神の声と新しい道(9)
思えば子供の頃からそうだった。こういう霊的問題、慣れているはず。
それなのに、唯子は全く声も出せない。さらに首に力か込められ、目をぎゅっと瞑る。視界が真っ暗になり、暗闇の中にいるみたい。
夢でも見ているのだろうか。急現実ではないことは確か。首元の苦しさは消えるが、視界は相変わらず真っ暗だ。何も見えない。
それでも声は聞こえた。誰の声かわからないが、男の声なのは確かだった。
『お前、いつもそうだなぁ? 役立たず。美桜も助けるつもりで、結局誰も救えていないじゃなか?』
その声は低く、腹の底までずんと重く響く。誰の声かわからないが、そこには唯子への悪意が隠しきれていない。
『本当に役立たずだなぁ。真夜も助けられてない。美桜もそうだ。あれで助けたって言える? 無理矢理、スピリチュアルはダメだっていうの、押し付けではー?』
「そ、それは……」
『しかもお前、転職活動も全然ダメじゃん。しかも手取り二十万円の事務職まで落ちてるのって、本当に無能。前職もブラック企業のホテルカウンターとか底辺すぎ。生きてる価値なし。はい、終了』
その声の攻撃は止まない。思わず耳を塞ぐが、どれだけ唯子が無価値か饒舌にプレゼンしていた。
『無能だ、本当にお前はクズ!』
この声、子供の頃も聞いたことがあった。確かテストで不合格になり、親に怒られた後。あまりのも無能、無能、言われるから死んだ方がマシじゃないかと思う程。
もしかしたら、自殺する人もこんな声を聞いてしまっているのかもしれない。その声が真実だと思い込み、死ぬことに躊躇がなくなる。実際、今の唯子も似たような状況だった。
耳をどんなに塞いでも、あの声が聞こえる。
お前は無能、無能、無能、無能……。
自分などいない方がいいんじゃないかと感覚が歪んでくる。相変わらず目の前は真っ暗だ。詰んだ。この先、歩く道が全く見えない。光もない。
「そっかぁ。私、無能か……」
『その通り! さっさと消えろよ、死ねよ』
その声はどんどん大きくなり、もはや罵倒だったが、ふと、何か光が見えた。真っ暗だとおもっていたのに、そこだけが明るい?
「リス子! 目を覚ませ! 悪魔の声に耳を傾けるな! それは全部、悪魔の嘘!」
あの声は突然聞こえない。代わりに尋人の声。必死の唯子を呼んでいた。息が切れても呼んでる。
「リス子! 目覚めろ! 大丈夫だ。神様はお前に将来と希望を与えるって約束してる! お前は高価で尊いとも言ってる! お前にしかできないこともある! 聖書に書いてある! 目をあけろ、神様を呼べ! 叫べ!」
何のことかわからない。でも、もう尋人の声しか聞こえない。
気づくともう目の前が暗闇じゃない。目をあけた。あの書斎だ。どうやら現実に戻ってきたらしいが、相変わらず真夜は倒れていたし、首の苦しさは消えない。
意識はぼんやりとし、まだ夢の中にいるみたいだったが、もうあの酷い声は聞こえない。尋人の声がしか聞こえない。
ぐっとお腹に力を込め、喉から声を絞りだす。発声しようにも声が掠れ、うめきしか出てこなかったが、もう一度、力を込めた。
「か、神様!」
どうにか振り絞り声を上げた瞬間だった、急に意識がクリアになり、完全に元に戻った。
目の前で倒れていた真夜も意識を取り戻し、あたりをキョロキョロと見回しているぐらいだ。
なぜか止まっていた電気もつき、変な霊的な現象は起きていない。完全に消えた。どうやら、悪霊祓いが成功したらしい。
真夜は呆然としている。静かだ。もう一切怒ってもなく、配信中の記憶のほとんど無いらしい。
「な、何? 私、何をしていたの?」
憑き物が取れたかのように目元がスッキリとし、尋人への攻撃も止まっていた。
「尋人さん、これ、何なの? 悪霊、祓えたってこと?」
未だに混乱中の唯子だったが、尋人はうん、うんと頷き、笑顔を見せるぐらいだ。
「おはよう、リス子。ようやく目覚めたか。そうだ、悪霊祓えた。もう悪魔の声なんかに耳を傾けるなよ。あいつら全部嘘つきだから」
「私、無能でも役立たずでもない?」
おそるおそる聞く。まだ、あの声がどこかで響いていそうで。
「そんなわけないだろ。それは嘘だ。少なくとも神様はそんなことは言っていないし、そんな風には創っていない」
尋人の明るい声を聞きながら、全身から力が抜けそうだった。
まだわからないことばかりだ。真夜もこのままでいいのかもわからないが、一つだけわかる。もう変な声は聞こえない。悪霊は祓えた。首元も苦しくない。息がちゃんと出来る。




