神の声と新しい道(5)
羽生教会から美桜のアパートまで徒歩五分だった。目と鼻の距離。唯子たちもすぐにアパートの前までつく。
アパートの外観は綺麗だ。クリーム色の壁も明るめだし、近くに公園、コンビニ、整体も見える。民家も多く、典型的な地方都市の住宅街に見えた。まさかこのアパートで霊的な問題が起きているとは、信じられない。
「まあ、見た目は普通のアパートじゃないか。行こう、美桜さん。案内してくれ」
尋人に促され、美桜は階段を登り、部屋の前までつく。鍵を取り出してはいたが、だんだんと目は暗くなっていた。この家、よっぽど帰りたくないのだろう。
「こ、ここが家です」
それでも美桜は玄関の扉を開けた。ジャラっと美桜のつけているパワーストーンも揺れ、唯子たちも部屋へ。
「お邪魔します」
「おぉ、失礼するぞ」
狭い玄関から唯子たちも部屋に入った。部屋は典型的なワンルーム。小さめなキッチンがいかにもそれっぽい。他、ベッドや机なども予想通りの配置だった。最初の印象は平凡。唯子の目には特に変わっていないように見えたが。
「うん? なんだ、これは?」
尋人はすぐにこの部屋の特徴に気づいた。それは窓辺にある棚。
その棚には水晶玉、クリスタル、お守り、お札、御朱印帳、ドリームキャッチャー、天使や妖精のぬいぐるみが飾られていた。
ある意味、教会の礼拝堂よりも神聖感が漂っている。小さな棚だったが、祭壇や神棚のような雰囲気が濃い。その隣の本棚には引き寄せの法則、パワースポット、潜在意識、ホロスコープ 関係の本がぎっしりと積まれている。
「スピリチュアルか? 美桜さん、スピリチュアル好きかい?」
尋人の指摘に美桜の目は露骨に泳ぐ。見た目はスピリチュアル系のような雰囲気がない。むしろ可愛いタイプの美桜だったが、パワーストーンをつけていた。確かにスピリチュアル好きと言われても納得したが、尋人の声は苦い。顔も眉間に皺がより、ため息までついていた。
「あのな、正直なこと言っていいか? この家、事故物件じゃないかもな。こういうスピリチュアル系グッズが悪霊を呼んでいる可能性が高い」
「え?」
美桜の大きな目が丸くなっていた。唯子もそうだ。確かに占いやスピリチュアルはキリスト教と反するという話は聞いたことがあったが、それ自体が悪霊を呼ぶ?
「呼ぶ。むしろ悪霊の巣窟だねぇ。人の欲望を煽り、そこを足場にして悪霊がやってくるんだよ。うん、原因はこれ。全部捨てろ。スピも引き寄せも全部やめろ」
珍しく尋人は早口で断言していた。
「中古屋には売るなよ。全部捨てるんだ。聖書でもこういうスピリチュアルグッズを燃やすシーンがある」
「そ、そんな。これが原因? でも、スピリチュアルでは霊的な問題も祓えるって。このパワーストーン売ってくれた蒼井真夜先生だってそういって」
美桜の声は震えていた。信じていた物をあっさりと否定され、とても受け入れられない様子だった。
唯子としてはなぜスピリチュアルが悪霊を呼ぶのかピンとはこない。しかし、スピリチュアル本の背表紙を見つめて思う。なんでもイメージングするだけで願いが叶うとか、努力しなくてもいいとか、宇宙におまかせという文字を見ていたら、気持ち悪くなってきた。人間の強欲さを具現化されているみたい。神様が関わっているようには見えない。むしろ、悪魔がこの人間の匂いに引き寄せられるような?
