仕事が無料に
「お前だな、アホ筋肉と呼んだのは」
さくらは左のベルトにある妖刀田中家の鞘を左手で握りこんだ。右手は右腿の上に軽く開いて置かれている。
ゴリラ男を無視するように、白服の方を向いて話す。
「あたしさ、すっごく頭が悪いんだよね。覚えられないの。だから、イメージで名前を覚えることにしてるんだ」
さくらが入口近くにいる三人を右手で指す。
「あの細い人いるでしょ。だから糸ってあだ名。その人は菊ちゃん。理由は聞かないで。白い服の人が王子崩れ」
ゴリラ男の顔を見てニッコリ笑う。
「で、あなたがアホ筋肉」
ゴリラの手がさくらの顔を掴もうとするが、手からすり抜けた。
さくらが木の床を蹴って、座っている椅子を後ろに滑らせたのだ。
「竜!こんなやつら、キメラに比べたらチョロいよ!」
さくらの右手がすっと刀の柄にかかる。
「やめろ!! さくら!!」
竜が立ち上がる。
「やれやれ、さくら、これは貸しだぞ」
「白服の部長さん、あんたらだろ、銀行に張り紙してたの。『輸送馬車護衛求む』っての。いい金額だったが、俺とこのさくらが無料でやるから許しちゃもらえねえか?」
ゴリラ男が口を挟む。
「許す? ハッハッハッ、できるわけないだろ。二人とも首グルグルの刑だ」
「俺はよ、部長さんに聞いてんだ。なあ、部長さん。いや、元賞金稼ぎの木山さんよ」
木山が無表情で答える。
「そいつは自称リボンの竜だ」
ゴリラ男が木山に尋ねた。
「誰なんです?」
「その帽子を見ろ。変態ウィザードだ」
「そういえば……その魔女の帽子……」
ゴリラ男は驚いて二歩下がった。
椅子に座っているさくらの肩に、竜は右手を置く。
「で、こいつが今の相棒、変態剣士のさくらだ!!」
キョトンとするさくら。
「え??」
ゴリラ男はさくらを見て、さらに二歩下がり口を開く。
「変態コンビ……」
目を丸くして驚くさくら。
「りり竜!! なぜ、ああああたしが変態剣士になってるのよ!!!!」
ゴリラ男に向かって叫ぶ。
「二歩下がるな!」
さくらは竜の耳元で小声で伝える。
「この場を切り抜けるためだ。喧嘩を売ったのはさくらなんだから我慢しろよ」
「いやよ! 噂が広がったらどうするのよ!」
木山の無表情な返答が続く。
「無料だな。それなら不問にしよう。集合場所は張り紙に書いてある。遅れるなよ」
木山は「行くぞ」とだけ言って、入り口のドアへ歩き出す。
緑の制服の三人が後に続き、店を去っていった。
さくらは立ち上がると、首の骨を折られ、テーブルに頭を載せて死んでいる男に近寄っていく。
「あんたのせいで、仕事が無料になったじゃない」
男の顔は後ろまで回っていたが、上半身を起こすと両手で顔を正面に戻した。
それを見た客がヒッと声を上げる。
男はさくらの方を向いた。
「お嬢ちゃんにはバレてたか」
「首の骨と一緒に背骨も回しただけでしょ。音はどこかの関節を外しただけ。それより、こんなことになったのは、あんたのせいなんだから、護衛料あんたが払ってよ。竜に借金があるから、早く返済したいのよ」
店の中がざわつく。
「あの変態ウィザード、金を貸して少女を弄んでるんだぜ」
「噂じゃ腕利きだって聞いてたが、本物の変態だったんだな」
竜が叫ぶ。
「ちがーう!! さくらとはフィフティフィフティの仲だ!! それに、俺はリボン竜だ!!」
店がさらにざわつく。
「あいつ借金させて、かわいい紐で縛ってるんだぜ」
「やっぱりド変態ウィザードだな」
竜は肩を落とし、うなだれた。
「もういい」
それだけ言うと、竜は店を出て行った。
「待ってよ竜!!」
さくらが追いかける。
肩を落とし下を向きながら歩く竜の、気の抜けた声。
「さくら、もう借金返さなくていい。もう二度とこんな目に遭いたくないからな」
「もう、落ち込まないで。ちゃんと借金返すから。竜がいなかったら、あたし一人じゃ何もできなかったんだから、感謝してるよ」
「……」
「いいこと思いついた。元魔法少女の誰かなら、きっと記憶を消せるはずよ。竜のこととあたしの変態扱い、消してもらいましょうよ。これでリボンの竜の記憶だけが残るわ」
竜の顔が輝く。
「それはいい考えだ。よし、そうしよう」
「あの木山って知り合いなの?」
「あいつとは面識がある。政府の高官に取り入るため、賞金稼ぎ時代に汚いことをしていたという噂が耳に入ってたんだ。政府で働いていたとは知らなかったがな」
「ごめんね竜。あいつらを見てたらかなりムカついたんだ。ほんとにあの人が首を折られてたら、あたし止まらなかったかも」
「さくらのいた世界は平和だったようだが、ここじゃ人が死ぬことなんて日常茶飯事だ。いちいち怒って政府に逆らってたら、高額の賞金首をかけられちまうぜ」
「そうなんだよね。わかってるんだけど……」
「終わったことはしょうがねぇ。木山のところに行くか」
◇◇◇◇◇
募集に書いてあった集合場所は、治安部隊の建物の中にある室内闘技場である。
すでに三人が先に着いていて、竜とさくらは最後に入った。
三人のうちの一人、スキンヘッドのレスラーのような男が声をかける。背丈は平均よりやや高い程度だ。
「俺たちは自己紹介が終わったところだ。俺はガン鉄」
中肉中背で、目が半分髪に隠れている物静かな男。
「佐々木だ」
カウボーイハットを被った、筋肉質で背の高い、背中にライフルを背負った男は陽気そうだ。
「ライフルマンだ」
竜が自己紹介を始める。
「リボンの竜だ」
さくらは場違いな場所に来たと思い、小さな声で名乗る。
「さくらです」
ライフルマンが竜に尋ねる。
「その娘は竜の女か? それにしては幼い……そういう趣味か。まあ、趣味は人それぞれだ」
闘技場の入口から声がした。
「その娘は変態剣士のさくらだ」
木山だった。
三人がさくらを見る。
ガン鉄が目を輝かせた。
「噂になってるぜ。少女が治安部隊に喧嘩を売ったって」
それを聞いたさくらは、竜の鳩尾に腰の入ったパンチを入れる。
「広まっちゃったじゃない。16歳の少女が、これから変態剣士って呼ばれるのよ!!」
さくらの目には涙が浮かんでいる。
竜は鳩尾を押さえてうずくまった。
佐々木が静かな声で言う。
「幼虫が蛹になり、蝶になることを変態といいます。進化しているのですよ」
「嬉しくない!! 変態は変な人って意味なの!! 性的な意味もあるんだから!!」
佐々木は力のない笑顔で言う。
「心の持ち方だよ」
さくらは意味が通じないのを抑えきれず叫んでしまった。
「ウギッーーーーーー!!!!」




