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鈍色の空、狐舞う時  作者: ささかま


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第三章 交易都市ワダン

襲撃


道は、緩やかに下っていた。

もう既に数日、隊商は、ひたすらに道なりに歩を進めている。


いくつかの街影を越したが、どれにも立ち寄ることはなかった。

まだ国境は越えていないが、空気はどこか乾き、土の色はいつしか黒から赤褐色へと変わっていた。馬のひづめが立てる音が、ぽこ、ぽこ、と軽やかに響く。


「今日は、馬がよく歩くね」


ギサが、隣で笑っている。

荷を背負い、矢筒やづつを結わえたままのユナも、少しだけ、歩調を緩めた。


「昨日の霧が、うそのよう」

「ワダンはさ、あと一日だよ。綺麗な街で......きっとユナも、気にいる」


ギサは、もう何度目かになる、夜の星市についての話を、また始めた。

装飾品加工で栄える街ワダン。特産の夜光石イェシルは、微細な光を発する。安定した交易と品質の担保のためか、三十日毎に夜市が開かれる。街の明かりを消し、夜光石イェシルが店に並べられ、光の強さ、色味など、石の大きさだけではない価値を、わかりやすく比べるのだーーと。


「今では、夜市が幻想的だからって、見るためだけに訪れる人もたくさん。だから、年々大きくなって、夜の星市って名前がついたんだ。早く一緒に見て回りたいよ」


ギサの身振りが大きくなってゆく。その明るさに釣られて、ユナも小さく笑った。

隊商の列は整然として、先頭ではジュウビが馬を引いている。護衛士のガルドだけが、荷馬車の横に着き、周囲へ目を配っていた。


ギサだけでなく、ともに歩む者達とも、ユナは少しずつ打ち解けている。

ユナの他の道連れは、二人が商売のため、一人は旅のためだった。


二人の商売人は、それぞれ小商で、こういった隊商に、自分の荷を載せるそうだ。ジュウビは尊敬されている様子で、よくこの二人と、商売の話をしている。

旅の一人は、名をセイリョウといった。


列の中央から、少し後ろが定位置となっている。ユナと同じく、一つ前の街からの道連れで、キナ国の都ケルゲンまでだという。淡い灰色の外套に、細身の長剣を差し、荷は軽そうだ。食料などは持たず、常にジュウビから買っている。

ユナは、その男――セイリョウを、ちらりと見て、また目を逸らした。


「ねえ」


ギサが声をひそめた。


「ああいう男が好み?確かに顔はいいけど女っぽいし、歳がさ、ちょっと離れすぎ」

「......うん。目尻にホクロがあるね」

「なにそれ?!」


ギサは、呆れ顔で、大袈裟に手を広げた。

ユナは、兄の手の甲から、ホクロが消えていたことを、思い出していた。あれは、消えるものだろうか。それとも記憶違いか、見間違いかーー。


その時だった。

前方で、ガルドの手が鋭く挙がり、ジュウビ!と声が響いた。


次の瞬間、隊商の前、丘の斜面に沿って植わった木立の陰から、数人の男たちが飛び出した。

布で目から下を覆い、手にはひらめく刃物を持っている。荷馬車に目をやると、前方から襲いかかった。


ジュウビは、慌てて自らの手の者へ何か叫ぶと、山刀を引き抜き、馬と荷馬車の綱を切った。他の者もそれに続き、綱を切ると、馬の尻を刀で刺した。馬達は驚きいななき、前方へと駆け出す。

まさか、馬が向かってくるとは考えていなかったのか、賊達は、向かってくる馬を止めようとする者、かわして隊商へ向かう者に分かれ、足並みは乱れた。


その隙に、ジュウビの手の者は、荷馬車の前に出て、ジュウビを中心に武器を構えた。ガルドは、幅広の大剣を、盾にするように前に出しながら、賊を目掛けて前進する。


「話が違うぞ、引け!」


頭目らしき者が叫ぶと、賊は散り散りに木立へ舞い戻っていく。

隊商の目が前方へと注がれていた、その時、隊の後ろの草むらから、ざっ、と影がはしった。男が、縄を手にユナとギサの方へ猛然と駆けてくる。音に反応してそちらを向いたユナは、前方の賊に放とうと取り出していた矢を、弓につがえる間もなく、そのまま突こうと、咄嗟とっさに右手を出した。


