初めての悪霊祓い(10)
「面白い。やっぱり支配人のおじアタックだったか。いや、実に面白いね」
尋人は大笑いしていた。笑いすぎて目尻に涙まで滲んでいるぐらい。
その後、一週間たった。支配人のパワハラは激化し、常に怒鳴られている。連絡事項も無視されミスも連発、さらに怒られるという悪いループにハマっている現状。
それだけだったら逃げ道がある。ホテルの本社には人権委員もあるし、通報できるシステムがある。
一方、支配人の生霊は毎夜訪れ、女神のように拝まれ、愛の告白を聞かされていた。それが一番しんどく、対処の仕様もない。
結局、また羽生教会に訪れた。礼拝堂で尋人に涙目になりながら現状を訴えたが、あろうことか大笑い。
「ちょ、尋人さん! 他人事だからって笑わないでくださいよ!」
まさか笑われるとは思わなかった。変人で中二病風の男とはいえ、一応は牧師だ。適切な対応をされると思ったが、まさかの大笑い。しかもザラメ煎餅をボリボリと噛み砕き、全然親身じゃない。
「そもそもなんで生霊が現れるんです? 支配人にその自覚はあるんですか?」
ここでようやく尋人は煎餅を食べるにをやめ、唯子に向き合った。
「俺も占い師していた時、幽体離脱して対象者を呪いに行ったことがある」
「は!? そんな幽体離脱なんてできるんです?」
「ちょっとコツを掴めば誰でもできる。無意識にやっている人もいる。生霊で他人に何か念を飛ばすってよくあるだろ? あれもある意味、自分の霊をちぎって相手に送っている行為。まあ、一種の幽体離脱かもな?」
「そ、そんな……」
尋人の濃いオカルト話についていけない。唯子も昔から幽霊など変なものが見えたり、聞こえたり、嗅いだり敏感体質ではあったが、この霊的問題、一体どうしたらいいのか。
以前、尋人たちが家に来たように悪霊祓いや祈り、賛美をやって貰いたい。半信半疑ではあったが、あの後、部屋の雰囲気がどこか変わったし、体調不良もおさまった。
「お願いします。支配人の生霊を追い出してほしいです」
震えながら頼む。もう最終手段はこれしかない。
一方、尋人は返事をしない。むしろ、唯子をさらに震え上がらせていた。
「実は聖書にな、祓った悪霊がかえってくる描写があるんだよ」
「え、嘘!?」
「だから俺が中途半端に祓っても逆効果かもしれん。むしろ、今の支配人の生霊、俺が悪魔のコーヒーという足場を祓い、逆上した可能性……」
「ダメじゃないですかぁ……」
もう本当に涙目だ。やはりこんな変人牧師に頼ってしまったことを後悔したが、一般的なお寺さんや霊媒師のお祓いでも似たようなケースがあるという。一回祓っても何度も悪霊が帰ってきて、さらに依頼者が寺や霊媒師に依存してしまうパターンは珍しくないという。以前、尋人が霊について説明していたことも思い出す。
「俺はそんな風に依存されても困る。ただでさえキリスト教はイメージが悪いのに、俺をカルト牧師にしないでくれ」
「そ、そんなぁ。って言うかもうすでにオカルト牧師って自分で言うのはいいの……?」
「しかし生霊は雑魚だよ。中級悪霊よりもよっぽど簡単。そうだ、リス子。自分で祓え」
「そんな、無理」
怖気付く。指先の震えが止まらない。霊的問題を相談しに来たのに、まさか自分でなんとかしろとは、予想外だ。
「で、でもなんで私、支配人にそこまで粘着されてるんだろう。特に何もしていないし、美人じゃないし」
「お前な、おっさんが若い子に対する感情、甘く見るなよ。事実、おじアタックってネットで問題になっているじゃないか」
「そ、それは……」
「しかもB級の過剰サービスのビジネスホテルだろ? 相当なストレス溜めてるぜ、支配人」
