喜びの讃美歌(1)
いつもの朝食の時間だ。ちゃぶ台の上にはロールパン、野菜のスープ、牛乳などが並んでいるが、そこを囲んでいる面々はどことなく、あわただしい。
尋人は牧師とともに他県の教会に出張、ノラもコンビニでバイトを初めている。唯子もこれから相談の仕事をするために勉強するつもり。それだけでは生活はできないので、スキマバイトもしながら、勉強するつもりだった。
「ということで、霊的な問題をもっている人の相談のったり、解決の手伝いをしたいと思ってるんです」
さらっと皆に宣言してしまった。いつもの朝食の時間のせいか、雑談のように軽く口にできてしまったが。
一瞬、他の面々は黙っていた。猫の毛玉もやって来たが、この子だけがミャアミャア鳴き、ちゃぶ台のパンを興味深くのぞいている。
「いいんじゃない? 唯子さんは向いてるよ」
最初に口を開いたのは居候のノラ。もっともパンをもぐもぐと食べながら、軽いノリではあったが。
「そうですよ、私も賛成です。この尋人だけに任せていると不安でしかない」
「お父さん、なんだよぉ。俺の悪口か?」
牧師と尋人親子は冗談を言い合っていたが、こちらも唯子の希望には全く反対しなかった。
「ま、とりあえずやってみたらいいんじゃないか。教会は困っている人、悩んでいる人、心が辛い人もよくくる。そういう人の助け手となってやれ」
特に尋人は賛成してくれた。いつもはオカルト話をするような変人だ。自称オカルト牧師とも言う男だったが、唯子の希望には一切否定もせず、少し笑いながら頷いているぐらいだ。
「本当にいいんです?」
若干、唯子は拍子抜けしてしまうぐらいだったが、教会に相談にくる人の話相手の仕事も任されてしまった。雑談でいいという。黙って人の話を聞くだけでも価値があると尋人に言われ、どう反応していいかわからないぐらいだ。尋人、見た目は変人だったが、根っからの悪人ではないらしい。
ノラにも牧師にも否定だれず、思わず下を向いてしまう。こんな風に誰かから応援され、仕事まで任されたことなんてなかったからだ。嬉しいが、笑っていいのかは謎。笑顔を噛み殺しまがら、猫の毛玉の背中を撫でるだけで精一杯。
その後、唯子はやる気を出したのは言うまでもない。カウンセリングの本を読み漁ったり、カウンセラー育成の学校を調べて忙しくしている時、スマホに通知があった。
「うん? 絢からLINE?」
高校の頃の友達からの連絡だ。卒業後もなんとなくダラダラと友達付き合いしている。他にも絢の友達と数人で女子会したり、たまにカラオケに行く日もあったが、まさにその誘いだった。五月の連休中、おしゃれなイタリアンで女子会しようという誘いだった。
唯子はそんなスマホを見つめながら、悩んでしまう。正直、絢と女子会に出たくはない。それよりもやりたいことがあった。別に絢自体に問題はない。都市伝説の配信者をしているような宮乃と違い、優しくていい子。男性にもモテる子だった。
「でもなぁ。最近、絢とも会ってないしな。一回も顔を出さないというのも」
断るのも面倒になり、結局、女子会に参加することにした。
明後日の夕方から夜まで、繁華街のにあるイタリアンで女子会プラン、二時間。
絢だけでなく、その友達数人も参加し、会場の個室は賑やかだ。同世代の女しかいないし、フリーターや彼氏に養ってもらっている子もいる。なんとなくダラダラとし、気が楽だった。
テーブルの上にはチーズフォンデュ。こういう料理は大人数で食べると美味しい。唯子もクラッカーにチーズを浸し、うっかり食が進んでしまう。もちろん、お酒も美味しくなってしまい、会場はさらに雰囲気がグダグダになり、愚痴大会まで始まってしまった。
特に唯子の隣にいる絢の愚痴がすごい。彼氏への文句、不満で溢れ、時にはえげつない下ネタも飛び交う。大きな笑い声と、お酒とチーズの匂い。
急に唯子は気持ち悪くなってきた。お酒もチーズフォンデュも美味しい。店のインテリアもおしゃれで店員も親切だったが、教会にいる時と身体の感覚がどうも違う。教会にいる時はこんな違和感、一度も持ったことはなかったのに。
「唯子、突然黙ってどうしたの? 具合悪い?」
絢は心配してきた。唯子は慌てて笑顔を作り、首をふる。
「な、なんでもない。ところで、絢も前に転職するって言ってたけど、どう? 何か決まった?」
「全然。もうAIが脅威だし、今の仕事適当にしながら、彼氏と結婚でもしようかなって」
また違和感。さっきまであれだけ彼氏の悪口を言っていたのに。かといってこの場の空気を壊したくないので、唯子はうっすらと笑うだけだった。
「唯子こそどうなの? へー、教会に住みながら、カウンセラーみたいなの目指しているの?」
うっかり最近のことを話してしまったが、絢の反応は鈍い。
「バイトしながらカウンセラー目指すとか、人生設計大丈夫? そんなの安定もしていないし、お金も稼げないんじゃないの。まあ確かにAIには勝てる仕事だとは思うけど」
絢は手放しに賛成してはくれなかった。
「唯子も可愛いんだし、年収高い男と結婚して専業主婦でもやってればいいと思うけど」
「いや、それは……」
違和感はますます増えていく。そんな逃げで結婚する発想、一度も考えたことはなく、絢の言葉は日本語に聞こえない。宇宙人の言語みたいな感じがして、この場にいるのが耐えられなくなってしまい、お腹が痛いと嘘をつき、早々に女子会から退散してしまった。
絢はこれでちょっと不機嫌そうだった。唇を尖らせ、ちょっと唯子を睨んでいるぐらいだったが、仕方ない。元々この女子会いは乗り気じゃなかったし、愚痴大会にも参加しづらい。
帰り道、もう空は真っ暗だ。三日月も見えていた。五月の連休中のせいか、羽生教会の近くの道でも人通りは少なかったが。
「はぁ……」
月を見上げながらため息しか出てこない。女子会に出ても何も楽しくなく、後悔ばっかり。それに絢に自分のやりたいことも否定されてしまった。それで楽しい気分になるはずない。お酒飲んだ時の心地よさも全部消えてしまった。
「もうお酒飲むのもやめようかな……」
独り言だけが溢れてしまった。