男は縄を鞭のようにしならせ、ユナの右手を払うと、ユナを抱え込む姿勢をとった。

その刹那せつな、大きな破裂音とともに、強い閃光せんこうが、あたりを眩しく照らして、消えた。ユナも、襲撃者も、視界は真っ白になり、なにも見えなくなった。


襲撃者の動きが一瞬止まり、後ずさった時、セイリョウが、ユナをかばうように前に立った。

セイリョウは、既に長剣を抜いていた。襲撃者目掛け踏み込み、風を切る音とともに、素早く横に払う。襲撃者は目を覆いながらも、後ろへ飛びすさり、辛くもこれをかわした。そして、草むらへ転がり込み、去っていった。


ユナも、ギサも、商人二人も、目を抑えて屈んでいる。後で聞いたところ、セイリョウは、襲撃者の入った草むらへ警戒しながら近づいたが、既に去ったことを悟り、戻ったのだという。

その頃、ようやく、ギサは立ち上がった。


「なんなの、今のは......」


遅れて、ユナも、落とした矢を拾って立ち上がり、目をしばたたいた。


「すまない。光は、私が放った」


と、セイリョウが言ったとき、ジュウビが前方から駆け寄ってきた。


「ギサ、無事か!」

「叔父さん、あたしは大丈夫。でも、ユナが......」


ギサは、ユナの右手に目をやった。

ユナも、自分の右手を見た。紫色に腫れ、擦れた痕の上に、血が滲んでいた。


「平気です。少し痛いけど......。動かせます」

「洗って、乾かしてから、これを塗っておくと良い」


いつ取り出したものか、セイリョウが小瓶を差し出した。

ユナは、素直に礼を言って、受け取った。


襲われたことに混乱し、思考がまとまらない。

自分へ放たれた悪意へ、気味の悪さと、強い怒りを感じていた。


ジュウビの手の者が、ジュウビを呼びに来た。


「親方、馬は鎮めやした。荷も人も無事なんで。大事にならねぇで、よかった......。馬を手当てして、休ませてから、荷馬車に結えるもんで、まだ時がかかりやす」

「わかった。ガルドとセイリョウで、荷馬車の前後を警戒してもらおう。うちの者から二人選び、この先の関所へ事情を伝えに行かせる。出来るなら、ワダンまでの警備も頼もう」


ジュウビは前方に戻ると、手の者二人に、関所への付け届けを持たせ、急ぎ発たせた。それから、隊に休息を指示した。



* * *



国境を目指して


日は、まだ高い。白昼堂々と襲われた隊商は、落ち着きを取り戻しつつあった。

ギサは、荷馬車の前方へ位置が決められ、ガルドの隣で休んでいる。ジュウビの手の者は、それぞれ馬を引き戻し、荷崩れを直すなど、忙しく働いているが、道連れの商人二人は、ジュウビに、襲われた理由を尋ね、不満そうな声を出していた。


