喜びの讃美歌(3)
相談者は宇多川美海という。三十歳、主婦。子供はいないが、イラストレーターの仕事をしているらしい。
「私はクリスチャンではないんですが、幼稚園も高校もキリスト教系で。いやだ、懐かしいわね。この天井が高い感じとか、説教台とか」
さっそく礼拝堂に案内すると、懐かしがっているぐらいだ。子供の頃もよく教会に遊びに行っていたらしく、霊的な問題もお寺や神社、スピリチュアルにいく発想は全くなかったという。
「わぁ、可愛い猫ちゃん。毛がもふもふだわ」
猫の毛玉もすっかり気に入り、背中を撫でていた。第一印象は人懐っこく、猫にも好かれそうな人。美海も少し高めの声、実際、猫の毛玉が気に入ったらしい。美海の足元から全く離れない。
元気そうにも見えた。肌も綺麗に焼けているし、ショートカットのヘアスタイルもよく似合ってる。二の腕は細いが、しっかりと筋肉もついている。何か運動をしているのかもしれない。
「そうそう、私、近所でジョギングするのも趣味でね。海の近くに住んでいるんだけど、朝早く走ると潮風も感じて気持ちいいの」
そんな雑談ばかりしていた。唯子も尋人も聴く側に徹していた。尋人は退屈そう。礼拝堂の天井を見上げながら、アーモンドクッキーをバリバリと噛み砕いていたが。
とはいえ、美海はキリスト教にも好意的だったこともあり、自己紹介もスムーズに進み、こうして雑談もしているぐらい。
「ところで美海さん、こんな雑談しに来たんじゃなだろ」
尋人は雑談が面倒だったらしい。若干、イライラとしつつも、本題を切りだそうとしていた。
唯子は微妙だった。霊的な問題なんて簡単に言えない。ましては日本であまり馴染みのない教会の牧師にだ。実際、これで美海の笑顔が消えてしまい、口を閉ざしてしまった。
「ミャオ」
猫の毛玉の鳴き声だけが響く。空気は限りなく重くなってしまったが、これだとまずい。唯子はこれまで関わった霊的な事件のエピソードを話し、できるだけ美海の緊張もとくことにした。
これが成功したのかは謎だが、前例を話したら、美海の表情も少し柔らかくなってきた。アーモンドクッキーもつまみ、お茶を飲み込むと、ようやく事情を語り始めた。
「今、私、海辺の家に住んでいるんですが、そこで問題があって……」
美海は去年、夫と共に海辺の小さな宇家に越してきたという。小さいが、壁は白く、物語の舞台にもなりそうな雰囲気の家らしい。
「中古物件で、安かったっていうのもあるわ。それに可愛いお家で夫も私も一目惚れ。夫も漫画の原作者やフリーの編集者を仕事にしているし、物語にありそうな海辺の家っていいよねって最初は良かったんですが……」
また美海の口が重くなってしまったが、猫の毛玉がゴロンと床の上で転がり、空気は少しずつ軽くなっていった。
「その家、何か出るんか? 幽霊っぽいのか? ものが浮いたり飛んだりするか? 声は聞こえるか? あと電化製品が壊れたりは?」
尋人もこれがチャンスと思ったのか、早口で聞いていた。
「そ、そうです。なんか夜に女の悲鳴が聞こえたり、棚の荷物が勝手に動いたり。耳鳴りもすごくて、なんかもう仕事もセーブしている。夫もうちから出てホテル暮らし……」
明るそうに見えた美海だったが、まいっているようだ。額を抑え、今にも泣き出しそうな表情だ。メイクをしているので見えないが、目のクマもありそう。目元に疲れが滲んでいた。
「一応、物件を紹介してくれた人とか確認しましたが、別に事故物件でもない。ネットで調べても全然そんな情報がなくて。まあ、私た地引っ越してきたばかりだから、地元の噂も知らない。何か事件があった家かもしれないし、そう思うと怖くて」
もう憧れの家ではなくなってしまったと語る美海。背中を丸め、心底後悔しているようだった。
「まあ、な。そういう見かけがオシャレの家だからって霊的に良いとは限らないからな。クリスチャンでもオシャレな古民家をリノベーションして教会やってる牧師とかもいるが、まあ、見かけだけで上手くいっていないね」
尋人は容赦ないことを言い、ついに美海は泣いてしまった。これはまずい。
やはり尋人は空気が読めないというか、人の話を聴くような仕事は向いていないのかもしれない。
美海の啜り泣く声を聞きながら、唯子もどうしていいものやら考えてしまう。話を聞くかぎり、事故物件ではなさそう。かといって、確実の霊的問題だろうし、放っておくことはできない。
今までのケースも典型的な事故物件という事件はなかった。人の感情、想い、念などが原因だった。だとしたら、美海の問題も解決できるはず。なぜか唯子に自信みたいなものが出てくる。
「大丈夫、私たちが解決します」
気づくと言葉にもしてしまったが、美海の涙がピタッと止まっていた。
「唯子さん、本当?」
「ええ。た、たぶん大丈夫です。私たちに任せて」
こう言ってしまったからには、後には引けない。尋人もうんうんと頷き、この問題を引き受けると宣言していた。
そう、乗り掛かった船だ。ここまで事情を聞いていたのに、今更逃げるのはおかしい。
「ミャーオ」
猫の毛玉も鳴いてる。床にゴロゴロと転がり、呑気そう。おかげで美海の涙も完全に止まってしまったし、少し笑っているぐらい。
「じゃあ、唯子さん、オカルト牧師、頼んだわ。この問題の原因、突き止めて」
こうして正式に依頼され、唯子たちも深く頷いていた。




