幻と言葉の火矢(5)
結局、エクソシストは失敗。あれ以上古民家にいるのは危険という結論になり、歩香と共に羽生教会に帰ってきた。
「歩香さんじゃないですか。どうぞ、いらっしゃい!」
牧師は歩香と知り合いらしい。突然来たのにも関わらず快く迎えた。
居候のノラも同様だった。「これで冷凍していた肉を食べられる!」とはしゃぎ、夕飯はホットプレートを出し焼肉パーティーになってしまった。羽生教会の二階にある和室にホットプレートを出し、ひたすらみんなで肉を焼いていた。
じゅうじゅうという肉が焼ける音すら美味しい。肉の焦げつく香りもそうだ。特にエクソシストで疲れ果てた尋人と唯子はしみじみと肉を味わっていた。
「歩香さんもお肉食べないのー?」
ノラももぐもぐと肉を食べていたが、一切口をつけない歩香に首を傾げる。
「そうですよ、歩香さん。遠慮しないで食べてください」
牧師もすすめる中、歩香の表情は微妙だ。そういえば何か食事制限のようなことをしていたと唯子は思い出すが。
「どうせ肉食べないとかカフェインレスとか意識高いことやってるんだろう? もう諦めて肉食え。そんな人間なんて立派でも理想的な存在じゃないだろ?」
尋人の物言いは相変わらず容赦ない。
「あぁ、肉美味しいなぁ。脂身たっぷりで最高! 肉汁もじゅわぁっとすごい!」
しかもわざわざ煽り立てている。いつも以上に性悪な尋人に一同ため息が出てきたが、これには歩香も何かスイッチが入ったらしい。
「うるさいな。自称オカルト牧師の変人のくせに」
歩香もなかなか負けていない。そう言い返すと、肉を一枚焼きヤケクソのように食べていた。
「え、歩香さん、無理しないで」
一応、唯子は声をかけたが、歩香は無言で肉を咀嚼して、「おいしい」と一言。その後も肉をハイスペースで焼いていき、もぐもぐもぐ食べていた。いや、もう食べ漁ると言っても良いぐらいのスペースだった。側から見ている唯子も気分が良くなってくるぐらいだ。
「歩香さん、面白い人じゃん。あんまり優等生っぽく生きるのやめた方がいいんじゃない?」
ノラも揶揄うぐらいだったが、焼肉パーティーはワイワイ賑やかにすぎていき、大成功と言ってよかった。
「良いですねぇ。こうしてみんなで食卓を囲むのは」
牧師もそう呟き、あっという間に肉も無くなっていた。
そして夜。歩香は教会の余っている部屋でしばらく生活することになたった。歩香の仕事もスマホやパソコンがあればできるものなので、特に古民家に帰らなくても問題ないという。
エクソシストは失敗してしまったが、ひとまずこれで対処はできそうだ。唯子も自室に戻り、ようやくホッとしていた。
「うーん、やっぱり今日も目が冴えて眠れないなぁ」
唯子はしばらくベッドの上でダラダラとしていたが、眠れない。窓の外の月明かりも妙に明るく感じられてしまうし、古民家でみたもう一人の歩香の存在が気になって仕方ない。
唯子も同じようにもう一人そっくりな自分に会っていた。ドッペルゲンガーかなんなのかは判明していないが。
「これと歩香さんの件、関係あるのかなぁ」
考えていたら煮詰まってしまった。喉も渇き、水を飲みに部屋から出ると、礼拝堂の方に灯りがついているのに気づいた。
灯といっても一つだけだったが、誰か起きているのだろうか。前も尋人が夜に讃美歌を歌っている時もあったが。
「あれ、唯子さん?」
礼拝堂に入ると、そこには歩香がいた。パジャマ姿だったが、すみの方に座り、祈っていたようだった。
「何か眠れなくてね」
はにかむ歩香は疲れの色が濃い。確かに今日は霊現象もあった。眠れないのかもしれない。その気持ちは唯子にもわかる。
「わたしも眠れなくて」
「そう。唯子もさんも同じなのね」
眠れないというたった一つの共通点。それでも、なぜかそれだけで二人の空気が和らぐ。夜だからだろうか。その静けさもなんだか居心地よくなり、二人でポツポツと会話をし始めた。
雑談だ。くだらないテーマだ。唯子の前職のビジネスホテルのことや尋人の黒歴史など。二人で話しているだけで、眠れない事実がどうでも良くなってきた。気が紛れてきたのだろう。
「へぇ。それで唯子さんはエクソシストやってるのね」
話題がそこに至り、歩香も興味深く聞いていた。
「そうか。人の念とか想いも悪霊が入ってくる足場になるのね。そっか。聖書通りなのね」
歩香は否定せず聞いてくれていた。
「だったら許せない気持ちも悪霊が入ってくる足場になるのかしらね?」
しかもそんな質問をしてきた。
「わたし、あの古民家の近所の人たちとなんか上手くやれなくてね。ついつい許せないって口にしていたりしてた。それが足場になっていたの?」
「あ! その可能性は大ですよ!」
「でももうそれについては、とっくに祈っていたし、もう近所の人たちを許してると思うしねぇ……」
それを聞いて唯子はガッカリした。これで悪霊の足場がわかる気がしたのに。
「なかなか上手くいかないわねぇ。あの古民家で理想通りの教会も作ろうとしたのに、全然上手くいかなかったわ」
その上、歩香は自虐も始めてしまった。
「組織に囚われず、全部聖書通りの教会を作れば、上手くいくと思ったのにね。全然ダメ。わたしは人をまとめられるほどのスキルも何もなかったんだわ。神学校だって中退しちゃったしね」
「そ、そんなことないですよ」
歩香は目を伏せて言葉を止めなかった。
「理想通りにはいかないものね。なんでわたし、全然できないの?」
「本当そんなことないですよ。尋人さんを見てくださいって。自称オカルト牧師ですよ? あんな変な人でも牧師って言ってますよ?」
ここでようやく歩香は笑った。ホッとしたように肩の力も抜けていた。
「そうねぇ。オカルト牧師って自分で言うのは……」
歩香はクスクスと笑い続け、眠くなって来たらしい。ここで別れ、礼拝堂の灯りを消し、それぞれの部屋に戻った。
唯子も眠くなってきたが、何か答えが出そうだった。ベッドに戻ると、自分を責めていた歩香を思いだす。その姿は立派になれない自分を責めていた過去とも重ねってしまう。
「そうか。わたしは自分で自分を許せていなかったのかなぁ?」
そんな気がしてきた。あの幻を見てしまったのも、自分を責めていたからだろうか。
「だったらもう自分を許すしかない。弱い自分でもいいじゃん。仕方ない……」
そう呟いたら、もっと眠気が襲い寝落ちしていた。この日はなぜかあの幻も見なかった。
目覚めたら妙にスッキリとし、肩も軽い。
「そうか、わたし。自分で自分を許せていなかったのかも……」
答えは出た気がした。