そう言われたらぐうの音も出ない。実際、SGDsと建前を使いながら、客室の清掃も簡易だったり、アメニティも備え付けじゃなくなった。その割にセルフレジなどもなく、設備投資もされていない。そういえば本社の社員からも色々とケチをつけられていた。
「それにリス子、お前はブスじゃない」
聞き間違いかと思った。ブスじゃないとは、褒められているんだろうか。
とはいえ、尋人に褒められても、支配人に好かれても嬉しくはない。どうしたら良いか方法を聞くことにした。
こうなったら、自分でこの霊問題を解決するしかない。もうヤケクソだ。どうにでもなれと思えば肝がすわってきた。
「よし、なら方法だけ教えよう」
「いいの?」
「ああ。簡単だ。支配人の生霊が現れたら、イエス・キリストの名前で命令して追い出せ」
それは典型的なエクソシストというが、未信者の上、全くキリスト教に知識がない唯子でもできることだろうか。
「まあ、お祈りはクリスチャンじゃないとできないが。とりあえずやってみろ」
「できる?」
「そして聖書だ」
尋人は礼拝堂の本棚から聖書を取り出し、唯子に渡す。重い本だ。石みたいにズシンとする。
「さらに生霊に聖書の言葉を言え。叫べ。恐れるな。狭い門から入れ」
なぜかその尋人の声、言葉がまっすぐに胸に落ちた。
「本当にできる?」
「大丈夫。お前はいつまでも臆病なリスでいたいかい?」
尋人はニヤリと笑う。確かにリスだとバカにされたくないものだ。怒りも感じる。信頼していた上司にこんな形で裏切られた。そうだ、ちゃんと怒ってもいいのかも?
「あとポイントは生霊と会話するな。つけあがるからな。一切無視しろ。目も合わせるな」
「え、ええ」
「まあ、かえってくるリスクはある」
「そ、そんな……」
「その時は、俺が祓ってやる。うちの親もいる。うちの信者に協力してもらってもいい。何より神様が俺たちの味方だ。大丈夫」
その尋人の声、優しかっ案外た。自称・オカルト牧師の男。どう見ても変人だったが、根からの悪人ではない。
この相談だって無料だ。お金の話は一切出てきなかった。こんな非科学問題、やろうと思えばいくらでもお金を引っ張れるのに。
「わかった。とりあえず、一人で頑張ってみる」
「オッケー。リス子の健闘を祈るぜ。ガチで祈ってる」
そしてその夜、案の定、眠れなかった。薄く灯りをつけていたが、目は冴えてきた。
しんと静か。窓の外には大きな満月が見える。そこだけがやけに明るかったが。
『石山さん……!』
支配人の生霊が登場。いつものように唯子を拝み、愛の言葉を囁いてきた。
『ねえ、石山さん。俺はずっと君のことが好きだった』
耳元で囁かれ、声も出ない。頭がフリーズする。怖い。
『なんで俺の言うこと聞いてくれないの? 笑顔で接してくれたのに、他に男でもいんの!?』
支配人の生霊、自分の言葉で自分を痛めていた。
その姿、少し滑稽だ。ほんの少し、恐怖が薄れた。鳥肌も消えていた。
恐れるな。
なぜか尋人の声を思い出す。そうだ、怖くない。リスみたいに震えるの、もうやめよう。子供の頃も霊的問題では宮乃以外、全員にバカにされてきた。大人になってもずっとそう?
何かに火がつく感覚がした。
こんな状況、冗談じゃない!
「い、イ、イエス・キリストの」
声は枯れ、ちゃんと発生などできなかったけれど、ぐっと手に力をこめて振り絞る。
「な、な、名前で命令する! 出ていけ!」
その瞬間だった。支配人の生霊、あっという間に消えた。一瞬で霧が晴れたみたい。
「え? 本当に消えた?」
信じられないほど、あっけなかった。同時に肩も軽く、心も軽い。まさに憑き物が落ちたかのよう。
「消えた……。良かった……」
もう恐怖もなかった。こんなにすぐに消えるなんて。
気が抜けた。同時に眠気も襲ってきた。意識が切れた。すぐに夢の世界にいた。




