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カラスは不死鳥のためにうたう  作者: 荒上やぎ
ブリッケンの吐息
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ギルド・インリークオ

 リトルフィグの象徴的な湖、フィグ湖は街の北西にあり、リゾート開発の要といっても過言ではない。

 その沿岸には多くのホテルや民宿が軒を連ね、時期によっては宿泊客が湖の畔を貸し切っていることもある。

 一方、観光業が栄える前から湖を生活の一部として活用していた住人のため、地元向けに開発を禁じられた区画もある。

「それが、北区の一部ってわけだな」

 街の管理を請け負いつつ、仕事の斡旋も行うギルドで街について話を聞いていたベイリーは、手元のパンフレットを揺らし壁に飾られた街の地図を眺める。

「クルグ地区は漁が盛んですので、砂漠では珍しく新鮮な魚料理を堪能できますよ」

 皺ひとつない清潔な制服を身にまとった案内係は、にこやかにおすすめの食事場所や観光地を提案していく。それに相槌を打ちつつも、ベイリーはギルドの片隅にある求人掲示板の前へ移動する。

「観光よりも、お仕事をお探しですか?」

「ああ。しばらくここに滞在する予定で」

「ギルドメンバーでない場合は、青い印をつけられた求人が対象ですね」

 ホテルのフロントから使用人、街の清掃員、レストランのホール係、フィグ湖の赤藻駆除。様々な仕事がずらりと並ぶが、どれも多かれ少なかれ人と関わる仕事ばかりだ。

 安全を保障されているとはいえ、人と関わり自身が繋ぎ人だと露呈すれば、再び逃亡生活を余儀なくされる。ヘデラから追われている身であり、いつかはこの地を離れなければならないことは理解しているものの、少しでも安定した生活を送るため用心に越したことはない。

 案内係は掲示板の前で考え込むベイリーの頭からつま先までを眺め、そしてもう一度、ベイリーの頭に巻かれた布からはみ出る髪を見て「もしかして、番犬様のところで宿泊されていますか?」と小首を傾げた。

「ああ。ロンドンのところで世話になってる」

「そうでしたか。でしたら、うってつけのお仕事がありますよ」

 そう言って案内係は一度その場を離れると、両手に荷物を抱えて戻ってきた。

「お仕事は、『無花果』で働く少女、オーガストさんの見守り役です」

「え?」

「依頼主は彼女のご両親です。僻地で暮らす娘を見守る人材を見繕ってほしいとのことです」

 困惑の表情を浮かべるベイリーだが、その空気をものともせずに案内係は淡々と続ける。

「もうすでにご存じかと思いますが、番犬様は大変威厳のあるお方。なかなか、彼の目と鼻の先で働きたいという人間がいなくて」

 すでに番犬ことロンドンの世話になっている、かつ「無花果」の二階で寝泊まりしているベイリーならば、断る由もない。

 そう語る視線に押され、ベイリーは頬をかく。

「見守り役って、それこそ、オーガストの雇い主であるロンドンが保証人みたいなもんだろ」

「いいえ。オーガストさんのご両親が危険視しているのは、番犬様ご本人です」

「ええ……」

 だったら、さっさと娘を連れ戻せばいいじゃないか。というベイリーの思考をしかと読み取った案内人は「ご両親はお嬢様を大変に可愛がっているので、彼女に嫌われるようなことはしたくないのだとか」と僅かに肩をすくめた。

「依頼はとても単純です。娘に変な虫がつかないように見張ること。一週間に一度、娘の様子を伝える報告書を提出すること。以上です」

「とんだ箱入り娘じゃないか」

「どちらかというと、子離れができない大人と、自立を試みる子どもです」

 ぴしゃりと言われ、ベイリーは目を丸くする。

「契約上、依頼主のお名前をお伝えすることはできませんが、リトルフィグに長期休暇で毎年訪れる太客です。彼ら家族のためのスイートルームがロイヤルガーデンホテルにあるくらいなんです」

 ロイヤルガーデンホテルといえば、リトルフィグで最高級のリゾートホテルだ。豪華絢爛な建物や手厚いサービスはさることながら、その一番の目玉はフィグ湖を眺望できる人工プールだろう。気温が下がる夜間でも楽しめるよう、温水も出るようになっているとか。

 リトルフィグに唯一存在するギルドの案内係ですら、地元最大のホテルの全容を知らないという事実にベイリーが怪訝な表情を見せると、案内係は頬に手を当て嘆息した。深く、疲れた吐息だ。