セイリョウは、荷馬車の後方、ユナの隣で、周囲に目を配っていた。賊が再度襲ってくる気配は無い。


「先ほどは、ありがとうございました」


ユナは、セイリョウに改めて礼を言った。

セイリョウは、灰色の外套を少し開くと、小さな腰鞄から、握れるほどの大きさの、短い導線がついた球状のものを取り出した。


閃光せんこうを発する薬弾だ。これのおかげかな。目を閉じろ、と言って、賊までそうしたら効果は無いので、声をかけられなかった」


セイリョウは笑いながら、すまない、と続けた。


「どうやって、光らせるのでしょう」


ユナは、まだ痛む右手に、セイリョウからもらった軟膏なんこうを、軽くすり込みながら言った。ひんやりとした感触に、痛みが軽く感じられた。


「この、蓋の裏に導線を擦ると、炸薬さくやくが燃える。燃え切ると、中の薬が混ざる。すると一瞬だが音と光が出る、という仕組みだ。私は単に閃光せんこう弾と呼んでいる」


セイリョウは、腰鞄を指差し、弾を戻しながら言った。


「つまり......自分で?」

「ああ、そうだ。残りはあと二つ......もっと作るべきだった」

「セイリョウさんは、武器商人ですか」

「......そうではない。だが、こういったものを必要とする方も、いるのだ。あと、丁寧な言葉は、やめてくれ。ただセイリョウ、で良い」


会話が途切れ、静けさがあたりを漂った。

やがて、前方から足音が聞こえ、荷馬車の影からギサが、顔を出した。木桶を抱えている。


「手の具合はどうだい」


ギサが、心配そうに聞いた。


「痛みも腫れもあるけど、平気。動かせる」


ユナは手を握って、開いてみせた。


「そう......あと少しで、出発みたい。先発隊が戻らなくっても、発つってさ。これ、みんなに配るお菓子。先にとって」


と、ギサが、木桶を差し出した。砕かれた様々な種類の木の実が、蜜で固められている。かち割ったのか、大きさは様々だ。

セイリョウは、ユナに先に選ぶよう勧めた。ユナは中くらいの欠片を、セイリョウは小さな欠片をそれぞれとった。


「向こうにも、配ってくる」


ギサは、また前へ戻っていった。

セイリョウは、小さな欠片を、そのまま口に入れた。ユナは、少しずつかじった。乾いた木の実が、一口ごとにぽろぽろとこぼれ落ちる。


「知ってたのね」


ユナが、セイリョウを見た。


「いや、知らない」


セイリョウは、うーん、と涼しげな顔で伸びをしている。


「落ち着く味だけど、食べづらい......」


後の方は、言葉になっていない。ユナは、最後のかたまりを、口いっぱいに頬張ほおばった。蜜が溶けて、上下の歯がくっつく。溶け切るまで、この菓子と格闘することになりそうだ。


「戻ってきたぞ。警備兵も連れている」


セイリョウが言った。ユナもそちらを見ると、ジュウビのところへ、皆が集まり始めている。


「行こう」


セイリョウが声をかけた。

全員がジュウビの前に揃った。ジュウビの横には、足の長い黒角馬ホルスに乗り、槍を携えた武装兵が、二人いた。


「皆、ご苦労だった。賊の襲撃に耐え、迅速に復帰できた。日頃の訓練と、協力し合うという精神の成果だ。ユナが怪我をしてしまったが、幸い大事には至っていない」


確認するように、ジュウビがユナを見た。ユナは皆に向かって頷いた。

ジュウビは言葉を続けた。


「二人の騎兵が、駆けつけてくれた。国境の関所まで、警護してくれるとのことだ。ワダンまでではないが、途中までを、より安全に進めることを喜ぼう。質問はあるか?」


二人の商人は、関所までと聞いた時に、不満そうな顔を見せたが、ジュウビは、それを無視した。


「それでは、隊列を整えてくれ。出発だ」


皆が列についた。ユナは、元のように最後尾だが、さらに後ろに、若い騎兵がつく。

休息の間に、荷馬車を引く馬の尻には、それぞれ膏薬こうやくが貼られていた。傷は深くないらしく、歩みの速度はこれまでと変わらない。


ユナは、道すがら騎兵に、祖父や兄のことを尋ねたが、そのような人物は見ていない、との答えだった。だがそれは、そもそも行き来の監視は厳しくないから、というのが本音のようだ。

ギサは、ヒイノ国へ直接は出づらいと言っていた。今、ティルマ国からヒイノ国を目指すなら、まずキナ国経由だろう。国境の関所で、何かわかるかもしれないーーユナは、鍛冶屋に言われた、細い話を頼りにするな、という言葉を思い出しながら、歩を進めた。



* * *



交易の街


結局、何もわからなかった。

関所はティルマ国側にも、キナ国側にも、それぞれ警備兵がいるが、ユナが想像するような「関」も「境」もなく、ただ道の往来に、境界の印があるだけだった。金を払う必要もなく、自由に行き来できる。衛兵の宿場や、隊商も使える水場はあったものの、皆、この先のワダンで休むということらしい。


「この丘を回ったら、もう街が見えるから」


ギサは、ユナに語りかけた。ユナは、関所からは最後尾ではなく、隊の中ほどギサの隣にいた。先頭のジュウビが、時折後ろを気にしている様子が、ここからだとよくわかる。


「あーあ、ようやく宿で寝れるよ。水浴びも出来るし、ワダンが一番過ごしやすい」


ギサは、街に近づくほどにうれしそうだ。


「他の街では違うの?」


ユナが、首を傾げた。


「そう。ワダンは装飾品が一番だけど、他の市も大きくなってる。人が、集まりやすいようにしてるんだろうね、隊商宿も、水場も、広くて綺麗でさ。都のケルゲンは、雰囲気暗いし、山の中で狭いし、正直あたしは苦手」

