さくらとヴィナース
政府軍の進行方向からすると、村は山の裏側にある。
軍は山を左から、さくらは右から回り込んで、それぞれ村を目指していた。
山の裏道を、赤王に乗ったさくらが、麗香の馬の手綱を引いて駆けていた。
だが、上空からヘリコプターの音が聞こえてくる。
このままじゃ、間に合わない!
そう判断したさくらは、麗香の馬の手綱を離し、赤王に命令した。
「掴まっておくから、本気で走って!」
鞍の中央にあるホーンを右手で掴み、左手で手綱を握り直すと、強めに赤王の脇腹を蹴った。
さくらが知る現代の自動車すら置き去りにするかのような、凄まじい加速が始まる。
山の香りが混じる風を切り裂き、赤王が全速で駆ける。やがてさくらの視界に、山の麓に広がる村が見えてきた。
「もう少しよ。頑張って!」
赤王に声をかける。
さくらが走ってきた道は村の前まで続いており、道を挟んだ向こう側には、金が見つかった川が流れていた。
家々は山へと続くなだらかな斜面に建てられており、まるで段々畑のような光景だ。
ほぼ長方形に区切られた村には、左右と中央の三本の道が山に向かって伸びている。
さくらは中央の道を赤王で駆け上ると、誰もいない村の中腹で声を張り上げた。
「村長の山岸舞子さんを探しています! 誰かいないの!」
坂の上にある、石を積み上げて作られた家から、六十代ほどの女性が現れた。
胸まで伸びた黒い髪。この状況には不釣り合いな白いブラウスに黒いワイドパンツ、足元は革のブーツ。
「この時代にそんなオシャレな格好をしてるなんて、山岸舞子さん、ヴィーナスさんですね?」
「あら、オシャレがわかる子なのね」
女性はそう言うと、嬉しそうにクルリと一回転した。
麗香さんの言っていたイメージ通りだわ。
さくらの顔に、思わず笑みがこぼれる。
「ヴィーナスと呼んだあなたは誰かしら?」
「田中さくらといいます。麗香さんからの伝言です。軍が襲ってきます、村の人たちを避難させてください!」
「麗香の知り合い? あの子、顔を真っ黒にしてるでしょ。墨をオイルと混ぜて塗ってるのよ。バカよねぇ」
「あの、村人の避難を……!」
「心配いらないわよ。麗香がいないから、多くの村人には一時的にここを離れてもらったわ。どうしても残りたがった人たちも、山にある小屋へ避難させてあるの」
「それじゃあ駄目なんです! ヘリコプターもやってきます。今回は大軍らしいって言っていました!」
「ヘリコプターを知っているの? 私をヴィーナスと呼ぶし、あなた何者?」
「後で事情は話します!」
「わかったわ。私はここで迎え撃つから、あなたは早く逃げなさい」
「山岸さんに聞きたいことがあるんです!」
バラバラバラバラ……
ヘリコプターの爆音がすぐ近くまで迫る。
「話は後よ、ヘリが来るわ! 早く逃げて!」
「マーズさんも、ジュピターさんも、ネプチューンさんも生きてます! だから、死なないでください!」
山岸舞子は怪訝な表情を浮かべ、さくらを凝視した。
「あなた、本当に誰なの? それに、それって学生服でしょう?」
「過去から来て、みなさんにお会いしました」
「過去から? みんなに会ったの……生きてたのね。こんなときじゃなきゃ感動できるんでしょうけど。さ、早く行って」
さくらは村の中央を走る道を、急いで駆け下りた。
逃げるような行為に気が引けたが、日本刀一本で、機関銃やミサイルに敵うわけがない。それは分かっている。
もしも妖刀田中家の力が発動すれば……動けるのはあたしだけになる。でも、とても一人じゃ戦えない。麗香さんが間に合ってくれれば、追い払えるかもしれないけれど……。
ヘリコプターの音が頭上で轟くと同時に、機関銃の連射音が空気を激しく振動させた。
「ヴィーナスさん……」
戻っても何もできない。頭では分かっていた。
どれほど走ったか分からなくなった頃、さくらは赤王を止めた。そして、馬の向きを再び村へと変える。
妖刀田中家の力が発動すれば、麗香さんが戻るまでの時間稼ぎくらいはできるかもしれない。
その時、背後から馬の駆ける音が聞こえた。
振り返ると、馬に乗った人物がこちらに向かって手を振っている。
