永遠の契約(4)
その後、唯子は一人、小森晶馬について調べていた。
何しろ人気漫画家だった男だ。ネットで検索しているだけでも膨大な情報が出る。
「何これ、すごい量……」
潤子からは人気漫画家だと聞かされていた。オタクでもない唯子は、甘くみていた。その情報量の多さに。
小森晶馬はもう小学生ぐらいの時から才能が目覚めていたらしい。絵のコンクールでも何度も受賞し、中学生の頃には漫画雑誌に投稿していた。そして高校生の時、デビューした。
デビュー作は終末世界の架空のファンタジーだったが、いきなり大ヒット。タイトルは「終末世界、最期も二人で」。アニメ化、ドラマ化、映画化もされ、海外でもファンが多い。
緻密の作画、感情豊なキャラクターの造形が評価されているらしく、コンビニのキャンペーンキャラクターにも選ばれた実績もある。他にも子供向け、女性向け作品も発表しつづけ、これからという時期に亡くなったという。
突然死だったらしい。朝、奥さんの潤子が異変に気づき、救急車を呼んだ時には既に身体は動かなかったという。
死後は声優界、芸能界からもお悔やみのコメントが寄せられ、マスコミも大騒ぎだった。中には潤子が金目当てで結婚したとか、晶馬がアシスタントと不倫中という噂も出ていたそう。
「何これ、酷い」
ノートパソコンで調べているだけの唯子でさえどっと疲れるぐらい。特に噂には、攻撃的な空気もあり、見ていられない。
「それにしても晶馬先生って本当絵が上手いな」
そんな悪意ある噂を見た後だと、晶馬の描く絵、余計にキラキラして見える。線も迷いがなく、登場人物の目も生き生きしてる。構図もその場にいるかのような錯覚してしまうぐらいリアル。書き込みも緻密だ。これは人気が出る理由、すぐにわかってしまう。
だからこそ、残された潤子のことを考えると、全く笑えない。この件、引き受けてよかったのだろうか。今更、後悔していたが、都市伝説配信者の友人・宮乃も何か知ってるかもしれない。
「ということなんだけど、小森晶馬先生について何か噂知らない?」
宮乃に電話をかけ、事情を話すとノリノリだ。嬉しそうに話し始めるじゃないか。
「晶馬先生、亡くなったの二十七歳でしょう」
「うん。本当に若い人。残念」
「都市伝説界隈では二十七歳で死ぬっていう悪魔の契約の話があるのよん♪」
「は?」
宮乃の声は弾んでいた。漫画家だけでなく、作家、ミュージシャン、著名人なども悪魔と契約し、その代償で成功を得ているという。
「実際、海外のミュージシャンとか二十七歳で亡くなってる。それに有名人って早く亡くなってるじゃん? 何かあるでしょ?」
言葉が出ない。確かにここ数年、有名人が突然亡くなっている印象だ。しかも突然の病気、事故、自殺まである。これは何か共通点でもあるのだろうか。
「きっと悪魔の契約。成功なんてきっと等価交換よ。いつその代償がくるのかしら。ふふふ」
「ちょ、宮乃。脅かさないでよ」
わざとらしく低い声を出す宮乃。知ってる。宮乃はこういうキャラクターだと子供の頃から承知していたが、嘘をついているようにも見えない。
それに晶馬の仕事部屋の土地、過去に殺人事件があったという話題よりも興味がある。もし、事故物件だったら? そもそも悪魔の契約って何?
「バカか、リス子」
そのことを尋人に話した。昼ごはんの時、尋人が買ってきたコンビニのサンドイッチやおにぎりを食べながら。
「え、バカ!?」
「悪魔の契約なんてそこらで発生してることさ。人間はアダムとイブの件で堕落してからずっと悪魔側にいることになってるからなぁ」
「えー、そうなの?」
「そんな晶馬先生だけが特別じゃない。推しに拝むのだって契約になるんだ。ただ、人間は元を辿れば神に創られた存在だ。彼の絵の才能、悪魔が与えいるわけじゃない。間違いなく神が与えてる。それなのに実に嘆かわしいことだね」
唯子は反論できない。ヤケクソのようにサンドイッチを頬張ってしまう。
「私も悪魔と契約中?」
「自分の意思で神様を主と告白していないリス子がなぜ神様と契約しているっていう話になるのかい?」
「た、確かに……。そういえば人間ってよくよく考えると別に性善説って感じでも無いよね」
人間はいじめもやめられないし、最近はネットの誹謗中傷も多い。唯子自身も清廉潔白な善人ではない自覚はある。人のせいにしがちだし、ダイエットの意思も続かない。愚痴もこぼすし、何より臆病だ。自分から神様の方を向かない限りは悪魔と同様な性質も持ち合わせているってことだろうか。
「流されたり、ありのままとかじゃなくて、自分の意思で神様に向かう必要があるってことかな?」
「その通りだ、リス子」
褒められて恥ずかしいが、いつまでも呑気にしていられない。
晶馬の仕事部屋に現れる幽霊って何だろう。悪魔の契約か事故物件なのか謎だが、潤子が困っているのは事実だ。なんとかしたい。晶馬に関する膨大な情報には甘くみていたけれど。
「それにネットの情報調べて、宮乃の都市伝説を聞いてもしょうがないだろ?」
尋人はサンドイッチを噛みちぎり、もぐもぐ咀嚼した後に言う。
「現場に行こう。潤子さんには連絡先、聞いてるだろう?」
「え、ええ」
「現場に行くしかない」
ということで、潤子に連絡をとり、翌日、晶馬の仕事部屋に行くことになってしまった。
「ミャー!」
いつのまにか猫もやってきた。相変わらず茶色い毛がふわふわだったが、この子の名前、まだ決まりそうにないみたい。




