喜びの讃美歌(5)
「人は霊・肉・魂の三位一体で構成されているんだ」
解せない。
唯子は今、教会の多目的室で尋ひとからオカルト講座を受けていた。美海の件から帰ってきてすぐにだ。外はもう夕方だったが尋人はノリノリ。そういえば初めて会った時も似たような講座を受けた記憶はあった。
ホワイトボードには人型の絵。そこの霊・肉・魂と書いてあったが、唯子はピンとこない。肉はわかる。目に見える肉体のことだ。魂も精神や心のことだろう。最後の霊がいまいちわからない。
「わからなくて当然だ。普通の人間はデフォルトでここが死に、ほぼ悪霊の巣窟だからな」
「ひっ、悪霊の?」
尋人は怖いことを言って脅すが、イエス・キリストを信じた時点でここに息を吹き込まれ蘇るという。
「スマホでいえばバッテリーみたいなもんだよ。他の人は0%しかないのに、必死にソーラーパネル取り付けたり、他の人の電力を奪おうとしている。ちゃんと電源入れて充電しないとな」
なるほど、そういう例えなら唯子でも霊についてイメージができたが、これが美海の件と何が関係ある?
「そして、この霊はうつるんだよ」
「え、嘘?」
唯子の目が丸くなる。
「土地に転写されることもあるし、人からうつることもある。逆もしかり。よく優等生でもヤンキーの集団にいると柄が悪くなるとか聞くだろ? 腐った蜜柑と同じで。肉体や魂と違い霊はうつりやすい」
そう言われてみたら、思い当たる節がある。好きでもない友達の女子会に出ている唯子は耳が痛い。もしかしたら、女子会メンバーに影響されてしまった面もあるかもしれない。それにホテルで働いていた時も、なぜかバイトの子たちと生理周期が一緒だったりもした。これも同じ理屈なのだろうか。
「逆にいい影響も受ける場合もある。どこの宗教もよく集団で集まっているイメージあるだろ。あれも同じ霊が一致し、影響しあい、より増えるっていう意味があるんだ。だから聖書でも一人は推奨されていない。同じ想いで一致しろという」
尋人の説明をききながら、だんだん美海の件の真相も見えてきた。
もしかしたら、あの家の前の住民の霊が写り、残ったまま悪さをしている?
住民たちの噂が本当ならば可能性は捨てきれない。それの一般的の事故物件も、前の住民の霊が残ってしまい、影響している?
「その通りだ。素晴らしい、リス子の言う通り」
その説を口にし、ふいうちで尋人に褒められて恥ずかしいが、美海の家の霊的問題の原因はわかった。
かと言ってすっきりもしない。幽霊でも悪霊でもない霊は祓えるのか?
「だから、やはり祈りと賛美をその土地に積む必要ある。それに早くしないと、土地に残った霊を悪霊が食べたら、もっと酷い。いや、もう食べられれ悪さをしているかも?」
「そ、そんな」
唯子は思わず下を向いてしまったが、すでに近隣住民から噂も出ている。支配人の事件の時のようにこういう噂、余計に人の念や想いを呼び、悪霊の力になったりしないものか。
唯子の顔がこわばっていく。こんなの、本当に解決できるだろうか。
一方、尋人は余裕だ。鼻歌まで歌っている。いつのまにかこの部屋にやってきた猫の毛玉の背を撫で、余裕たっぷりだ。
「大丈夫だ。恐れるなよ、リス子。相手は単なる悪霊だ。人の想いや念かもしれんが、我々には誰がついてる? 神さまがバックにいるだろう」
「そ、そうだけど」
尋人の声、今はなぜか温かく聞こえてきた。
「聖書にはイエス様は圧倒的な勝利者と書いてある。実際、死まで打ち勝ったお方だ。イースターで我々が祝っていることは三日目に死から復活されたっていう事実。何か怖がることあるか?」
「で、でも……」
そう言われても唯子は下を向いてしまう。今は一応子供の頃からクリスチャンだったと気づいたわけだが、聖書の知識もないし、尋人に比べて信仰があえるとも言えない。お祈りもできているかわからない。礼拝だって出ていないことを考えると、全く自信がない。
「大丈夫だって。もう何回か相談者からの事件を解決しているんだ。今でも臆病で弱いリス子かい?」
尋人の声、もっと温かく聞こえてしまう。戸惑う。変人に見える時も多いのに、こんな声を出せるなんてずるいと思ってしまうぐらい。
それに、いつまでも弱いままではいられない。尋人の言う通りだ。今はやりたい事だってできた。もう下を向くのはやめよう。
唯子は顔をあげ、まっすぐ前を見た。
「そうね。あんまり怖がるのもやめようと思う」
「ミャー!」
猫の毛玉は日本語なんてわからないはずなのに、返事するみたいに鳴いていた。おかげで余計に気が抜けてきた。
ちょうどその時だ。教会のチャイムが鳴った。また誰か相談者が来たのかと思ったが、意外な人物。
唯子の友人でもあり、都市伝説配信者でもある宮乃だった。
「へぇ。プロテスタントの礼拝堂って、ガチで地味だね」
礼拝堂まで案内すると、スマホで写真を撮りながらニコニコしている宮乃。こうしてみると単なるギャルにしか見えないものだが、初対面の尋人ともあっという間に打ち解け、オカルトネタで盛り上がっていた。
最近、都市伝説配信の方でファンからエクソシストの問い合わせも多いらしい。ということでわざわざこの教会にやってきた宮乃。明日も心霊スポットの撮影はあり、いっそのこと本場のエクソシストシーンを撮りたいと言う。
これには尋人もノリノリだった。
「それは楽しい企画だね。もちろん、聖水や十字架は使わない。絵面的に地味だが、いいか?」
「オッケーだよ! まあ、服装はなんか牧師っぽい黒い服で!」
「よし! 宮乃さん、この話乗った!」
勝手に二人で盛り上がりついていけない。もう尋人の頭の中、美海の件は消えていそうだが、それで良いのだろうか?
もう唯子はこんな二人に突っ込む気力も失せてきた。どうせオカルト話にはついていけないが、このまま二人が暴走するのも困る。
結局、唯子も心霊スポットの撮影に参加する羽目になってしまった。
「それでいいの?」
自分で自分で突っ込むが、返事はない。尋人も宮乃もオカルト話で大盛り上がりだ。
「ミャ〜?」
猫の毛玉、呆れたように鳴き、この部屋から出て行ってしまった。




