幻と言葉の火矢(7)
果たしてこの場を事故物件だと表現していいのか。唯子はわからない。
見上げると古い社員寮があった。二階建てで規模は大きくないが、壁は黒ずみ、蔦だらけ。背後の雑木林の方が普通に見えてしまうぐらい怪しい場所で、霊的に敏感な唯子は何かがいるような気配は察していた。
「さて、今からエクソシスト対決です! この社員寮は都市伝説界隈でも有名な心霊スポットです。なんでも数十年前、ブラック企業の社員寮だったらしく、当時は何人もの自殺者がいたとか……。今でもここには噂が絶えず、夕方ちかくから出るとか!」
宮乃はさっそくカメラを片手に配信を始めていた。宮乃の妙に明るい声だけが響くが、夕空は黒っぽく染まっていき、初夏だというのに冷たい風が吹き抜けていく。
あの後、唯子たちは宮乃の企画に乗り、電車とバスを乗り継ぎこの場所に来ていた。元々は工場地帯の街だったが、バブルの影響で廃墟と化し、都心部に近い割にうらぶれていた土地だ。中でもこの社員寮の跡地が都市伝説では有名らしい。
「アホらしい。そんな幽霊なんているわけないだろ。全部死人のフリをした悪霊さ」
尋人は相変わらずだ。こんな曰く付きの場所にいてもちっとも怖がっていないどころか、堂々としている。歩香も尋人ほどではないが怖がっている様子はなく、スマホで写真も撮るぐらいだ。心霊写真は撮れなかったそうだが。さすがの唯子もこういった現場は始めてじゃない。確かに不気味だったが、怖がるほどでもない。
一方、対決相手のレオは下唇が震えていた。無闇に塩や水をまきちらし「悪霊退散!」と叫んでいた。
「おいおい、セクシー霊媒師。そんな塩や水で悪霊どもがビビるわけないだろ。何か音を出せるもんはないか。悪霊はイエスの御名や讃美歌ももちろん嫌いだが、音自体も嫌がるんだよ」
そんなレオに尋人はアドバイスをするぐらいだ。
「お、音?」
「そうだ。拍手でもいい。何か音を鳴らせ」
アドバイスされたレオは震えつつも、拍手をしたり、スマホで太鼓の音声を流していたりしていた。その姿はだいぶ滑稽だったが、動画映えはしていた。宮乃の進行も功をさし、生配信は視聴者もそこそこ増えているようだ。
その間、尋人は土地の汚れについても教えてくれた。
「リス子、歩香。土地っていうのは悪いもんを吸い込みやすいんだ。創世記でアダムとイブがやらかした以降、土地は呪われ、悪い記憶を吸収しやすくなった。例えばその土地で自殺が出た場所、土地もその記憶を持ち、悪霊がすみつく。すみつかなくても、人間に悪い影響があるケースもある。これが事故物件とされる現象のカラクリだろう」
こんなオカルト話、真面目そうな歩香は興味ないと思ったが、意外なことにふむふむと頷いていた。
「うちの古民家もそうかしらねぇ」
話題がそこに及んだ時、尋人は珍しく口篭っていた。唯子も何も言えない。歩香本人の思いの中に原因があるかもしれないなどとは。
「でも、そういうオカルト的な考え方もアリかもね。わたし、ちょっと真面目に考えすぎていたかも。優等生で理想通りのクリスチャンになろうって考えすぎていたのかな?」
歩香は騒いでいるレオや宮乃をチラリと見ながら、苦笑していた。
「そ、そうですよ。そんな真面目にならなくてもいいと思います。わたしだって自分の弱いところとかできない部分を受け入れたら楽になったというか」
「そうだぞ、歩香。もういい子ちゃん辞めろよな。自分を許せ。弱い自分もできない自分も。そんな神様のために大きなことしなくていいよ。小さなことを忠実にやってる方が神様は喜んでくれるかもよ?」
歩香は尋人の声にハッとしていた。まさに目から鱗が落ちるという感じだ。
「そ、そうかも……。わたし、自分で自分を責めすぎていた?」
あきらに歩香の肩の力が抜けているのに気づく。もしかしたら、もう歩香もこ古民家の霊現象の原因、薄々気づいているのかもしれない。
「そうか……。わたし、一番自分を許せていなかったかも?」
「歩香、そうだな。ま、とりあえず今はここの霊的なお掃除するか?」
尋人はそう言い、ニヤリと笑うと、レオを押し退け、祈りでエクソシストを開始した。傍目には単に祈っているだけに見える。全く動画映えしない姿だったが、急に唯子の目の前が明るくなり、不気味な雰囲気が消えてしまった。
歩香も同じように祈っていたら、さらに空気が軽く変わっていく。元々霊的に敏感な唯子はその差がはっきりとわかったが、レオや宮乃はキョトンとしているだけ。特にレオは狐にばかされたような顔になっていた。
「な、なんだよ。妙っすよ。なぜか急にここが怖く無くなってきた?」
「霊的にお掃除したからな。っていうか、パフフォーマンスや再生回数目的でこういう曰く付きの場所に近づくなよ。俺らがついてきたからいいものの、丸腰でいったら気を失ってたし、ひどい場合は病院に運ばれていたぜ?」
そう言われ、レオは口元が引き攣っていた。図星をつかれてしまったのか。宮乃はともかく、レオはやっぱり目立ちたいから霊媒師なんて名乗っていたのだろうか。
「霊的な問題に安易に近づかない方がいいぞ。特に死者のフリした悪霊とコンタクトをとってしまったら、大変なことにもなる。それは聖書でも人間には許されていない立ち入り禁止領域だと言われてる。こんなパフォーマンスみたいのは辞めた方がいい」
尋人の口調は落ち着いていた。というより少し優しいぐらいだ。まるで大人が子供に言い聞かせるような声だったが、レオは恥をかかされたと思ったのだろう。顔を真っ赤にし、反論してきた。
「へぇ。そんな押し付けがましく言うのってやっぱりキリスト教って変だよな。愛の宗教じゃないんですか? 隣人を愛せよ、敵を愛せよとか言ってるのは何でなの? 尋人さんたちは聖人君主ではないんですかー?」
尋人は特に反論もしなかった。逆にレオの言い分を好きに言わせている感じだった。
「え? 歩香さん、どうしたの?」
一方、なぜか歩香の顔は真っ青に変わっていた。この状況では歩香に誰も何も言っていない。それなのに、口元を押さえ気分も悪そうだ。
「え? 歩香さん、大丈夫?」
「ちょっと、やっぱりダメかも……。わたしもう帰っていい?」
これは何?
ただ、唯子もレオの言葉を思い出すと心がチクチクしてくる。まるで火矢のような言葉だった。




