幻と言葉の火矢(3)
礼拝堂の隅の椅子に腰掛け、唯子、尋人、そして歩香が話していた。
相変わらず高い天井からは日差しが差し込み、猫の毛玉の鳴き声が響く中、尋人と歩香は思いで話に花を咲かせていた。
「木村先生、覚えてる? 今度神学の本を出すっておうから、教会まで行ってサイン本もらったんだ」
「えー、まじか。おれも先生の本欲しいよ」
そんな話題、唯子は全くついていけない。他にも神学校の学生食堂とか実習先の思い出とかで盛り上がる二人。特に仲が良い友人というのはわかったが、全く話についていけない。
「あ、唯子さん、ごめんなさいね。ついつい昔話に花を咲かせてしまったわ」
もっとも歩香は空気が読めるタイプですぐにこの話題を辞めたが。一方、尋人は再びチョコチップクッキーをバリバリと噛み砕き、懐かしそうに目を細めていた。
「尋人さんてちゃんと神学校行って牧師になったんですね。意外」
それは素直に疑問だった。オカルト牧師と自認するぐらいだし、基礎的なことは無視して何も学んでいないと思い思い込んでいた。
「いや、別に親の後をついで普通に牧師になっても良かったが、一応な……。っていうか俺としては歩香の方が神学校を中退したのが意外だったな」
尋人がこの話題を出すと、歩香の笑みがすぅっと消えた。触れられたくない話題なのだろうか。
「歩香さんは今は教会で働いているんですか?」
「いいえ。ふらっとバイトしながら文章書いたり、イラスト描いたりしながら生活してる。ま、フリーランスっていうの」
自分で質問しながら、歩香の現状は意外だ。どう見ても歩香の方が牧師や教会関係者のような風貌だ。逆に尋人の方がフリーランスに見えるから不思議なもの。
それに歩香は唯子が出したお茶やチョコチップクッキーも一切手をつけていなかった。尋人は爆食している一方で。唯子も尋人につられてチョコチップクッキーを食べてしまったぐらいだ。
「歩香さん、お茶とかは別のものが良かったです?」
「いえ、唯子さん気をつかわないで。今グルテンフリーとカフェイン断ちしているだけだから」
「歩香、またそんなのやっているのかよ。神学校時代も肉食べないとかお酒飲まないとかやって結局、ストレスで太ってただろ?」
尋人の言い方はなぜか容赦がない。
「それに影で酒飲んでいる奴の悪口言ったりさぁ、俺は歩香のそういういい子ちゃんぽいところが苦手なんだよな。優等生やるなら最後までやれよ。結局、できないくせに」
歩香は何も言わない。表情も一切変えていないが、かえって空気が凍りつく。
こういう尋人の空気が読めず、なんでもはっきりと言う性格の方がどうかと思うが、歩香の人となりはわかった。たぶん、かなりの真面目な人。でも自分に課したハードルが高すぎて苦しくなってしまうタイプだろうか。
なぜか歩香の顔が直視できなくなってきた。唯子自身、そういう部分があるからか。ヤヨイに褒められているのに、そうなれない自分にも憤りを感じていたりもする。なんとなく真面目に生きようとしている歩香を嫌いに慣なれない。親近感すら持てる。
かといってこのまま険悪なムードになるにも困る。唯子はわざと笑顔を作り、話題を変えた。
「ところで歩香さんは今日はどうして教会に?」
「そうだぞ、歩香。今日は日曜日でもないし、祈祷会もやっていない日だぞ。何しに来たんだよ。まさか昔の友達に会いに来たってわけじゃないだろ?」
「そ、それは……」
歩香は尋人にまで押され、とても言いにくそうだ。口元をモゴモゴとさせ、視線も下向きだ。
そのタイミングを見計らったかのようきに猫の毛玉が歩香の膝の上に乗った。ピョコンと音がしそうな軽やかさだ。
「わ、何この猫ちゃん! もふもふだわ」
これには歩香も目を輝かせ、緊張も解けてきたらしい。どういうことか事情を話してくれた。
「わたし、実は今、古民家で一人暮らしをしているの」
「えー、素敵じゃないですか。オシャレ!」
「唯子さん、全然そんなことはないのよ……」
なぜか引越してきてから金縛や霊現象が起きるようになったらしい。近所の住人から噂を聞くと、前の住民も似たような霊現象にあっていたという。近所では事故物件という噂もあり、安かったとはいえ古民家を購入したことを後悔しているという。
「事故物件というか古い家にはよく悪霊がいるんだよ。そもそもなんで古民家なんて買ったんだよ?」
昔からの友達のせいか尋人は相変わらず容赦なくない。
「いいでしょ、別に」
歩香も口を尖らせ、自分で祈って追い払おうとしても歯が立たないという。それで羽生教会に来たということか。事情はわかったが、このまま放置はできない。
「尋人さん、事件ですよ。エクソシストしましょう」
「えー、嫌だ。面倒」
尋人はまたチョコチップクッキーをバリバリと噛み下していたが、歩香も負けていない。神学校時代の尋人のさまざまな黒歴史を暴露してうた。もう尋人は顔を真っ赤にし「やめてくれ!」と叫ぶ始末だ。
唯子にしたら尋人の黒歴史なんて想定内にものばかりだったが、本人的にはいたたまれなかったらしい。
「わかったよ! 歩香の家の霊現象を調査して追い出せばいいんだろ!」
ヤケクソという感じではあったが、結局、エクソシストすることに決まった。
「ありがとう、二人とも」
しかし歩香の表情はなんとなく晴れなかった。それだけは唯子も引っかかってしまう。