「あそこは、従業員になるには厳しい審査が必要で。ここの住人は書類審査すらしてもらえなかったんです。なので、大体が沿岸部から派遣された人間で構成されています。そういうことで、我々でもあのホテルのことは詳しくないのです」

「それは、遺憾なことだな」

「本当です。我々の土地に立ち入るなら、そのルールに従ってもらいたいところです」

 はあ、と再度ため息を吐き、案内係は気を取り直して手の中の荷物をベイリーに差し出した。

 荷物を広げてみると、白い半袖のワイシャツに黒のスラックス、アームバンドや蝶ネクタイなど、観光街で見かけたウエイターの制服の一式が揃っている。

 問いかけるような視線を向ければ、案内係は笑顔で頷いた。

「『無花果』の制服です。ウエイターとして働きつつ、オーガストさんの見守りをしてください」

「ええ……。さすがに、ちょっと」

 お世話になっている店のオーナー兼大家であるロンドンの目と鼻の先でオーガストを見張るという行為は、彼らの信用を裏切る行為に値するのではないかと、ベイリーは懸念する。

「それに、『無花果』の業績は芳しくないはず。もう一人従業員を雇うほどの余裕はないと……」

「ああ、それならご安心を。『無花果』で働く際の報酬も、依頼主から出ますので」

「じゃあ、ロンドンの説得はどうするんだ」

 たとえ自身の懐を痛めないとして、自分の意図しないところで勝手に従業員を増やされても、ロンドンはいい迷惑だろう。

 ベイリーの主張に、案内係はにこりと笑う。

「そこもご安心を。この依頼が我々のギルドに舞い込んでいることを、番犬様はご存じです。その上で、彼の下で働きつつオーガストさんを見守れるような方がいるならば、ぜひ斡旋してくれ、と許可を得ています」

「ええ……」

「番犬様はオーガストさんのご両親の心配はごもっともだと、理解されているのです」

 とはいえ、オーガストの監視のために「無花果」で働く、つまりロンドンと同じ屋根の下で働かなければならないという条件は、高報酬だとしても人を寄せ付けないことも重々理解していた。

「早々この依頼は受けられないだろうと踏んでいらっしゃったのです」

「そんなに恐れられているのか?」

 ベイリーは、ロンドンとの短い自己紹介を思い出す。

 番犬のあだ名で通っているロンドンは、リトルフィグの治安維持を担っていて、警備員やパトロール隊などの総括をしているという。

 人員の多くはギルド「インリークオ」から斡旋されていて、ロンドン個人で雇っている人間はごくわずからしい。そのうちの一人がオーガストだが、彼女に関しては趣味の範疇で経営している喫茶店の従業員なので、治安維持とはまったく関係ない。

 街で発生する小さないざこざから窃盗や暴行などの犯罪行為まで、街の平和を守る集団のトップに君臨することから、街からは番犬と称されているのだと、ロンドンは可笑しそうに説明した。

 また、彼には特別な力があり、最終手段としてその力を使うこともある、とのことだ。

「ロンドンの、特別な力っていうのが、住人を怖がらせているのか?」

 少なくとも、ベイリーにはロンドンが近寄りがたい人には思えなかった。こちらを見通すような、すべてを知っているような、少し異様な雰囲気を持ってはいるものの、人当たりのいい中年男性といった印象だ。

 ベイリーの言葉に、案内係は肩を落とした。

「たしかに、番犬様はにこやかで紳士的な方。それに、この街の安全を護ってくださる方です。しかしその一方で、この街に仇名す連中には容赦がなく……。本当に容赦がなくて。その姿が人々を恐怖させているのです」

 警備体制が出来上がっているリトルフィグでは、ロンドン自らが手を下すような事件は早々起きないが、起きれば最後、現場を目撃した住人が腰を抜かし、ロンドンの姿を視界の隅に入れただけで家に逃げ込むような事態になるのだ。

「最後に番犬様が力をお使いになられたのは、もう八年前になります。ですが、一度生まれてしまった恐怖心はぬぐえないものです。住人たちは、彼に近寄らないことが最善だと思うようになっているのです」

「ちなみに、あなたは?」

「私? 私はなんとも。ただ、番犬様のお眼鏡にかなうよう働くだけです」

 このギルドがリトルフィグで活動できるのも、ロンドンの許可があってこそなのだから。

 多大な影響力をもつロンドンに喧嘩を売るような真似はしないと、案内係は淡々と言った。

一口解説:ギルド・インリークオ

リトルフィグに唯一存在する大型ギルド。

街の管理や人材斡旋を請け負う一方、観光案内所としての役割も持つ。

直接口を出すことはほとんどないが、実質ロンドンが管理していると言っても過言ではない。

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