができると確信していた。彼女と行動することで、実際に何事も上手く運ぶようになるだろうと。だが·····。


「·····申し訳ないが僕には無理だ。指南役をする程、できた人間じゃない」


「·····そうですか」


 食い下がって来るだろうと思ったが、呆気なく引いたことに少し拍子抜けする。澄河はすぐに立ち上がると、ヨミチを振り返った。


「もう行きましょう」


 静かな声を発したその顔には、もう興味を失ったとでも言うように何の感情も浮かんでいなかった。



 教室につくと、澄河は後ろに並んでいる一人の大人の前で足を止めた。そこでヨミチは気になっていたことを聞くことにした。


「·····その大人たちは教師か?」


「私たちの両親です。今日、この学校に入学してきたので彼らはそれを見に来てたんですが·····」


 自分の子供の新しい門出の日を祝福しに来ていたのだという。犯人は、つくづく最高になるはずだった日を壊していったようだ。


「これが私の母です」


 その人は澄河によく似ていた。並んだら姉妹に見えるほど若く見える。美しい化粧を施し、センスの良い服を着ていた。彼女は、母親の肌を覆っている青の膜を痛ましそうな顔で見て、指で頬を優しく撫でた。


「お母さん·····。私が絶対に·····」


 呟くと、悲しそうに俯いた。会った時から冷静で、あまり感情を表に出していなかった彼女のその姿に、ヨミチはつい家族を思い出す。もう二度と家族に会えないかもしれない辛さは、ヨミチにも痛いほど分かった。


 結局、澄河は何も持ち出さなかった。



 夕日に染められた校庭を早足で歩き抜ける。後ろにいた澄河が急に足を止めた。振り返ると、屈んで花壇に生えていた青紫色の花を一輪摘み取っている。そして、そのままヨミチにずいっと差し出してきた。


「この花、日が落ちると閉じるんです。見てください、ほら、これも·····。てことは、植物には魔法がかかっていないってことですよね?」


 確かにあまり考えていなかった。そういえば、桜も花びらが散っていた。あれも魔法がかかっていなかったからだろう。植物に魔法がかかっていないことも、事件解決の手がかりになるかもしれない。

 

「そうだな。『植物には魔法がかかっていない』ってこと、僕は見逃していたから助かるよ。役に立ついい情報だ」


 褒めると、澄河は僅かに微笑む。控えめに笑うその顔を見ていると、これからの待遇について申し訳なくて胸が痛む。澄河がヨミチの微妙な表情に不思議そうに首を傾げつつ、手折った花を指先でクルクルと弄んでいた、その時だった。


 花から光が溢れ始める。あっという間に澄河の手元が見えなくなる程に光は大きくなった。

 まずいことになっている。このままだと澄河の立場が、危ういものになる。焦燥感に駆られながら大きく後ろに飛び退く。すぐに彼女に視線を戻したが、時既に遅し。その手の中には白く、長い棒のような物があった。


 ――杖だ·····!!


 そのまま澄河に叫ぶ。


「スミカ、杖を今すぐ投げ捨てろ!!それ以上持ってたら·····!」


 面食らったような目で、杖をじっと見つめていた澄河はヨミチの言葉を聞き、ほんの一瞬考えこむ。微かにその手から力が抜けたのが分かり、ホッと息をつくも、束の間。澄河はそれを捨てるでもなく更に握り込んだ。その行動に唖然としながら澄河の顔を見ると、なんと、口角を歪めて笑っていた。企みが成功したようなその笑みに危険を感じ、走り寄ったが間に合わない。杖は、澄河の手に吸い込まれるように消えた。

 


「·····ッ!なにやってるんだ、君は?!」


 思わず強くその両腕を握りしめ、揺さぶりながら問いただすと、笑みを素早く掻き消し、鋭い眼光で睨みつけてきた。冷静だったはずの澄河が露骨に向ける怒りの表情に目を見張ったと同時に、冷たくヨミチの手は振り払われる。その強い勢いのままに、胸倉を掴まれた。


「テメェ·····ッッ!!!俺の可愛い『澄礼(すみれ)』に傷がついたら、どうしてくれんだよ!!」


 静かで大人しかった姿は、今や狂犬のようだ。低い声で唸るように怒鳴った澄河に、ヨミチは先程までの焦りも忘れ、ただただ混乱していた。


「いや、いやいやいやいや!!!ちょっと落ち着いて

くれ!何を言ってるんだ、君は?!」


誰もいない校庭に、ヨミチのどこか間の抜けた声だけが響いた。

 


 


 ――こうして、話は冒頭に戻る。


 



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