喜びの讃美歌(2)
後悔しかなかった女子会からの帰り、教会まで帰った。もう人気もなく、尋人たちも二階で寝静まっていると思い込んでいた。
「あれ?」
礼拝堂から何か物音がした。うるさくは無い。礼拝堂は近隣住民の配慮にため、窓や壁も防音されている。昔は讃美歌や説教の声がうるさいとクレームが入ったと牧師も言っていたが。
「こんな夜に何?」
まさか霊的な問題か。いや、さすがに教会ではないだろうと思いつつ、礼拝堂へ向かう。
電気は一つだけついていた。説教台の近くの席で、尋人は何か歌ってる。大声じゃない。鼻歌レベルだった。
「わたしの一生を主に捧げます〜♪」
讃美歌だった。決して上手な声じゃない。時々音を外しているし、歌詞も間違えてる。それでも尋人の目は赤ちゃんみたにまっすぐだ。
何より、歌声が感情的じゃない。一般的な音楽は「私の気持ちをわかって」とか「私をみて」というような感情や念が込められている印象だ。尋人の声はそういうのが一切ない。むしろ、自分ではなく、神様を見てというエゴがない心だけが込められてる。不思議だ。歌なのに、感情移入はできず、逆に心はすうっと落ち着いてきた。女子会に出た後悔なども、尋人の歌声を聴いていたら、全部オフされてしまったような。
「よぉ、リス子。お前も讃美歌一緒に歌うか?」
尋人に誘われてしまった。一応唯子もクリスチャンではあったが、礼拝もほとんど出たことはない。讃美歌も歌ったことがない。
一般的にイメージされる神聖な賛美歌ではなかった。むしろかなりポップな曲調だったが、唯子自身が歌うのはピンとこないというのが正直なところ。
「いえ、いいけど。でもなんで讃美歌って変に感情的じゃないのかな?」
ふと疑問が漏れてしまう。
「音楽なのに歌い手の私を見てっていうエゴが全くない。不思議」
「ほぉ、リス子は讃美歌の良さがわかるかね?」
なぜか尋人は関心していたが、その答えは教えてくれない。自分で考えろという。
そのせいか、夜も悶々と考えてしまう。思えば、今まで自分のことばかり考えて生きてきた。私だけが苦しいと思ったこと何回もある。あの讃美歌のような心境、一度も持ったことがない。
ベッドの中で天井を見つめながら、ますます讃美歌について疑問が深まった時、眠気が襲い、そのまま眠ってしまった。
寝る直前まで讃美歌について考えていたせいか、変な夢も見てしまう。
よりによって悪霊の夢だった。悪霊は黒い影もたいで姿形を見せないが、繁華街、学校、会社、スーパー、コンビニなど日常のあらゆる場面で人間の様子を伺っていた。まるでストーカー行為だ。夢の中でみる悪霊は全く怖くはないが、気持ち悪い。
「な、何これ?」
しかし夢は突然、場面展開し、今度はコンサート会場にうつった。まさに感情的に自己愛を歌い上げる歌手。それに熱狂するファンたち。ファンはまるで神様のように歌手を見つめ、手を合わせながら「尊い……」と言っている時、悪霊はその感情、念、思いなどを吸い上げていた。いや、鷲掴みするように食べてる?
しかもそれらを食べた悪霊はどんどんサイズが大きくなり、今度はどこかのパワースポットへ。そこで健康や仕事の成功を祈願するから人の想いも食べ、ますますパワーアップしていた。その力で災害を起こしたり、人々を病気にさせたりも不幸まで呼んでるらしい。
「な、なのこれ?」
こんな夢を見ながら、怖くなってきた。元々悪霊は神の名前のもとで簡単に追い出せる存在。しかし、人の感情を食べパワーアップしている?
もしかしてこの世の中で不幸があるのは、神様のせいなんかではなく、こうした悪霊に力を与えている人がいるからだろうか?
もうこれは単純に数の問題にも思えてくる。神様側につくか、悪霊側につくか。この世はその戦いの場所?
「はっ!」
そう気づいた時、夢が終わった。冷や汗が流れ、パジャマの袖周りもべっとりしているぐらいだったが、妙にリアルな夢だった。
「もしかして、神様を賛美することって、こういう悪霊に対抗する手段になるの?」
その日、昼過ぎ、ちょうど尋人を捕まえ、礼拝堂で聞いてみた。
礼拝堂の大きな窓からは春の日差しが降り注ぎ、電気をつけなくても十分に明るいぐらいだ。温かい日差しで尋人は眠そう。元々細い目がさらにふにゃっとなっている。
「その通り。リス子、よく気づいたな。賛美、讃美歌は霊的戦いの武器の一つでもある。逆にいえば悪魔を拝めがそっちのパワーが増大し、どこかで悪きことがおこる」
尋人はザラメ煎餅をバリバリと噛み砕き、うんうんと頷く。どうやら唯子の夢の内容は間違ってはいないらしいが。
「じゃあ神様も私たちの讃美歌で強くなるの?」
「それは違う!」
珍しく尋人は必死に否定した。
「神さまは全知全能のお方。うちらが賛美しようがしないが、関係ないし何も変わらない」
「そう言われると意味がないみたい」
「そんなことはない。聖書には賛美隊で敵陣の思考が乱れて勝利した描写もあるんだ」
「うそー?」
「初耳だろう? エンタメのエクソシストものだって十字架や聖水なんかで悪霊祓いしてるが、あんまり意味ない。それやるぐらいだったら讃美歌歌った方がいい」
唯子の目が丸くなるが、確かに今までの悪霊祓いの前、尋人は讃美歌を歌っていた。その意味がようやくわかってきた。
「年末に紅白歌合戦やってるだろ? 霊的世界でも同じような戦いがある。神の賛美VS悪魔の音楽の対決ってもんだ。さあ、リス子は神側に入るか? それとも悪霊側に入るか?」
そんなことを言われて悪霊側に入る人がいるだろうか。それに、ちょっと楽しくなってきた。今まで讃美歌の意味がわからなかった。単純に神様を褒め称えるためのものだと思っていたが、それだけじゃない。悪霊祓いもできると思うと血が騒いでくるというか、神聖なようでいてちょっとロックみたいな?
「私はもちろん神様側に入りたいけど」
「おぉ、だったら讃美歌歌おう!」
さっそく尋人が礼拝堂の電子ピアノの前に座ろうとした瞬間、チャイムが鳴った。こんな昼過ぎに来客とは珍しい。
「誰だ? また霊的問題を抱えたお客様かい?」
尋人はニヤリと笑う。
「リス子、お前が話を聞け。リス子が一番の役割だ!」
ドンと胸を張って励ます尋人。唯子までつられて自信が出てくる。
「え、ええ。行くわ」
唯子は少し戸惑いつつも、教会の玄関の方へ走り始めた。




