永遠の契約(9)
数日後、唯子たちは潤子の家に呼ばれていた。あの現場に近いお屋敷だ。
唯子はついあたりを見回してしまう。客間も天井が高く、高級そうな壺も飾られている。窓から見える庭は広く、おそらく羽生教会の土地よりも広いそう。遠くの方には海も見え、窓からの眺めも最高。
こんな富裕層の家にいるだけで落ち着かない唯子だったが、尋人は逆だ。大股で座り、潤子が持ってきた栗饅頭を食べてる。お茶もがむ飲みしていて、隣にいる唯子の頬が赤くなる。
一方、潤子の体調は良さそうだった。頬も明るく、指先のネイルも可愛い。シールや石で彩られ、お祭りもように華やかだ。その上、行儀が悪い尋人にツッコミを入れるぐらいには元気だ。
「尋人さん、甘いもの好きなの? 本当に呆れるわ。もうこの栗饅頭、全部召し上がってください」
「ありがとう、潤子さん、いや、この栗饅頭はうまいね。さすが金持ちだ」
潤子もため息をついていたが、唯子はもう何も言えない。恥ずかしすぎる。
とはいえ、潤子も元気そうでなによりだ。学華は体調を崩し入院していると聞いていたが、もうあの現場で霊的な現象もないという。結局、あの原稿も潤子が全部処分し、仕事部屋も引き払う予定だという。
「今もキリスト教とか信じられないんですが、悪魔との契約なんてあるのかしらね?」
潤子はこの事件の顛末を報告すると、ため息をつく。
広い部屋の中、潤子の声だけが目立ってしまっていた。ここで一人で暮らしていることを想像すると、唯子は尋人のように栗饅頭を食べる気分にはなれなかった。
「あるぞ。まあ、世間で噂されているようなのは都市伝説も多いだろうが、晶馬さんの場合はな……」
さすがの尋人も栗饅頭を食べるのをやめ、口篭っていた。唯子も何も言えない。
「夫の日記が出てきたんです。結婚する前のだけど、もうその頃から自分の命が悪魔に取られること自覚していたらしいわ。私との結婚も、最期の願いだったみたい……」
潤子の声はだんだんと苦くなってきた。
「遺産も十分に残してくれていた。この家もそう。日記によると、こんな広い家を建てたのも、私の為だったらしい……。将来的に困らないようにって……」
それに潤子の目は虚になっていた。
「こんな広い家、どうしろっていうの。一人で住んでいても持て余すわぁ。税金もかかるし、売りに出そうかな」
「お気持ち、お察しします……」
唯子はそう言うのが精一杯だ。何かを言ったら、潤子を傷つけてしまいそうで。
「夫の人生はなんだったのかしら。確かに成功した。有名にもなった。お金もある。でも、意味はあったのかしら?」
答えられない。尋人もついに黙りこくっていた。栗饅頭にも手をつけていなかった。
「残ったのはこの家だけ。あぁ、あの人に会いたい。幽霊でもいいから会いたい。そんな悪魔との契約なんてしないでって全力で止めたい……。生きてさえいてくれたら、どんな貧乏でも無名でもなんでも良かったのに……。それだけで良かった……」
潤子の声は震え、詰まってしまっていた。
幽霊の正体はきっと悪霊だろう。唯子でさえも悪霊が晶馬のフリをしていることだと信じ始めていたが、もし、本当にこの世にまだ晶馬がいたら、どう思うのだろう。
この声を震わせている潤子を見たら、晶馬はどう思うのだろう。想像しただけで、唯子も下唇を噛んでしまう。
そんな悪魔の契約なども無いとも思いたったが……。
「潤子さん、暇だったらうちの教会に遊びに来てくれよ」
しばらく沈黙が流れる中、言葉をかけたのは尋人だった。
「うちの猫、やんちゃ坊主で困ってるんだよな。やっぱり猫は女の人に懐くみたいだし、一緒に遊んでやって欲しい」
「そ、そうです! 私なんて昨日、爪切ったら引っ掛れましたよ、ほら。潤子さんなら懐くと思います」
唯子は猫に引っ掻かれた手首を見せると、ようやく空気が和やかに戻ってきた。尋人も栗饅頭をまた食べてる。
「それにうちの猫、まだ名前が決まっていないんですよね。潤子さん、どんな名前がいいですかね?」
「そうねぇ……」
唯子があえて明るく言うと、潤子も一緒に猫の名前を考えてくれた。
「あの茶色い子、毛玉みたいだった。毛玉でいいんじゃない?」
ここでようやく、潤子も笑顔を見せてきた。
「毛玉! いいですね。もう毛玉で決定にしましょう」
「さっそく毛玉ちゃんに会いに行っていいかしら?」
「潤子さん、もちろんですよ!」
唯子も笑顔で言い、尋人も同じく頷く。
「ええ。この家で一人でいても、つまらないしね。来週にでも毛玉ちゃんに会いにいくわ」
もう潤子は虚な目を見せていなかった。穏やかに笑ってる。今は華やかな爪も似合っていた。
こうして今回の騒動も無事解決した。




