喜びの讃美歌(6)
翌日、夕方。
「なんで、私、こんなお墓にいるの?」
唯子は呟いてしまっていた。昨日、宮乃の誘いに断れず、結局、心霊スポットへやってきてしまった。
偶然にも美海の家に近い場所にある墓場だ。といっても墓場から海は遠く、木々に囲まれ、ひとけもない。美海の家の近くはサーファーもいたが、そんな人影は少しも見えない。
線香の匂いが鼻につくが、どうもちゃんと管理されているお墓じゃないらしい。雑草でぼろぼろ状態の墓もあり、卒塔婆も壊れている。カラスの鳴き声も響き、心霊スポットと言われるだけはある。
「本当にどうしてこんな墓場にいるの?」
呟く唯子の声、震えてきた。ここで怖くないという方が無理がある。膝もガクガクしてきた。今はもう初夏なのに、異様に寒い。
一方、尋人と宮乃は全く怖がっていない。特に宮乃はカメラを回しながら、ハイテンションで心霊現象の口コミまで話していた。
「S県に住んでいるB子さんによると、ここでご先祖様の幽霊を見たそうです! 脚はなかったそうですが、お祖父様が好きだったタバコをお供えすると、なぜかいい事が連発したそーです!」
こんな宮乃のテンションの高さについていけないが、ゾロゾロと墓場に入っていく。確かに管理が行き届いていない墓ばかりだが、綺麗に掃除され、タバコが供えられている所もある。これがB子さんの家の墓なのだろうか。
一方、尋人もノリノリだ。宮乃の口コミに真っ向から否定。
「いや、ご先祖様なんていないぞ。いるのはご先祖様のふりをしている悪霊だ」
「でもオカルト牧師、実際、B子さんはいい事が起きてるんです。なぜなの?」
それは宮乃だけでなく唯子も疑問だった。
「それはな、悪霊とて人の願いを叶えるなんて朝飯前だからな。それで人間を崇拝させ、そのエネルギーを食べてパワーアップしているだけ。そのいい事の代償もある。子孫代々、代償を支払う羽目になるかもな?」
「聖書でもご先祖様の呪いってあるの?」
つい唯子も口を出す。それは初耳だった。
「いや、ない。基本的には親の罪は子供に問われないが、イエス・キリストにより頼み、その呪いを壊していく必要があるんだよ」
そんな話題、宮乃はかなり興味を持ったらしく、さらに聖書と先祖の話題で盛り上がる中、またカラスが鳴いた。線香の匂いも余計に鼻につき、なぜか綺麗に管理され、タバコは供えられている墓が異様な雰囲気だった。
普通、汚い墓の方が怖いが、なぜか唯子の目からは、黒い陰がかかったように見えてきた。
「ちなみこうして墓で手を合わせてご先祖様に願うのも、悪霊との契約になるぞ。それで願いが叶うかもしれないがな、代償はある」
唯子の様子には気づかず、まだ尋人はこの話題を続けていた。
「よくキリスト教ではイエス様を信じなかった先祖は地獄行きっていうけど、それは本当?」
「それはタブーだ。死んだ人間については立ち入り禁止領域の問題だ。いくら我々が考えても答えが出ないことだ」
宮乃の質問に、尋人の声は容赦ない。
「でも先祖よりも今生きてる我々の方がずっと大事じゃないか。もし先祖が地獄にいると仮定しても、子孫は救われて欲しいってことしか考えていないのでは? そんな祟りをもたらす存在はご先祖様なんかじゃない。間違いなく悪霊だ」
やけに明るい尋人の声が響いた。本当に墓場にいることを忘れそうになったが、また唯子が見ていた墓場が変だ。黒い陰がより濃くなり、唯子の視界もぐらついた時だった。
「あれ?」
急に周囲の音が聞こえなくなり、目の前が真っ暗になったと思ったら、誰かがいた。白装束の老人?
『唯子や。わしじゃよ、わし』
親しげに話しかけてきた老人、唯子のご先祖様だという。
「は?」
思わず目が点になったが、なぜか唯子の祖母の名前を当てた。祖母は幼い頃、ラムネ菓子が好きで、よく甘えていたという。
確かに唯子の祖母、甘いものが好きだったが、急に頭が冷えてきた。
たぶん、先祖の幽霊なんだろうが、作り物っぽいというか、演技がかっているというか。テレビドラマみたい。
それに平成に流行った詐欺・オレオレ詐欺にも似ているような気がした。
もう唯子も正気に戻った。隣には尋人がいる。前には宮乃もいる。この一部始終を報告すると、二人とも大笑い。
「面白いな。霊的オレオレ詐欺かい?」
特に尋人は腹を抱えて笑っていた。宮乃もハイテンションでカメラを回しているものだから、唯子もすっかり冷静になってしまう。
そうだ。こんな事で恐れる必要はないはずだ。
聖書にも恐れるなと書いてある。確かにこの墓場はいい雰囲気じゃないが、もう膝の震えも止まってしまった。深呼吸すると、余計に落ち着いてきてしまう。
その後、尋人が神の名前で悪霊を置い出し、先祖のフリした幽霊も何も見えなくなってしまった。
「オカルト牧師のエクソシスト! すごい、本当に十字架も聖水も使わないで追い出せるんだね!」
これには宮乃はさらにテンションを上げ、頬を赤くしながらカメラを回していた。
尋人は調子に乗り、帰りには美海の家にも寄り、祈りや賛美歌も捧げる始末だった。
実際、これで美海の家の様子もだいぶ明るくなり、霊的現象も起きていないらしい。翌日、電話がかかって来た。
「本当にありがとう。もう大丈夫!」
美海の声は明るいのに、なぜか唯子は釈然としなかった。
「こんな簡単に解決してしまっていいの?」
なぜか納得できない。あんな墓場に現れたような悪霊ばかりじゃない気がする。
オレオレ詐欺は廃れていた。現実の詐欺だって手を変え品を変え巧妙化している。そう思うと余計に納得できない。