「都は、栄えてるから都だと思ってた」

「いや、王がいるところを都って呼ぶだけ......だと思ってたけど、そういえば、知らない」


ギサは、どうでもいいよ、と肩をすくめた。

やがて丘の向こうに、街が見えてきた。ところどころ、建てている途中の家や店があり、活気に溢れている様子が、遠くからも伺える。


前の街とは、比べ物にならないほど大きな広場まで、一本道で入った。広場での宿泊は許されておらず、到着後に記帳して、初めて隊商宿が割り当てられる。宿は輪番りんばん制のようで、順に割り当てられていく。ジュウビの隊は、十五人全員が一つの宿でおさまる、と告げられた。


「ずいぶんと、整えられている制度だ」


セイリョウが、仕組みに感心しながら、あたりを見回している。そのうち、姿が見えなくなった。

ユナも、あたりを見回した。が、祖父や兄がここを訪れたどうか、話を聞いてくれそうな者を、見つけられなかった。まだ痛む右手をさすり、宿でジュウビに相談しようか、と思ったが、ジュウビはギサを引っ張って、部屋へ向かってしまった。


「ゆ、ゆっくり休んでくれ!夜市は明日の夜、出発は明後日の朝でさぁ」


ジュウビの手の者が、そう言い残すと、慌ててジュウビを追った。

仕方なく、ユナも自分の部屋へ向かう。宿は三階建てで、天井は低いが、まだ新しく、よく掃き清められている。香も焚かれているが、これは、旅人の臭気を消すためかもしれない。ユナは、自分の体の臭いを嗅ぐと、顔をしかめた。


ユナの部屋は、最上階の端だった。部屋は狭く、寝床と、小さな文机と椅子があるだけだが、ここも新しい様子で、清潔だった。野宿を続けた身には、大変な贅沢にも思える。

戸を締めると、その裏に、宿の水場やかわやの位置が、掘り込んである。ユナは、また下に降りることに、少しうんざりしながらも、短弓と矢筒やづつ、袖なし外套を置き、部屋にあった手拭いと背負い袋だけを持って、部屋の錠をおろし、水場へ向かった。


水場は、男女が分かれており、水はそれほど冷たくなく、体を清めるのに苦労はいらなかった。洗い場も別にあったので、服も着替え、これまでの服を丁寧に洗うことができる。ずいぶん行き届いている......とユナは驚いた。男の方からは声も聞こえるが、女の方には他の客の姿はなく、久々に、母の鏡を使って身を整え、心置きなく用を済ませることが出来た。

日が暮れ、ユナが、部屋へ戻りかけた時、男女の怒鳴り合うような声が、どこからか聞こえた。まさかギサではーーと、考えた時、ユナは、ギサの部屋がどこか、知らないことに気がついたのだった。



* * *



セイリョウ


ユナは、街の大通りに面した飯屋にいた。何を注文するべきかわからず、隣と同じものを頼んだのだが、何かのひき肉を団子状にしたもので、付け合わせの野菜も含め、好みではなかった。一緒に注文したことになっていた、薄青色の飲み物は、少しの苦味と爽やかな甘みが混在しており、これだけが気に入った。そろそろ宿に戻ろうか、と、ユナが考えていた時、近くで、椅子が倒れる音がした。


