喜びの讃美歌(10)
無事、美海の件も解決した。もう霊的現象は何も起きず、夫も帰ってきたという。
「本当にありがとう。もう何も起きていないわ。平和そのものって感じの日常で」
そう語る美海、前よりもさらに日焼けし、健康そうだった。最近は家の近くの海でサーフィンも楽しんでいるらしい。
今日はお礼にわざわざ教会まで来てくれた。おかげでいつもは地味な礼拝堂も賑やか。猫の毛玉も美海の膝の上に乗り、目を細めていた。
「それはよかったな。俺も調子に乗ってしまうぐらい嬉しい」
尋人はチョコチップクッキーをバリバリと噛み砕きながら、頷く。胸も張っている。これは調子に乗り、廃神社で襲われた時のようなこと、また起きそうだったが、事件はもう解決済みだ。唯子も自然に笑っていた。
「でもなんで讃美歌が悪霊祓いになるの? エクソシストの映画では十字架とか聖水を使っていた記憶があるわ」
ふと、美海は疑問を口にしていた。唯子もそも理由、言語化できずに首を傾げてしまう。
「賛美歌は神様を讃えるもの。目的はそれでしかないが、我々人間は神様によって創られた存在だ。神様を讃えることは、自分を本当に認めて真の自己肯定感も持てる。それに悪魔や悪霊は自分たちこそ認められたい、崇められたいと思ってる。讃美歌は一番聴きたくない音なのさ」
なるほど、唯子はなぜ讃美歌を歌ったとき、不安や心配が溶けたのか理由がわかった。美海も頷いてる。
「そっかぁ。じゃあ、この世界の美しい海、砂浜、カモメも神様が創造したのね。八百万的な自然に神様が宿るって考えにも少し近いわ。宿るっていうか創作者の息吹やサインが入ってる感じかしら?」
さらに美海は深く頷く。美海はイラストレーターをしていた。つまり創作者でもある。尋人や唯子とは何か違う視点で神様を感じ取ったのかもしれない。
「私、もう一度絵を描いてみる。家に飾ってあった絵、実はスランプ中に描いたもので気に入っていなかったし。それに神様が創った自然というもの、表現したくなった」
美海の絵、子供みたいにキラキラしていた。
これでもう大丈夫だ。もう悪霊が戻ってくることはないと確信した。
美海が帰った後も、もう何も心配も恐れもない。唯子も尋人とともにチョコチップクッキーを噛み砕く。甘い。久々に甘いものを食べたが、これで大満足だ。
「まあ、廃神社の悪霊もリベンジしに行きたいわな」
尋人は悔しそうに下唇を噛む。確かに、その一件だけは唯子も心残りだ。
「神社には性的なモチーフが多い理由知ってるか?」
「は? なんで? 神社も清く正しい宗教施設では?」
「ところがどっこい、案外性的なモチーフがけっこうある。こうした神々に祈ることは偶像崇拝にあたり、それは不倫ともイコールで……」
尋人のオカルト話、濃すぎて唯子はどう反応して良いか謎。猫の毛玉も呆れたように鳴いている。
「ミャア」
ちょうどそこに宮乃がやってきた。他にも様々な心霊スポットがあり、一緒にまた配信しようという。
ますます尋人は調子に乗り、宮乃のオカルト話に盛り上がり、ついていけない。
「なんなのこの人たち……」
猫の毛玉の背中を撫でながらため息しか出てこないが、ようやく平和な日常に戻れた。美海はもちろん、尋人も元気そうだし、宮乃も相変わらずだ。これ以上、平和な日常が思いつかず、これでよかったんだと唯子は納得した。
「あれ? なんか絢からまた連絡きてる」
ふと、スマホを見ると、友達の絢から連絡がきた。彼氏と別れたので、パーっと女子会で盛り上がりたいという。
あまり乗り気じゃない。というか、今は尋人や宮乃と一緒にいるほうが楽しい。それに教会に相談にきた人の役に立っているほうが楽しい。カウンセリングの勉強なども全然進んでいなかったし、バイトもこなしていかないと。
絢との約束、断った。不思議と罪悪感も感じない。心の底では、女子会に全く興味なかったのだろう。
「そうだ、オカルト牧師、せっかくだからここで讃美歌歌わない?」
宮乃のはしゃぎ声が聞こてきた。
「オッケー! 俺も歌う!」
さっそく尋人は電子ピアノの前に座り、弾き語りをはじめた。
唯子も一緒に歌う。相変わらず音程も下手。歌詞も間違えていたが、心は喜びで満たされる。霊的な悩みを抱え、不安や心配もあり、自分のことも嫌いだったのに、讃美歌を歌っている時だけは、そんな発想一個も出てこない。
「なんかオカルト牧師も唯子も楽しそうじゃん! 私も讃美歌うたう!」
いつのまにか宮乃も加わり、礼拝堂は明るい雰囲気に変わる。高い天井の窓からは光が溢れていた。