「さくらさーん!」
その馬は、さくらの横でぴたりと止まった。
「大倉さん!」
「やっぱりさくらさんだ。何をしてるんです、こんなところで」
「あの村の村長さんに会いに来たの。大倉さんこそ、なぜここに?」
「仕事ですよ。あの村の住人が僕の泊まっていたホテルにいて、もし村が軍に襲われたら、他の村人を脱出させてほしいと頼まれたんです。それで軍を追跡していました」
大倉はじっとさくらを見つめる。
「今は時間がないので、後であの時のお礼とお詫びをさせてください」
さくらはにっこりと微笑んだ。
「ええ、後で聞かせてください」
さくらの視線が、大倉の馬の左右に括り付けられた二基のランチャーへと移る。
「大倉さん、それは?」
「ミサイルって言うんです。これがあれば、恐竜だって一撃ですよ」
「大倉さん、一緒に村へ行って! 山岸さんを助けたいの」
「作戦はありますか?」
「そんなのないです! あたしが赤王で走ってヘリコプターを引きつけるから、そのミサイルで攻撃してください!」
「ヘリコプターって、あのトンボみたいな機械のことですね?」
「そうよ、お願いね!」
その頃、山岸舞子は上空から撃たれぬよう、家々の壁伝いに身を潜めていた。
矢を放とうと影から飛び出すたび、ヘリコプターから機関銃で掃射される――そんな攻防を繰り返していた。
村の中央の道を、機関銃を搭載した二台のジープがエンジンをうならせながら上って行く。
同時に、村の右側の道を、さくらと赤王が駆け上がった。
後方を走っていたジープがさくらの姿を捉え、狙いを定めて引き金を引く。
銃弾は立ち並ぶ家々に遮られ、壁を激しく削るだけでさくらには届かない。
先頭のジープが、屋根のひさしの下に潜む山岸舞子を発見した。
上空では、ヘリコプターがホバリングしながら彼女をロックオンしている。
先頭を走るジープの機関銃が、山岸舞子を捉えた。その瞬間、ミサイルがジープに直撃し、爆音と共に炎上した。
「あったりー!」
大倉が歓声を上げ、すぐさま二基目のランチャーを肩に担ぎ直す。
「次はあのトンボだ!」
ヘリコプターに照準を合わせる。危険を察知したヘリコプターは、ホバリングをやめて一気に上空へと回避した。
軍で待機していた一台のジープが、大倉を目がけて猛スピードで走り出す。大倉は十分に引きつけてからミサイルを撃ち込み、それを木端微塵に吹き飛ばした。
さくらは山岸舞子に向けて叫ぶ。
「こっちです! 乗ってください!」
山岸舞子はフッと笑い、
「命知らずな子ね」
と呟いた。
左手に弓を能力で作り出し、もう一台のジープを射抜くと燃料が炎上した。
そのまま走って赤王の背へと飛び乗ると、さくらに背を向けた状態で立ち上がり、弓を上空へと向ける。
「走らせても大丈夫よ!」
「わかりました!」
赤王が走り出すと、上空のヘリコプターが追ってきた。
「その程度で、あたしたちをどうにかできると思ったのかしら。甘いわね」
山岸舞子――いや、ヴィーナスの弓から矢が放たれる。
矢はまるで流星のような速度で、ヘリコプターの操縦席から後部へと一瞬で突き抜け、大爆発を起こした。
軍の猛攻は止まらない。村や山に向けて迫撃砲の発射を開始した。
山は爆風で地面ごと吹き上がり、村の家々の破片が広がっていく。
山岸舞子は赤王から飛び降りると、山へと走り出した。
「山岸さん! 危険です!」
「村の人たちが山小屋にいるのよ!」
大倉は、待機していた軍の中の一台のジープに追われ、一旦後退を余儀なくされる。
さくらは激しい迫撃砲弾が降り注ぐ中、ヴィーナスの後を追って必死に走った。
やがて砲撃が止むと、斜面の下からライフルを構えた歩兵部隊が続々と登ってくる。
山小屋は辛うじて無事だった。
二十人のライフル部隊が、さくらとヴィーナスに向けて一斉射撃を開始した。
銃弾がさくらのすぐ脇をかすめる。だが、そのうちの一発がヴィーナスの足に命中した。
それでもヴィーナスは立ち止まらない。足を引きずりながら、なおも山小屋へ向かって歩き続ける。
「さすがに、この人数を相手にするのは大変ね。さて、どうしましょうか?」




