街への貢献
結局、ベイリーが人目を気にせずできそうな仕事は一つしかなく、ロンドンの下でウエイターとして働きつつオーガストを見守る、という依頼を受けるしかなかった。
生活費や今後の旅費を稼ぐためには仕方がないとはいえ、業務内容は監視と報告だ。毎日のように顔を合わせるオーガストの動向を把握するのは容易いが、年ごろの少女――ベイリーと同年代である――を観察しなければならないというのは心苦しいし、彼女のあずかり知らないところで依頼主である両親へ報告しなければならない罪悪感が、すでにベイリーの背に重くのしかかっていた。
「はぁ」
憂鬱な気分で部屋に戻ってきたベイリーは、枕元のメモに気づき腕に抱えていた荷物をベッドに置いた。
メモには短く必要な単語のみが走り書きされていて、ベイリーは一瞥しただけで足早に部屋を出た。
「無花果」がある通りから少し離れた場所にある広場にやってくると、一心に木の棒を振るウイとそれを見守るダンデライオンの姿があった。その隣にはオーガストの姿もあり、鍛錬に勤しむウイをやんややんやと応援している。
「仕事は見つかったか?」
誰よりも早くベイリーの接近に気づいたダンデライオンから声を掛けられ、ベイリーは首肯する。
「一応」
「そうか。ベイリーが難しそうなら、俺が働きに出てもよかったんだぜ?」
「お前にはウイの特訓があるだろ」
「さすがに四六始終やってるわけじゃないからな」
ダンデライオンの隣に並ぶと、オーガストがダンデライオンの影から顔を出す。
「いい仕事あったの?」
「いいか悪いか、って言ったら微妙だな」
ベイリーは少し考えたのち、どうせ今日のうちに判明してしまうのだからと、「無花果」のウエイターとして働くことを伝えた。
ダンデライオンは僅かに顔をしかめ、オーガストは「ええ! それって私の仕事が半分になっちゃうってこと?」と頭を抱える。
必死に素振りをしていたウイもオーガストの悲鳴には耐えられなかったようで、持っていた棒を下ろしその場に座り込んだ。
「腕いたいぃ」
「おうおう。よく頑張った。手のひらもよく冷やせ」
すかさずダンデライオンが冷たくした濡れタオルをウイに手渡し、小さな背中を労わるように摩る。
「魔法小瓶の魔法で冷やしたタオルだから、しばらくは冷たいままだぜ」
「うん」
ウイのフォローに気持ちを切り替えたダンデライオンに対し、オーガストは複雑な表情を浮かた。
「えー。同僚は嬉しいけど、ええー」
「なんか、ごめんな」
「謝ることじゃないけど、おじさん、募集かけてたってことでしょう?」
私がいるのに、と目に見えて落ち込むオーガストに、ベイリーは慌てて言葉を繰り出した。
「えっと、あれだ。男手が欲しかったらしい。だからウエイターではあるが、どちらかというと力仕事専門みたいなところがあって」
「そうなの?」
「ああ。オーガストに重たい納品物とかを運ばせるのは忍びないって」
でまかせではあるものの、紳士的なロンドンなら言葉にしていても違和感のない言い訳を並べると、オーガストの表情はみるみる明るくなっていった。
「そっか! それなら、確かに。私じゃ持てないものはおじさんにお願いしてたけど、これからはベイリーさんにお願いできるのね!」
「ああ。任せてくれ」
「ベイリーに持てないものは俺が持つから、そん時は俺を呼べよ」
両手をタオルで冷やすウイを右腕に抱え、左手に持った木の棒で肩を叩きながら、ダンデライオンはにやりと笑う。
「俺はそんなひ弱じゃない」
「分かってるって。俺の出番は、カウンター奥の金庫を動かす時くらいだろ」
例えとして挙げられた金庫は、「無花果」のカウンター奥に置かれた重厚感あふれる鉄製のものだ。ロンドン曰く「無花果」の経営資金が入っているとか。
中型の金庫だが、大人二人がかりでようやく持ち上がる程度の重さはあり、暗証番号と鍵の二重ロック式だ。そのため早々持ち去ることも開くこともできないが、中身はたいして入っていないので、たとえ持ち去られても金庫代の方が痛いくらいだという。
「あれって、動かせるの?」
「俺とロンドンなら、一人で動かせる」
自信たっぷりに言うダンデライオンに、オーガストは訝しげな眼差しを向けるが、ベイリーとウイは特段驚かない。
砂の民は過酷な環境に適応したおかげか恵まれた体躯を持ち、並外れた持久力や力持ちとして知られる。
そしてダンデライオンは砂の民であり、噂に恥じぬ現実離れした怪力の持ち主なのだ。
「ダンデライオンなら持ち上げるだろうな。でも、ロンドンも?」
「あいつは普段からヘラヘラしてるが、相当だぜ」
首を傾げるベイリーにダンデライオンは仏頂面で答える。
「とんでなく力が強いのは、あいつが番犬って恐れられてる理由の一つだろうよ」
ダンデライオンが歩き出したので、一行はゆっくりと「無花果」に向かって歩を進める。
途中、すれ違う顔見知りにオーガストが笑顔で挨拶し、住人もにこやかに挨拶を返していた。
「オーガストはロンドンと違って住人に好かれてるんだな」
「最初はすごく心配されたし、避けられたりもしたんだけど。お買い物とか、井戸端会議とか、顔を出すたびに挨拶してたら、受け入れてもらったみたい」
遠目に目が合った子どもに手を振りながら、オーガストは胸を張る。
「それに、なにも悪いことしてないもの」
「無害だってわかったんだろ」
「そうよ。むしろ有益なのよ」
からかうようなダンデライオンの言葉にも大きく頷き、いかに街へ貢献しているかを話し始める。
「無花果」ウエイトレスとしての仕事はもちろん、紅茶の売り込みや、買い物ついでに住人のおつかいをこなしたり、街の清掃ボランティアに参加したりと、勉強の時間は確保しつつ、最大限街のために働いているのだ。
今日もこの後は商店街の町内清掃に参加する予定だという。
「おじさんはこういう、ご近所さんとのおつきあいを放置してたから、あんなにも誤解されているのよ」
「そういう面もあるかもな」
ベイリーは曖昧な笑みを浮かべ、ダンデライオンとウイと視線を交わした。
一口解説:清掃ボランティア
リトルフィグでは、「美しい街を保とう!」というスローガンで毎週のように住人による街の清掃が行われている。
その効果もあり、リトルフィグは裏路地まで明るいと評判で、砂漠にある街としては珍しく女子供が一人で歩いても安全といわれている。




