幻と言葉の火矢(9)
翌日、朝からよく晴れていた。あの古民家がある町もピカピカに晴れ、爽やかな初夏の風が吹き抜ける。
「さて、リベンジしに来たぞ」
尋人は大声で叫び、古民家の前に到着。唯子も歩香もゾロゾロと続く。見た目は相変わらずオシャレな古民家だ。レオたとちと配信した社宅があった場所とは違い、何も起きなそうにしか見えないものだが。
「本当に尋人さん、大丈夫?」
唯子は今になって怖気付いてきた。確かに昨日はリベンジできると盛り上がったが、以前来た時のことを思い出すと足がすくむ。
「大丈夫だ。まあ、先に祈ろう」
尋人は自信満々だ。その顔を見ていたら、唯子も怖がっているのが馬鹿馬鹿しくもなってきた。そうして歩香と共に三人で手を繋ぎ、祈り、心を合わせて古民家に足を踏み入れた。
中は木の匂いが香る。インテリアもオシャレに配置され、まさに夢のような空間だったが、歩香の案内と共にあの和室へ向かう。
あの日と同じように本棚の中見が散乱し、衣装ケースなども倒れていた。やはりここの部屋だけが不気味。
冷たい風が吹いた気がした。唯子は少し震え、天井を見上げた時だった。
誰もスイッチを押していないのに天井の電球がついたり消えたりし、壁もギシギシと唸り始めた。
「な、何これ……?」
今まで冷静だった歩香の頬も震え初めていた。こんな霊現象をなん度も見てきた唯子も目を瞑ってしまう程だが、尋人だけがいつも通りだ。
「大丈夫だ! 単にポータルが開いているだけ! 悪霊の掃除するぞ!」
尋人はそういうと、さっそく祈り始めたが、何も変わらない。逆にギシギシとした音は悲鳴のように甲高くなり、部屋に散乱した本も勝手に浮き始めていた。
「な、何これ? なんなの、これは!」
歩香はパニックになりかけていたが、再び冷たい風が吹いた時、音が止まった。同時に唯子も目を開けたが、何かが目の前にいた。
それは幻なのか悪霊なのかわからない。霊現象なのかも定かではなかったが、歩香と全く同じ姿の人物がいた。
「なんだこれ?」
尋人もそれが見えるらしい。言葉を失っていた。歩香も同様だ。顔が真っ青だったが、視線はそれに向かっていた。
「な、なんで私そっくりな? ドッペルゲンガーが何か?」
歩香は震え声で問いかけていたが、それは急に真っ黒な姿に変わった。
悪霊だ!
唯子が見たような幻ではなかった。その上、悪霊は歩香の耳元で囁きはじめるじゃないか。
『ねえ、君。君はクリスチャンなんでしょ? なんで古民家で作った教会も失敗してるのー? その上、近所の人ともうまく言っていないとか、無能だね。弱虫だね。超無能でクソおもしろー?』
無邪気な悪霊の声。歩香は目を瞑り、耳も塞いでいたが、さらに耳元にねっとりとくっついていた。
『愛の宗教なんでしょー? ねえ、なんで隣人とも仲良くできないのぉ? 聖書には敵を愛せって書いてあったよね? ねぇ、ねぇ、なんで? なんで聖書通りにできないんですかー?』
悪霊のターゲットは歩香にだけ絞られてしまったらしい。尋人や唯子がいくら祈っても全く祓えない。まるでアスファルトの上のガムのようだ。しつこく、全然取れない!
『ねぇ、この弱虫! 無能! ねえ、どうして君は立派なクリスチャンになれないのー? そんなんじゃ神様も呆れて救ってくれないよねー? キャハハ!』
歩香は耳を塞いだまま、その場にしゃがみ込んでしまった。
見てられない。でも、もう尋人や唯子も力が及ばない。そんな時、どうしたら?
『ねぇ、もう神様も君のこと見捨ててしまったよねぇ? もうこんな弱くて無能な君のことなんて、愛さないって言ってるよー?』
唯子は火矢のように歩香の心を攻撃しているようなイメージも浮かんでしまう。もう声も出ない。歩香と一緒にこの火矢の攻撃を受けている気がして立っていられない。しかし尋人は祈りも声を上げるのも諦めなかった。
「歩香! リス子も悪霊の声なんか聞くな! それは全部嘘だ! 聖書の言葉で悪霊の言葉を退け!」
唯子は尋人の声でハッとした。そうだ、歩香と一緒になってまともに攻撃を受ける必要ななかった。
「そんなことはない! 神様は歩香さんを愛してる! 聖書にはあなたのことは尊い、愛してるって書いてる!」
唯子も尋人と同様、声を上げた。同時に歩香にまとわりついていた悪霊も怯み、一瞬、どこか怪我でもしたみたいに痛がっているではないか。
「リス子の言う通りだ! 神様は決して見捨ててないぞ! 祈れ! 歩香、神様の御言葉だけをつかめ!」
ずっと目瞑り、耳を塞いでいた歩香だったが、その尋人の声で瞼を上げた。
「わ、わたしは弱くてもいい! 弱い時にこそ強いって聖書に書いてあるし、こんなわたしでも神様に愛されてる……!」
震え声だった。今にも消えてしまいそうでもあったが、あてだけしつこかった悪霊が、その言葉に反応し、歩香の側から離れた。
その隙に尋人が神の名前で悪霊を追い出し、霊現象がぴたりと止まった。
まるで嵐が去った後のように静かだ。電気も元に戻り、なんの音も響かない。
「あぁ……」
歩香はホッとして泣き出すぐらいだった。
「あぁ、わからない……。でも、もう優等生でもいい子にもならなくても良い気がする……」
力が抜けた歩香は泣き続けていた。
「大丈夫さ。何ができてもできなくても、大丈夫……。愛されてるよ。大丈夫……」
その尋人の声は今までで一番優しい。唯子もホッとして歩香と一緒に泣いてしまうぐらいだった。




