初めての悪霊祓い(11)
霊的問題は解決し、実に平和。部屋にいても、体調不良もなく、支配人の生霊がかえってくることもなかった。
数日たったが、悪霊、生霊がかえってくる様子もない。教は仕事も休み。唯子はほっとため息をつきながら、宮乃の配信を聞いていた。
相変わらずだ。戦時中の幽霊の話を語りながら、防空壕でみた不思議な陰の話をしていた。
「ふふふ、こうして幽霊は戦地で亡くなった夫の幽霊と再会し、幸せになれました」
口調は妙に作り話くさい。確かに面白い。怖くもあるが、戦時中、多くの土地が空襲の日が被害を受けていた。古代まで遡ると、穢れていない土地なんて無いはず。もしかしたら、話を盛っている可能性がある。
「うん、そうだよ。唯子の家の近く、ちょうど戦時中に空襲があった場所。図書館で調べたので本当。でも、幽霊の話は作り話」
配信後、宮乃に電話をかけ、この可能性を聞いたら、拍子抜け。都市伝説配信者としてフォロワーやPVを増やすため、盛った話をしているらしい。
「なんだ、そうだったの……」
宮乃の無邪気な声を聞き、脱力。部屋に現れた戦時中の幽霊も、人の恐怖心などが作りあげた「霊」かもしれない。
尋人は聖書でいう悪霊が幽霊のフリをしていたと言っていた。人々の恐怖心を材料にして現れた何か。悪霊なのかなんなのかははっきりしなが、人の想いは想像以上に力があるとわかった。
そういえば、この部屋に支配人が現れたのも、唯子が恐怖心や嫌悪感を持った時だった。それがきっかけになった? これが尋人がいう悪霊の足場なのだろうか。
「その説、あり得るんじゃない? 幽霊=聖書でいう悪霊とは私も不明だけど、霊が人の想いをエサにしているのは、あり得る話では? 実際、心霊スポットに幽霊があらわれるのって、人々が怖がっているからじゃないのかって思うんだよね」
宮乃は唯子の説を否定しない。それどころか、あのオカルト牧師に悪霊のこととか教えてもらえとけしかける。
「イエスの名前で出ていけとか面白い。唯子、もうエクソシストじゃん?」
宮乃の笑い声を聞きながら、こそばゆい。確かのこれは、あの変人中ニ病の尋人に救われたと思っていいのだろうか。
わからないが、明日も仕事だ。支配人は本社に通報し、即移動になっていた。新しい支配人がくるまで、唯子たちが業務をこなす必要があり、忙しい。
「この801号室、何かあるんですか?」
そんな遅番の日、ワンオペでカウンターで仕事していたら、客から電話がきた。
あの曰くつきの801号室の客から。大学生ぐらいの一人旅のお客様。しかも女性。801号室の噂を聞き、怖がっているらしい。声が震えている。
過去の自分みたいだ。リスみたいに小さく震えている自分。もしかしたら、この恐怖心が何かを引き寄せている?
子供の頃も全部が怖かった。優しい親でさえ恐怖の対象だったが、もしかして、それが原因で霊的なものを感じられるようになったのだろうか。
「大丈夫です。お客様、そんな噂は全部デマですよ」
なるべくゆっくりとした口調を作り、応対した。
「本当に大丈夫ですから。お部屋を交換することも可能です」
「い、いえ。たぶん大丈夫な気がします。カウンターのスタッフさんの声聞いてたら、安心してきた」
「そうですか。それは良かったです」
「ええ。幽霊とか気の持ちようかも。ちょっと安心したら、怖くなくなってきた。ありがとう」
実際、本当に801号室の問題はなく、夜十二時過ぎ、仕事を終えた唯子は家に向かって歩いていた。
月は見えない。新月だろうか。満月の時期もとっくに終わったらしい。もうすぐ季節も春。時間は確実に動いてる。
少し肌寒いが、住宅街の灯りは案外まぶしく、唯子もすっかり安心しながら歩いていたが。
「うん?」
何か背後から足音が聞こえる。振り返ると誰もいないが、背中が急に寒くなってきた。
しかも家について郵便受けを確認していると、手紙がどっさり入ってるじゃないか。全部支配人からのもので、愛の言葉が綴られていた。
「何これ、気持ち悪い」
いや、そんなの愛じゃない。執着や欲望しか滲んでいない。同じ愛でも自己愛のかたまりのような文章を読みながら、心臓が冷える。また指先がプルプルと震えてきた。怖い。生霊は追い出せた。職場からも移動になったが、まさかストーカーにバージョーンアップしてしまうとは。
「石山さん……」
今度は生霊じゃない。生身の本人が登場した。いつものスーツ姿ではなく、全身黒ずくめ。髪も肌も劣化し、ホテルで支配人をやっていた時の面影、全部消えていた。
「おまえのせいで無職になった! 許せない! 復讐してやる!」
「そんな……」
「お前のせいだ!」
どうしよう。このままでは殺されるかもしれない。どうしたらいいかわからない。頭はフリーズし、目をぎゅっと瞑った瞬間、死が頭をよぎった。
「よお、パワハラ支配人」
気の抜けた声がした。その声、聞き覚えがある。尋人じゃないか。
「お前、この家、戦時中の幽霊が現れるっていう事故物件だぞ。都市伝説配信者のミヤの番組、しらんか? 元々防空壕もあったらしいし、ここはでるぞ〜!」
尋人はニヤニヤ笑いながら、支配人に詰めていく。
「お、支配人。背後になんか憑いてるぞ! 801号室の客の幽霊かい? 俺は霊が視えるからねぇ!」
「ひ、ひぇ!」
支配人は尻尾をまいて逃げていくが、こんな怖がらせ方で撃退するのって……。
唯子は呆れてものも言えないが、まさか支配人がストーカーになるとは。尋人も唯子の家周辺をうろつく支配人の噂を聞き、見回りに来てくれたという。
これで二度と来ないと良いのだが、この手紙の数々などを見ていると、安心もできない。
「リス子、うちの教会に住んだらいいんじゃないか?」
「え、なんで?」
「ノラの教育係も欲しいし、部屋も余ってる。しばらく家賃も光熱費も無料でいい」
その話、B級ビジネスホテルで働き、薄給の唯子には悪くない。それに職場にも支配人が来る可能性もある。転職もしたい。だとしたら尚更いい話。
霊や聖書の話だって気になる。幽霊が聖書でいう悪霊なのか。または人々の想いの集合体か。それとも人々の想いを食べた悪霊なのか。突然、真実を知りたくなってしまった。
「その話、条件いいね?」
「だろう。本当こっちはノラの世話、教育で手も焼いてるし、おまけに野良猫もいる。人手が欲しいんだよ」
つまり尋人にとっても悪い話じゃないのなら、本当に悪くない話じゃないか。
「ええ、いいわね」
笑顔で頷いていた。久しぶりに笑った気がする。




