喜びの讃美歌(4)
翌日、ローカル電車を乗り継ぎ、美海の住む街にやってきた。
確かに田舎だ。駅周辺はコンビニやスーパーなどの商業施設もない。人も少なく、サーファーらしき人とすれ違うだけ。
「お、アイスの屋台が出てるじゃないか!」
尋人はさっそくアイス屋を見つけ、ソフトクリームを購入。食べ歩きしながら、美海の家まで歩くことに。
海辺の道、のどかだ。海も静かで穏やか。人も少なく、潮の匂いも心地いいぐらい。唯子もソフトクリームを食べながら、今日の目的を忘れそうになるぐらい。
「でも、いい所ね。本当に霊的問題なんて起きてる?」
唯子はそれが信じられない。思わず、隣の尋人に聞いてしまうほどだ。尋人はソフトクリームはすっかり食い尽くし、コーンをパリパリと噛み砕いていた。
「見た目に騙されるなよ、リス子。聖書にも悪霊は美しい天使のフリをするとある。それに人間を狙って悪霊たちはどこでも彷徨いているぞ。油断は禁物」
「そ、そうね……」
こんな空気に流されそうになるが、当初の目的は忘れてはならない。そうだ、今日は相談者の美海の家に向かい、実際に現場を見る予定だった。海辺でソフトクリームを食べにきたわけじゃない。
こうして唯子はソフトクリームの甘みもなんとか飲み込み、美海の家の前までつく。
「わあ、可愛い家」
その家の第一印象は、そうだった。小さな家だったが、白い壁が海辺では映え、三角屋根もなんとも可愛らしい。門や玄関の雰囲気もよく、中古物件に見えない。確かに物語に出てきても不思議じゃない。美海がこの家に一目惚れした理由もよくわかる気がする。
しかし、中から出てきた美海は露骨に疲れた様子だった。髪はボサボサ、頬もげっそりとしていた。目の下も黒く、どう見ても寝ていない。
「うぅ、唯子さん! オカルト牧師、もう昨日の夜から変な耳鳴りや悲鳴、ものが勝手に動いたり、金縛もあって眠れません!」
泣き言をこぼす美海、心底お疲れの様子だ。さっそく唯子たちも家に上がり、寝室やリビングを確認すた。
どちらも綺麗に片付いていた。インテリアもシンプルでセンスがよく、北欧風の家具もオシャレ。壁にある絵も美海が描いたものらしい。この海を描いたものだが、サーファーや観光客の笑顔も描写され、明るい雰囲気だ。こんな霊的な問題が起きているのか、家の様子では判断がつかない。
「もう、夫もホテルに逃げてるし、どうしようかと思ってる。仕事にもならないし、この家、もう住むの辞めるべきかしら」
そう語る美海、何か達観すらした空気だったが、尋人は首をふった。
「大丈夫だ。まあ、原因は事故物件なのかなんなのか不明だが、とりあえず祈りで場所を清めよう」
確かに原因は全くわからないが、このまま黙って指を咥えているわけにいかない。
唯子も尋人に続き、リビングや寝室で祈った。軽く賛美歌も歌う。
どういう理由かわからないが、側にいる美海の表情は柔らかくなってきた。泣き言もピタッと止まってる。
「イエス様、この土地はもしかしたら悪霊の支配にあるかもしれないが、全てここもあなたに捧げます。どうかこの場所と天国を繋いでください」
そう尋人が祈った直後、美海の目の色はすっかり落ち着いていた。以前として疲れた様子は見えたが、落ち着いているようだ。
「どういうこと? 祈られてから、急に不安とか焦りが消えた。それにこの家の雰囲気もちょっと明るくなった?」
美海は少し戸惑うほどだったが、尋人は冷静だった。
「この世は悪魔や悪霊は支配している土地もあるからな。あるいは姦淫の現場が何回もあるところなども似たような状況になる。単なる事故物件が霊的問題を呼ぶとは限らない」
それは唯子も初耳だ。
「そういう場合、どうしたら? やっぱりイエスの名前で出ていけって言ってきく?」
今更ながら唯子も質問した。
「そういう悪魔や悪霊が支配、姦淫の場所はそれだけだと完璧じゃない。祈りと賛美を積み、奴らの結界を崩して天国とこの地を繋げる必要がある。つまり、今回だけでなく何回も我々がここにくる必要がある」
「そうなの? 一回じゃダメ?」
美海は信じられないという顔をしていたが、実際、今は霊的な問題は止まっているし、尋人の意見も信じてくれた。
結局、今日は祈りと賛美だけで、また後日ここに来る約束もし、退散することになったが。
「尋人さん、本当に大丈夫なんですか?」
美海の家をでた後、唯子は急に不安になってきた。本当にこれで大丈夫なのだろうか。
「あぁ、大丈夫。とりあえず今回はこれで様子見。美海さん自体が何か原因作っている感じでもないしなぁ」
尋人は呑気そう。彼の目から思ったほど重要じゃないケースなのだろうか。唯子もそれに従うしかないと思った時だ。
この町の住民がこちらを見ていた。サーファーらしいが、何かヒソヒソと噂をしている?
気になる。唯子はサーファーの元へ走り、ホテルで培った営業スマイルで、彼らに話しかけた。
尋人も追いかけてきた。こちらは相変わらずのぶっきらぼうな態度だったが、唯子のホテル風の笑顔に向こうも油断したらしい。あの美海の家の噂を教えてくれた。
「あの家、前住んでいた人も旦那さんが出て行って、すごい不幸が重なったとか。呪われた家なん?」
そう言い残すと彼らは去って行ったが、唯子たちは顔を見合わせた。
「呪われた家? 何それは?」
尋人は答えないが、ここの住民の噂を調べようと勝手に走っていた。
「ちょっと、待って」
唯子も後を追いかけ、海辺、食堂、カフェ、駅前などで噂を調べていた。最初は尋人に警戒を持つ住人だったが、唯子がホテル風の笑顔で接すると、そこそこ噂を収集できてしまう。
あの美海の家、前の住人も不幸が重なって引っ越したらしい。それだけじゃなく、前の前の住人も似たようあ目にあっているそうで、地元では家の呪いとして有名なんだそう。美海は去年越してきたばかり。こんな住民の噂も知らないらしいので、余計に好き勝手に言っているらしい。
そんな噂を収集しつつ、結局、さっきのアイス屋の前まで戻ってきた。
「これ、どういう事? 家の呪いなんてあるの?」
唯子の疑問に尋人は答えない。代わりにまたソフトクリームを注文し、食べながらニヤニヤしていた。
「なるほど、なるほど。原因はわかったかもしれない」
尋人に反して、唯子は全くわからない。むしろ、ますます謎が増えた気がする。
「家の呪いが原因なの? 尋人さん、どういうこと?」




