永遠の契約(6)
唯子もその原稿を読んだ。十年以上前のものだろうか。紙は劣化し、色がくすんでカビ臭い。
全部アナログで描かれていた。セリフも一般的な漫画のような活字ではなく、鉛筆で描かれている。故に生々しい原稿だ。
「何、これは……」
唯子もこの漫画を読み、言葉が出てこない。絵は上手い。おそらく晶馬がプロになる前に描いたものだろうが、荒々しさもかえって魅力的だ。
しかし、手放しで面白いとはいえない作品だ。この作品、三十ページぐらいの短い物語だったが、母子家庭で貧乏暮らしをしている少年が主人公だった。
絵の才能はあったものの、経済的事情で美大に行けるかもわからない。絵の先生に習うことも叶わず、少年は自暴自棄になった時、友達の少女からこんな噂を聞く。
少女はオカルト好きな娘だった。個人的にかき集めた魔術の本もコレクションしており、悪魔召喚の方法を聞く。それは悪魔の絵を描いて来てくれと願うだけ。
少年はすぐにその通りにした。思いをこめて悪魔の絵を作成した時、本当に目の前に現れた。
一見、美しい天使の姿をしていた悪魔。油断しそうになった少年に甘い契約をもちける。
『おまえと契約しよう。絵の世界で成功させてやる。ただし、二十七歳でおまえの命をいただく。どうだ? いい契約だろう?』
少年が頷き、画面に光が満ちた。作品はここで終わっていたが、唯子はどう反応していいかわからない。
単純に悪魔の絵も気持ち悪い。画力がある故、本当に召喚していそうな迫力があった。
それに、主人公の少年はどう考えても晶馬のこと。二十七歳で亡くなる契約というのも、笑えない。
これは実話だろうか。それともフィクションなのだろうか。
尋人はもう冷静さを取り戻していた。あの魔術の本も読み、悪魔召喚の方法など「けっこう当たってんな」と薄ら笑いを浮かべるほどだ。
「悪魔なんて呼べるもん? そてこそファンタジーじゃ?」
ファンタジーではよくある設定だ。漫画やアニメでは何回も見たが、現実と関係あるのか。
「悪魔や悪霊に心を開いたら、簡単に呼べるぜ。しかも本人が契約している意識がなくても、そっちに心を開いたり、お賽銭やお布施でも契約完了となる」
「本当?」
「特にこの少年のように成功欲が強い場合、その欲が悪霊の足場になって簡単に呼べるわな」
「さすがに気持ち悪いね?」
「前にも言ったが人間はデフォルトで悪魔寄りなんだよ。罪ってやつが最初からインストールされてる。聖書でいう原罪ってやつよ。バグったゲーム世界って感じだわな。だから自分からの強い意思で神と契約しない場合、普通に悪魔と仲良し状態」
「ちょっと、待って……」
だとしたら、特別な才能がある晶馬も悪魔と契約していたこと、全くの嘘でもないのか?
この漫画も実話!?
さすがの唯子も背中がゾクゾクとしてきた。幼い頃から霊を感じ、苦しめられてきた唯子だったが、あえて自ら彼らと契約しようとするようなこと、あり得る?
「そんな私たちって悪魔側な訳なの?」
「そうだ、残念ながら」
「えぇ……」
もう涙目だ。人気漫画の晶馬でさえ、悪魔と契約していた疑惑がある。夢がガラガラと崩れていく。
「というか悪魔にそんな力あるの?」
「残念ながらある」
「えぇ……」
「聖書では悪魔は元々は能力が高い天使だった。でも神様に反抗して堕落したんだ。それにイエス・キリストを成功や地位で誘惑するシーンもある。つまりそれぐらいの力は一応あるってこと」
「本当に気持ち悪くなってきた……」
「ただ神様のように天国に連れて行ったり、罪の赦しや無償の愛を与えること。そういったもんはできない。あくまでも一時的なこの世での成功だけさ。バカだな、晶馬先生。こんな絵の才能を神からもらっておきながら、悪魔と自分の為だけに使うなんて」
そう吐き捨てていた尋人だったが、原稿へ向けた目は、厳しくない。むしろ、同情している様子だった。
「今回はまさか宮乃の都市伝説が当たってたってこと!?」
「だろうなぁ。リス子の友人、案外、カンが良いじゃんか」
今回に限り、宮乃の都市伝説が当たっていたとは。だからといって笑えないが、この部屋にいる幽霊はなんなのだろう。
「晶馬先生の幽霊でも殺人事件の被害者の幽霊でもない。悪霊だ。こんな絵の作品、悪魔にとったら良い匂いがするだろう。雑魚悪霊がウヨウヨ引き寄せられ、晶馬先生のフリして潤子さんを怖がらせていたっていうのが真相だろう」
一方、尋人は早々に結論づけ、この部屋の悪霊祓いをはじめようとしていた。
「この原稿はどうするの? まさか捨てるの!?」
「決まってるだろ。こんなの悪霊にとっては良い匂いがする餌だ」
「え、でも」
確かに悪霊を呼ぶようないわくつきかもしれないが、これは晶馬の遺作でもある。ファンからしたら一度は拝みたい原稿ではないか。
「だからこそダメだ。拝むなんてもっての他。偶像崇拝になる。これは破棄するのが一番」
「そんな、潤子さんに許可なく勝手に破棄しちゃっていいんですか!?」
「悪霊呼び寄せているもんに何の価値もない!」
「だからって!」
意見が割れてしまった。唯子は原稿は残す派。尋人は破棄派。正反対の意見で進展もないまま、数分がたった時だ。
玄関の方から潤子と誰かの声がした。あっちでも言い争い?
「あなたたち、何やってるの? 潤子さんを押し除けて来てみたら……」
唯子たちの目の前には、女性がいた。メガネをかけ、黒髪のボブスタイルだ。年齢は二十七歳ぐらいで、見た目も大人しそうで、声も落ち着いていた。
「私、ここのアシスタント。名前は蒼井学華。あなたち、一体誰?」
そう言うと、学華は尋人の手から原稿を奪い返していた。
「まさか、この原稿、み、見たのね……?」
学華の声、ガタガタと震えていた。




