神の声と新しい道(6)
しばらくは何も起きなかった。唯子も転職活動や短期バイトをこなし、教会のイースターの飾り付けも片付けられていた。
だから油断していた。美桜の霊的問題、全部解決したものだと思い込んでいた春の日。
「唯子さん! 尋人さん! 助けて! 悪霊が帰ってきた!」
美桜が教会に駆け込んできた。顔は真っ青。髪はグチャグチャ。それに首や手首にもあざがあり、異様な状況だった。
とりあえず唯子は美桜を応接室に連れていき、白湯をに飲ませて落ち着かせたが、息が荒く、疲れた様子だ。猫の毛玉もこんな美桜には近づかず、礼拝堂の方へ逃げていく始末。
「美桜さん、やっぱり悪霊が戻ってきた?」
「そうなのよ、唯子さん! もうスピとか見てもいない。セッションも受けていない。真夜さんの講座も全部解約した。自己啓発だって無料の動画しか見ていないのに!」
もう美桜は涙目。唯子にすがりつき、目元も充血していた。目の下のくまも濃い。これは昨日寝ていない様子だ。いや、寝られないのが正解だろう。
ちょうど尋人もやってきた。片手にはどら焼きを持ち、食べ歩きしていた。美桜の状況をみても、呑気な様子だ。むしろニヤニヤしながらどら焼きを食べている。
「やっぱり帰ってきたか、悪霊」
「尋人さん、呑気すぎません?」
唯子はつい口を尖らせる。
「尋人さん、私もイエス・キリストの名前で出てけって言ったのに効果ない。なんで? やっぱり日本人の私にはエクソシストできないの? あっちの神様ってけち?」
美桜は体調が悪そうだったが、文句を言うのは忘れない。尋人の目が固まった。これは不満がありそうだが、意外と冷静だった。どういうことか説明を続けた。
「神様の名前で悪霊祓いするのは、日本人でも誰でもできるぞ。ただ、信仰心が必要なんだよ。お前、我々の神様は舐めたりしていないか? 日本の神様の方がどっか強いんじゃないかと思っていないか? なら、いくら頑張って言ったとしても、悪霊が信仰心のなさを見抜いて攻撃してくるわけで」
「そんなぁ」
「別に神様はどうしようもない悪人でも信仰心なんてなくても救いたいと思われているが、現状、悪魔や悪霊っていう厄介な存在もいるんでな。理由さえあれば、それが足場になって攻撃できるルールで」
「そんなのって……」
もう美桜は半べそをかいていた。
「だから無闇やたらと神様の名前で追い出しとかは辞めた方がいい。余計に強いやつが帰ってきたパターン、俺もよく知ってる。もちろんビギナーズラックはあるし、本当に心から神様に助けを呼んだ場合は例外だが」
尋人はまたどら焼きをムシャムシャ食べていたが、こんな美桜は放置できない。
結局、また美桜のアパートへ向かい、悪霊祓いをしていた。祈り、賛美もし、場の空気は良くはなったが、翌日、また美桜が教会に駆け込んできた。
「どうしよう! また夜に霊的現象起きてる!」
そんな調子で仕事も行けない状況の美桜だったが、そのたびに尋人と唯子がアパートに向かい、悪霊を祓う。その後、戻ってくるのを何回か繰り返していた。
さすがの尋人もうんざしながら、また美桜のアパートへ。今日はなぜかノラも興味本位でついてきた。
「面白い。悪霊が帰ってくるとか、どういうこと?」
尋人と美桜はすっかりお疲れだったが、ノラはキャッキャと手を叩き、美桜の部屋の様子うぃ見ていた。不躾だ。一応、ノラの教育係として唯子は注意した。
「ちょっとノラ、そんなジロジロ見ちゃだめよ」
しかしノラは無視し、ゴミ箱を凝視。
「美桜さーん。何これ。コンビニ弁当やカップラーメンのゴミばっかりじゃん。これ、具合悪くならんの?」
部屋にノラの声が響いていた。あっけらかんとした呑気な声。
そういえば今まで気づかなかったが、床ほこりが溜まってる。洗濯物も乱雑に積み上がっていたし、掃除も手抜きしているようだ。
唯子も洗濯物を見つめながら、気がついた。もしかしたら、生活習慣が問題ではないのか?
尋人やノラにもこの説を言ってみたが、二人ちも深く頷いている。
「そうだ、生活習慣も重要だ。前にも霊的問題の人に会ったことがあるが、食事、睡眠、風呂、掃除を徹底し、俺が祈ったら、戻ってくることはなかったパターン、あった。リス子、グッジョブ!」
ふいに尋人に褒められ唯子の顔は赤くなるが、ノラも笑ってる。
「そうだよ。生活習慣大事じゃん。いくらキリストのパワーで何か奇跡が起きても、ずっとだらしない生活してたら同じじゃん。元に戻るって。奇跡のその後が重要ってこと? 逆に言えば奇跡の後でも変わろうとする人が、それを受けられるんじゃないの?」
ノラのツッコミはもっともだ。美桜はため息をつきつつつも食事も適当で、風呂もキャンセル中だったと告白。
「そっかぁ。祈ったり奇跡待ちをするだけの話はスピリチュアルでもいっぱい聞いたけど……。やっぱり現実的にも動かないともダメってことか」
しゅんとしている美桜だったが、尋人もノラも責めたりしなかった。唯子もそうだ。ここまで自力で気づけば、大丈夫だろう。
「うん、わかった。今日はちゃんとお風呂に入ろうと思う。生活も見直してみるよ」
そう語る美桜、さっきよりもずっと目が澄んでいた。
という事で尋人の悪霊祓いも継続しつつ、美桜も生活習慣を改善する作戦に決まった。
「これで一件落着?」
ノラは相変わらずケラケラ笑っていたが、唯子はそう喜んでもいられない。
その夜、唯子は一人部屋で眠っていたが、急に目が覚めた。
時計を見たら夜中の三時だ。窓の外も真っ暗。風のざわめきだけが響き、静かな夜だったが、急に背筋がゾクっとした。
「何これ?」
嫌な予感。また美桜に何かあったのだろうか。それとも今後、何か起きる?
わからない。単なる気のせいかもしれないが、祈ってみた。ほぼ尋人を真似したような祈りだったが、手を組み、美桜が守られるよう祈っていると、不思議と背中の寒気が消えてしまった。
「アーメン」
その言葉を言うのは全然慣れなかったが、不思議と懐かしい。子供の頃もこんな風に祈り、神に語りかけていたのかもしれない。