「だからよォ、おめぇに払う金はねぇって!」


がらがらのダミ声が、店に響く。

ユナはそちらに目をやった。大柄な男が立ち上がり、向かいの席を睨んでいる。赤ら顔の、その男は、額の汗を袖で乱暴に拭った。


対する男も、赤い顔で立ち上がる。こちらは少し華奢だ。


「そんなことを言っていいのか、お前たちだけでやっていけると思うなよ」

「もう世話にはなんねぇ、だから金も払わねぇ、それだけだ」

「それならお前の好きな、この街の仕組み通りにすればいい。我々は、お前たちを認めない」

「なにぃ!」

「お前たちの店は、明日の市に立たないな」


華奢な男がそう言い捨てると、手に持っていた杯を、机に叩きつけた。騒ぎを見て、慌てて店主らしき男がやってきたが、おろおろするばかりだ。


「てめぇ......」


大柄な方は、腰にさしていたこんを手に取り、振りかぶった。


「穏やかじゃないな」


突然現れたセイリョウが、そのこんを制した。

ユナは肝を潰した。元から、この飯屋にいたものらしい。


「そのこんで潰すのが、杯か、机ならまだしも、お連れの方の顔か、街の信用となると、ちょっと大事だとは思わないか?」


杯か、机ならまだしもーーと聞いた店主の顔は、それも困る、とばかりしかめっ面になった。

セイリョウの明るい声音と、店主の困り顔に毒気を抜かれたのか、大柄な方は、おとなしくこんを下げた。


「そちらも、ま、座り直して」


セイリョウは、華奢な方も促し、丸机に三人で腰掛けた。

それを見て、周りで不安げに、様子を伺っていた人々は、自分たちの話や、食事に戻った。


「店主......そう、あなただ。店で最高の夕露酒シルロをここへ」


セイリョウが注文すると、店主はいそいそと酒棚へ向かった。


「いや、奢ってもらう義理はねぇ」

「あんた何者だ」


言い争っていた二人は。そうすごんだが、店で最高の酒と聞いて、口の端が上がっている。


「旅をしていて、ティルマの都サトから戻ったんだが......ティルマが、ケルゲンとワダン、どちらにつくか迷ってる」


セイリョウは、慎重な素振りで呟いた。

二人は、顔を見合わせた。


「ちょっと待ってくれ。別に割れたわけじゃないぞ」


華奢な方が、慌てた様子で手を振った。


「それならこちらに......いや、俺たちは誰かに抑えられるのがごめんなだけで。そんな大国相手じゃ、もっと税を取られるんじゃねぇのか」


大柄な方は、酒臭い息を吐いた。

その時、店主が夕露酒シルロを運んできた。美しい玻璃はり製の瓶と、白い小さな杯を三つ、机に置く。


「私にもわからんが、道中に聞いた噂では、分裂の機会に、攻め込んで、ワダンもケルゲンもとってしまおう、と考えているとか、いないとか」


セイリョウは、ゆっくりと瓶を開けた。

二人とも、酒を凝視ぎょうししている。


セイリョウが、酒を三人分注いだ。

濃厚な香りが、あたりを漂う。


二人は、一気に飲み干した。


「これは!」

「なんてうまい......」

「さ、飲んでくれ。さっき払いがどうのと言っていたが、この酒で、一回分くらいにはなるんじゃないか。仲間割れは、他からつけ込まれるだけかもしれん。私はこの街が、今のまま残ることを願うよ」


セイリョウはそういって立ち上がると、二人の肩を叩いて、勘定をしに行った。二人は、礼もそこそこに、酒の香りと味について語りあっている。

セイリョウが勘定を終え、ユナと目があった。ユナが目礼すると、セイリョウはユナの席に座った。


「喧嘩の仲裁、すごかった」


ユナが、言った。


「ああ、それは、どうも。ユナが店に来ていたのが見えたんだが、声をかけにくくて」


セイリョウが、ほんの少し気まずそうにしている。


「なぜ?」

「何やら、呪い(まじない)のような手振りをしていた」

「あ......それは、ナユロ村の習いで、印を結ぶの」

「不思議な風習だな。道中では見なかったが」

「一人で食べるときだけだから」

「ふぅむ」


セイリョウは、手真似をして見せたが、間違っていた。

ユナはセイリョウの目を見た。


「セイリョウ、お願いがあるの。私を、助けて欲しい」

「急に、どうした」

「祖父と兄を探してるって、前に言ったけど、詳しく話したい。妙なことに巻き込まれていると思う。謎だらけで、もうどうしたら良いか......」


ユナは、頭を下げた。


「......聞くだけ聞こう。ここでは、騒がしすぎる。場所を移すか」


ユナは頷き、席を立った。

近くに良い場所はないかを尋ねると、店主は、ユナとセイリョウを見てから、隣の二階、と言った。


二人が、飯屋を出て、隣の店に足を踏み入れると、ずいぶんと薄暗かった。飯屋が煌々としていただけに、目が慣れない。

帳台ちょうだいにいた男が、二人を見て、下卑げびた笑みを浮かべた。


奥には、気だるそうな薄着の女と、刀を抱えて居眠りをしている男がいる。


「二階に、話ができる場所があると、隣で聞いたのですが......」


ユナが、雰囲気に気圧されながらも、帳台ちょうだいの男に話しかけた。


「あ?あぁ......前金でな」


ユナが銭を払うと、男は鍵を渡した。


「どうも......」


ユナは鍵を受け取り、セイリョウときしむ階段を上がった。

二階の手前の部屋を開け、明かりを灯すと、宿でのユナの部屋のような作りだった。文机と椅子、寝床がある。手洗いも付いていた。


ユナは、文机の上に荷袋を置くと、鞘と、鉄片、そして小箱の欠片を出した。

セイリョウは、椅子に座ると、興味深そうにそれらを眺めた。


「セイリョウ、助けて欲しいの」


ユナは、寝床に腰掛け、これまで自分の身に起きたことを、包み隠さず語った。兄の手のホクロの違和感も、兄の荷袋からそれらの品を抜き取ったことも、小箱の匂いで一瞬我を忘れた気がしたことも......。

