神の声と新しい道(7)
心配事は現実にならないと言われているが、嫌な予感は当たるのだろうか。
翌日、唯子は目覚めても何か嫌な予感が抜けなかった。朝食も食べたが、ノラや牧師を見送り、転職用の書類を作っていたら、さらに嫌な予感が濃くなってきた。
今日の尋人は暇らしい。教会の庭で猫の毛玉と遊んでいるようだった。呑気な尋人の声やミャーミャーという鳴き声が響いていた。
「ビャー!」
ちょうど猫の毛玉の大きめな鳴き声が響いた。初対面の人に会う時はこんな声を出す。
この鳴き声が気になり、唯子も庭へ向かう。春のやわらかな風が吹き、空も澄んだブルーだった。気候は穏やかなのに、より嫌な予感が高まった時だった。
庭には尋人や猫の毛玉もいたが、見知らぬ女もいた。女と呼んでいいのかはわからない。背が曲がった老女だったから。
全身黒ずくめ、サングラスもしている。意外と脚はしっかりとしていたが、魔女のような雰囲気の人だった。もし東洋に魔女がいたら、こんな感じとイメージ。
「よぉ、お前は魔女か。または占い師、霊媒師、シャーマンか。スピ系か?」
唯子はこの人に身構えてしまうが、尋人は逆。堂々と話しかけていた。ちなみに猫の毛玉はあっという間に礼拝堂の方へ逃げていた。
「ふぅん。その通りよ。まあ、魔女でもスピでも霊媒師でもどうとでも言って。はは」
この人も堂々としたものだったが、このまま庭で立ち話もしにくい。結局、唯子が教会の応接室へ案内し、お茶も出す。お菓子はチョコチップクッキーを出したが、予想通り、尋人はバリバリと噛み砕いていた。恥ずかしい人だが、今はこの人の方が気になる。一体、誰?
「私はね、蒼井真夜というわ」
少しハスキーな真夜の声が響く。その名前はどこかで聞いたことがあった。そうだ、美桜が関わっていたスピリチュアル関係の人だ。確か例のパワーストーンもこの人が美桜に売ったはす。
唯子は思わず身構える。確かに怪しい雰囲気が個性的だが、美桜を苦しめた一因だったと思うと、そう接するべきか。また背筋が寒くなってくる感覚がした。
「ふふふ。そう、美桜ちゃんは私のいいお客さんだったのよねぇ。それがあんたたち、よくも邪魔してくれたね?」
真夜は笑顔だったが、その声には明らかに棘がある。
「それにねぇ、うちの娘にもお世話になったわ。私の娘、蒼井学華ね」
唯子は思わず隣にいる尋人と目配せしてしまった。蒼井学華は潤子も一件で関わった女だ。確か親が霊媒師と言っていたが。
「あの子も潤子さんの一件以来、寝込んでいるのよねぇ。調べたら、両件ともあなたたちが関わっているって言うじゃない?」
真夜の目、座ってる。明らかに尋人や唯子に好感は持っていない。
「よくも私の商売を邪魔してくれたわ。しかも、オカルト牧師さん、スピリチュアルや霊媒は悪霊が関わっていると動画も作っておりましね?」
「そうさ、悪いか?」
尋人はチョコチップクッキーを噛み砕きながら、一切、真夜の目はみなかった。露骨なまでに真夜に興味がなさそうだった。
「ええ、悪い。なんなの。私の仕事の邪魔をしないでくれません?」
もう真夜は笑顔も作っていない。堂々とこちらに恨みがあると隠そうともしない。脚も偉そうに組み、ツンと顎もあげていた。体格は小柄で背も曲がっていたが、偉そうだ。
「っていうか、俺たちのことよくわかったな? 契約している使い魔に調査させたか? それとも幽体離脱でこっちに来たか?」
しかし尋人は負けてはいなかった。尋人も大股で座りなおし、一切甘い顔を見せていない。唯子はヒヤヒヤしてくる程。ここの空気、悪い意味で緊張感しかない。
「よく知ってるわね。そうよ、昨日の夜、幽体離脱してこっちに探りに」
「ほぉ。俺も占い師時代に幽体離脱し、客の情報調べていたがな」
しかも、二人とも濃厚なオカルト話をはじめ、唯子は全くついていけない。
「でも、霊の状態ではこの教会に入れなかった。火の城壁が出来ていて無理だった」
真夜は不満そうに舌打ち。
「それはそうだ。お前らのような悪魔側が入れんように、ちゃんと祈りでガードしている」
「へぇ。祈りねぇ?」
もう二人が何を会話しているのか、さっぱりわからなかったが、今から喧嘩を始めてもおかしくない雰囲気だ。側で見ているだけの唯子でも手に平に汗が滲んできてしまう。
「キリスト教なんて戦争ばっかりやってる偽善集団よ」
「あー、わかった。ザビエルがどうとか寛容じゃないとか日本でキリスト教が根付かない理由云々とかだろ。そのての話題、もう聞き飽きたわ」
本当に喧嘩になりそうで、どう間に入っていいか謎だが、真夜はこんな唯子をチラリと見ていた。見るというよりは、見下しているという雰囲気。
「あら、あなた。大丈夫? 後ろに悪霊がついてるわ。私がお札をつくってあげるから、すぐにお祓いした方が。そうね、一回十万円でどう?」
「え、えぇ?」
「リス子、騙されるな。弱者を騙すだけの存在だ。お前はもう神様を知ってるだろう。わざわざ大金払ってお祓いなんて意味ないって」
脅されかけたが、尋人の声で現実に戻った。どうやら守られたらしいが、真夜はさらに不機嫌だった。鼻の穴を膨らませ、脚を組み直すと、こんな提案もしていた。
「だったら、私とあなたたちがどっちが正しいか。生配信をして対決しない?」
「生配信?」
すぐに反応したのは尋人の方だ。もうチョコチップクッキーも食べていなかった。
「ええ。今度うちのチャンネルの配信があるのよねぇ。そこでリスナーの意見も聞いて、私とあなた、どっちが正しいか決着つけませーん?」
「あぁ、いいぜ。俺もオカルト牧師として動画チャンネル持ってるし、よく配信もしている」
勝手に話がすすみ、唯子は口を挟むタイミングを失った。
これは真夜からの宣戦布告だろうか。よりによって生配信で対決するって何?
唯子はアワアワするだけで、 真夜どころか尋人すら止められない。しかも尋人はノリノリでこの宣戦布告を受けていた。
「霊媒師やスピリチュアル系のあんたには負けないねぇ」
真夜が帰っても、ずっとニヤニヤ笑ってる。
「そんな尋人さん。こんな宣戦布告受けちゃって大丈夫なんです!?」
「大丈夫だ、リス子。俺らには神様がついてるだろう」
「だからって……」
こんな挑発に乗っていいものか。唯子は頭が痛くなってきた。まだ背中が寒い。どうやら、悪い予感は当たってしまったらしい。




