神の声と新しい道(3)
自己啓発セミナーというと怪しい雰囲気だが、実際はもっとカジュアルだった。会場も繁華街のレンタルオフィスで、明るい場所だ。
開始三十分前だったが、もう会場は人でいっぱいだった。サイズは学校の教室ぐらいの部屋だったが、客席は満員のため、広く感じない。
少し出遅れた唯子は一番後ろの席に座った。会場の前方には教卓やホワイトボードもあり、眺めていると緊張してくる。
客は唯子と同じ歳ぐらいの女か、三十代ぐらいの男女が多そうだった。アラフォー世代やおじさん世代は見当たらない。確かに今日の自己啓発セミナーの講師・三嶋菜緒は若者にも人気が高いらしいし、納得だった。
ふと、隣の席を見ると、アラサーぐらいの女性がいた。小柄で前歯と目が大きい。リスみたいな雰囲気だ。唯子も尋人からリス子と呼ばれている。どうもシンパシーを感じてしまい、つい、隣の女性に声をかけてしまった。
「こんにちは。三嶋菜緒さんのファンですか?」
ホテルで働いていた時と同じように笑顔で話しかける。
「ええ。そうなんです。というか、私はもうこういう自己啓発とか大好きで」
意外だ。唯子は大好きというほど自己啓発に詳しくないが、なんとなく話が合ってしまい、自己紹介などもする。
隣の女性は加賀美桜という。年齢は想像通り、三十代前半。唯子とは少し歳が離れているが、美桜も接客業らしい。今はアパレルで店員をやっているらしく、クレーマー客の話題など話が合ってしまう。しかも美桜は羽生教会のすぐ近くのアパートに住んでいることも発覚し、余計に話がはずみ、トークアプリのアカウント交換までしてしまった。
「そっか。唯子さんは転職活動中なんだ。いい仕事が見つかるといいね」
はげましてくれた美桜、左手首にパワーストーンのアクセサリーがついていた。しかの一本じゃない。数本あり、ジャラジャラ音が響いていた。服装はコンサバ系だったので、このパワーストーンが妙に浮いていた。
とはいえ、深く追求できないし、三嶋菜緒も入ってきてセミナーが始まった。
うしろの席から見ても三嶋菜緒は美人だった。手足はすっと長く、腰の位置も日本人離れし、目立つ。そこだけスポットライトが当てられているみたい。顔立ちも彫りがふかく、これは人気が出る理由がわかる気がした。
「成功しているイメージをしましょう!」
実際、語っていることは平凡だったのに、三嶋菜緒の声は明るく、表情も生き生きとし、それだけで気分が高揚してきた。
「もう自分の好きなことをしよう! 自分の為だけに人生を生きよう。自分軸で自分を解放し、高めよう!」
三嶋菜緒は「自分」という言葉が口癖のようだった。何回も自分、自分、自分と連なって聞こえてくるぐらい。
尋人は全く逆のことを言っていた。自分の為ではなく、神のために人生を生きたい、と。
急に頭が混乱してきた。三嶋菜緒は自分軸の人だ。一方、尋人は自分ではなく、神を軸として生きている。
一体、どっちが成功なのだろうか。人生は人それぞれだが、唯子は流されるままの他人軸で生きてきた。世間体や人の顔色が基準。一体どの軸で生きたらいいのかわからない。
急に目の前の休憩、色褪せた。さっきまでの高揚感全部消えてしまう。
一部も目立つ人とその他の大勢。自己啓発セミナーでも、こんな構図に見えてきた。実際、三嶋菜緒に比べて、客席にいるモブみたいなものと思うと、情けない。自己肯定感なんて消えていく。下を向いてしまった。三嶋菜緒の顔が眩しい。直視できない。
自己啓発セミナーにきたことを後悔してきたが、隣の美桜の様子も少し変だ。
顔も青く、おでこに汗も滲んでいた。目も虚だ。
何か嫌な予感。霊的な問題を抱えている時の唯子と似たような雰囲気。放っておけない。
唯子は小声で話しかけた。
「美桜さん、大丈夫ですか。顔色がちょっと悪いような?」
「い、その……」
美桜の息が荒い。これは本格的に具合が悪そうだ。とりあえず、この会場から美桜を連れてそっと出た。一階はロビーになっていたので、美桜をソファに座らせて休ませた。ペットボトルの水も買い、美桜にあげるとようやく落ちついてきた。
「唯子さん、ありがとう。私、本当は昔から人の多いところ苦手でね」
唯子は頷くしかない。実際、このロビー、人がいなくて居心地がいい。
そういえば尋人、地下鉄や繁華街など人が多いところは、その分悪霊もウヨウヨ漂っていると脅してきたこともあったが、美桜の様子を見る限り笑えない。
美桜も何か霊的な問題を抱えているのだろうか。もしかしたら羽生教会に連れて行った方がいいとも思った時、美桜がつけているパワーストーンが揺れていた。ジャラジャラと不快な音が響いた時、美桜は余計に顔を顰めていた。
「家に帰りたくないな……」
そに美桜の声、小さくようやく聞き取れるレベルだった。
「え、何?」
「唯子さーん、実は家に帰りたくないんです。家の様子が変で、変で……。事故物件かもしれない……!」
美桜に泣きつかれてしまった。カタカナと小さく震えている彼女、本当にリスみたいだ。
「家にいたくなの。どうしよう……」
ここで放っておけるわけがない。唯子は再び深く頷く。
「大丈夫。その手の専門家を知ってるから。自称オカルト牧師っていう変な人だけど、相談する価値はあると思う!」
正直、尋人を薦めていいのか自信はない。それでも目の前にいる泣いてる人、無視などできなかった。