「で、でも。引き寄せは自己啓発の人もカジュアルに言ってたよ。そんな怪しいものに見えないし?」
一方、美桜は反論。頬を膨らませ、ムキになっているようだ。
「いや、それが罠だ。そもそも引き寄せはアンチキリスト教の連中が、ご利益宗教風に作ったもんよ。ニューエイジとも言われてる。確かに一部キリスト教や聖書と似たような主張もしているが、聖書や神様や信仰心が抜き取ってる。肉が入ってない牛丼みたいなもんだ」
「そ、そんなことは一度も聞いたことない」
美桜の意見には同意だ。唯子もそんな背景があるとは知らなかった。
「スピリチュアルの養分は情報弱者とメンヘラと貧乏人。確かに富裕層や社長もハマってるケースもあるが、そんなの一部だし、引き寄せの法則の起源をいちいち解説してくれるスピ系などいないんだよ。いいか、美桜さん。あなたは騙されてる。今からこれ、捨てろ」
かなり強引だったが、美桜は口を閉ざし、何も言わない。言えないのだろう。まさか自分が原因で霊的な問題が起きていたとは、絶対に信じたくないという表情。
気持ちはわかる。こんな一方的に言われ、素直に従えない。唯子でも頑なになってしまうと想像した時だった。
急に部屋はギシギシと揺れ始めた。それにベッドの上のクッションやぬいぐるみが、宙を浮いてる?
変な声も聞こえてきた。
『こんな男をなぜ呼んだ!? 許せない!』
姿は見えないが、声からはハッキリと尋人への悪意が溢れていた。
これは悪霊?
どこにいる?
唯子も混乱してきたが、美桜はその場でしゃがみ、耳を塞いでいる。
「怖い、助けて……!」
怯えている美桜に反し、あの声はもっと大きくなっていたが、もしかしたら、手首につけているパワーストーンが問題か?
棚に飾っているものよりも、身につけているものの方が影響が強いのに決まってる。
躊躇している暇はない。唯子も耳を抑えながらも、美桜の手首から無理矢理パワースストーンを抜き取った。
同時に尋人が祈り、神の名前で悪霊を叫んだ瞬間だった。
急に霊的な現象が止まり、部屋は無音。物も宙に浮いていない。
ガシャーン。
しかし、パワーストーンの紐が突然千切れ、床に散らばっていた。一つ一つの石は透明で綺麗だったが、床に散乱していると、ゴミに見えた。
ここで美桜はようやく正気を取り戻すていた。もう耳を塞いでいない。目だけはうつろ。床に散らばったパワーストーンをぼんやりと見つめている。
「こういうパワーストーンは、作り手がなんらかの念を込めて作っている場合がある。そこからまた悪霊が入り、危険だ。単なる偶像だが、そこに人の念や想いが入った時、悪霊の足場になる。リス子、グッジョブだ。このパワーストーンが主な悪霊の侵入経路だろう」
尋人は笑顔でパワーストーンをゴミ箱へ。美桜の許可もとっていないが、彼女はもう反論する気力もなさそう。
それに目はうつろとはいえ「なんかスッキリした?」と言っていたし、これで霊的な問題は一件落着だろうか。
「まあ、これで変な現象起きないのなら、いいか。良かった」
美桜、案外現金なのかもしれない。結局、三人でこの家の中にあるスピリチュアルグッズや本を全部捨て、尋人が祈り、かるく讃美歌を歌ってこの一件は解決したらしい。
「もうスピ系のグッズとか家に入れるなよ。動画や本も見なくていい。それでおそらく大丈夫だろう」
「尋人さん、おそらくって?」
唯子は疑問。おそらく大丈夫とは。絶対大丈夫とは断言していなかった。美桜はもうご機嫌で家の掃除をしていたが。
「聖書には悪霊が戻ってくる描写がある。今回は緊急の悪霊追い出しだったが、強いやつを連れて戻ってくる可能性はゼロじゃない。また何かあったらすぐ教会へ」
口を酸っぱくして尋人は忠告していたが、美桜はあまり聞いていない。それよりも霊的な問題が消え、ニコニコと上機嫌だ。
「そんな悪霊が帰ってくるとか、大丈夫だから。うん、ポジティブ思考で前向きにいれば大丈夫」
「いや、美桜さん。ポジティブ思考でもどうにもならない」
尋人のツッコミ、見事に無視されていた。
「あぁ、良かった。これで今夜はぐっすり眠れる。唯子さんも尋人さんもありがとう! 霊的問題が解決するならスピリチュアルでも宗教でもなんでもいいから、私は」
それでいいんだろうか。唯子は首を傾げてしまう。尋人もため息をついていた。