長い話の間、部屋の明かりが、隙間風にゆらめいていた。


ユナは、途切れずに全てを話し終え、大きく息をついた。


「家族を探しているユナを前に、無礼とはわかっているが、これは興味深い話だ」


ユナが話す間、セイリョウの目は、鞘に、小箱に、吸い付いたように離れなかった。


「謎について考える前に、まず、私のことを話そう」


セイリョウが、ユナの目を見た。


「私は、ティルマ国の”元”王室祭祀さいし官。上司と......反りが合わず、都サトを出て、今は流浪の身だ。ケルゲンに学友を訪ねようと、ここまで来た」


ユナは頷いた。


「......さて、ユナの身に起きたことだが、整理しよう。一年半前兄が消えた。先日突然戻った。別人のようになっており、手の甲のホクロが消え、捻じ切れた良いこしらえの鞘と刃の無い鉄、嗅ぐと凶暴になる布の入った小箱を、持っていた。一晩で消え、続いて祖父が村長の使いを騙る男に連れ出され、戻らなかった」


ユナは、再び頷いた。


「さらに、ユナ自身も、背の高い細目の縄使いに跡をつけられ、さらわれかけた」


ユナは、目を見開いた。


「それは......」

「違う、と?いや、私が対峙したあの男は、確かにユナを狙っていたよ。我々の隊列を確認し、賊をけしかけ前から襲わせ、自分は混乱に乗じて、後ろからユナをさらおうという算段だ。何日もかけて仕込まねば、出来ない。あの縄使いは、相当な手練てだれ。専門的に暗殺や誘拐に関わっていると見える」

「なぜ、私が」


ユナは、襲われた時に感じた、剥き出しの悪意を思い出し、身震いした。


「それはわからないが、例えば、ナユロ村と関係があるかもしれない。私が見るところーー」


セイリョウがそこまで話した時、階段をきしませながら、誰かが上がってきた。奥の部屋に入ったようだ。


「わたしが、一番気になっているのは、兄が、別人かどうか。糸繰り人形のようになって、ホクロも消えていたことが気になって」

「それは、兄で間違い無いだろう。薬や非道い体験で人間を壊すことは、残念ながら出来る。小箱の中身も、その一種かもしれない。顔や姿形を変えるのは難しいものだ......。ホクロの件は、例えばそのように」


と、セイリョウは、ユナの右手を指した。


「擦られたり、削られたりすることで、消えるものもあるのだ。私のは、消えないようだが」


セイリョウは、自嘲じちょうするように笑った。


「目元のホクロね」


ユナは、少年時代のセイリョウが、懸命に顔からホクロを消そうとする様を想像し、つられて笑った。


「縄使いに縛られて、逃げ出そうとして、手の甲を強く擦りつける......皮膚が削れるが、構わずに。このような時、ホクロも消えるかもしれない」

「そういえば、首に傷跡が見えたと思う。きっと兄は、酷い目にあったんだ」


ユナがそう言った時、隣の部屋から、なまめかしい男女の声が聞こえてきた。


「ずいぶん遅くなった、出よう。また、明日話そうか」


セイリョウは、鞘をくるくるといじってから、立ち上がって部屋を出た。

ユナは、荷物をまとめ直すと、遅れて階下へセイリョウを追った。


先程の帳台ちょうだいの男はおらず、薄着の女がセイリョウと話していた。


「いつ来てくれてもいいんだよぅ、あんたならさぁ」


女は、しなをつくって、帳台ちょうだいにもたれかかっている。

奥の、刀を抱いた男は、変わらず居眠りをしていた。


「いずれな......。勘定は、もう済んだだろう」


セイリョウはそういうと、ユナを促して外へ出た。

二人は宿に戻ると、明日の再会を約して、それぞれの部屋へ戻った。



* * *

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