ベンジャミン
「でも、大事にしているならなおさら、正体を明かしておくべきだと思うけど?」
「ベイリーが転生者だと決まったわけじゃない」
「俺にはわからないけど。十中八九そうでしょ」
年長者の勘か、分からないという割に、ロンドンの声には確信が滲んでいた。
「たとえそうだとしても、生まれ変わりだからベイリーを気にかけてるとか、好きになったとか、一ミリでも思われたくないんだよ」
「だけど実際は、彼がそうだから惹かれたんだろう?」
ロンドンの指摘に、ダンデライオンは足元に視線を落とし、呻く。
事実、ベイリーと初めて出会ったとき、その姿を見てダンデライオンは彼が火の精霊祖ビタナスブリッケンの生まれ変わりであると直感した。それと同時に、精霊の加護を受けている繋ぎ人であることも見抜いた。
とはいえ、ベイリーに精霊祖の生まれ変わりだという自覚はない。精霊祖の存在すら知らなかったのだ。そんな彼に、昔々、ダンデライオンの前身たちが大恩を受けたからといって近づくわけにはいかなかった。
「だから砂の民として繋ぎ人を敬う形が一番、当たり障りなかった」
「お前さん、砂の民だったのか」
うっすらと伸びた顎髭を撫でながら、ロンドンは小首を傾げる。
「そうすると、その刺青は魔よけの紋様か」
「不死鳥の刺青だ」
「ふぅん。なるほど。じゃあ、今生は砂の民として生まれたわけだ」
ロンドンの解釈にダンデライオンは雲一つない青空を仰ぎ、そして面倒くさいと言わんばかりの重たいため息を吐いた。
「俺は生来の砂の民じゃない。砂の民に拾われて、砂の民の生き方に倣っただけだ」
砂漠の中で暮らす砂の民には閉鎖的な集落が少なくないが、ダンデライオンが属した一族のように、部外者を仲間に迎えてくれるような集落もある。そのため、生粋の砂の民ではない砂の民も、少ないながらも存在するのだ。
ざっくりとした説明に「そうか。じゃあ、生まれは?」と、ロンドンは自然な流れで問いを投げる。
しかしダンデライオンはその問いに答える気は毛頭なかった。ロンドンの顔を睨みつけて拒絶を示し、腕を組んでこれ以上の深入りを封じた。
そんなダンデライオンの分かりやすい壁の張り方に、ロンドンは苦笑する。
「とにかく、お前さんが砂の民と繋がれたのは幸運だったね」
「幸運?」
「だって、そのおかげで少年に近づけたんだろう? 俺からすればお前さんと少年は、最初から出会う運命だったように見えるね」
ロンドンは煙草を取り出すと、火は点けずに口に咥えた。
「俺たち星座の化身は、星空の意向で生も死も固定されてる。生き方は自由だが、どう頑張っても最初と最後は決められない。それを、そういう星の下に生まれた、とか。運命、と呼ぶだろう」
なるべくしてなるのが運命だというのなら、生まれは違くとも砂の民として生きてきたダンデライオンが、繋ぎ人として生まれたベイリーと出会ったのは、運命以外の何物でもないのではないだろうか。
静かに語られるロンドンの持論に、ダンデライオンは目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、不遇な幼少期を過ごすダンデライオンを養子として迎えてくれた育ての親、ベンジャミンの顔だ。
赤髪にほの暗い紫色の瞳を持った男。新たに生まれてきたカラス座の化身が、星に定められた呪われた人生を歩まないよう手を差し伸べてくれた恩人。
ベンジャミンは繋ぎ人でもなく、砂の民でもなく、星座の化身でもない。普通の人間だったが、その魂は火の精霊祖ビタナスブリッケンのものだった。
ベンジャミンの死後、輪廻の輪を巡り再びこの地に生を受けたのがベイリーだ。
遠い昔、ベンジャミンとダンデライオンが出会ったのは偶然であったが、ベイリーとの邂逅を思えば、すべては必然だったのかと思えてくる。
「俺たちの関係を、運命とかいう言葉で片づけられるほど簡単だったら楽だがな」
ビタナスブリッケンもベンジャミンもベイリーも、全員が同一の魂を持つわけだが、生まれも育ちも生き方も、人種も性格も信念も違うまったくの他人だ。生まれなおす度に同じ姿、同じ性格、同じ境遇を持つ星座の化身とは違い、それぞれの価値観がある。
「ま、複雑な事情があることはよくわかったよ」
ダンデライオンが物思いにふけている間に火をつけた煙草を深く吸い、空に向かって紫煙を吐き出しながら、ロンドンはトンと灰を落とす。
「執着を持った化身は面倒くさいね」
「同感だ」
「それで、結局どうするの? 少年たちには俺が星座の化身の怪物で、ケルベロスだって正直にお話していいの?」
そろそろお開きにしようとロンドンが尋ねれば、ダンデライオンは苦しそうに顔を歪めて呻いた。
「少年が精霊祖の生まれ変わりってことは伏せて、星座の化身だってことくらいは言ってもいいんじゃない?」
今にも頭を抱えそうなダンデライオンに助言すれば、しばらく沈黙したのち、小さく頷いて顔をあげた。
「そうだな。あの姿は見せられないが、それくらいなら」
「おじさんとしては気になるけどなぁ。カラス座の姿。なかなかぶっ飛んだバケモノだって、噂には聞いてるけど」
「そういうお前はどうなんだ」
「ふふ、俺はどう頑張ってもただのでかい犬だよ」
携帯用灰皿に煙草を詰め込み、ロンドンはヒデリヤシの木陰から出る。その後ろ姿に続いて、ダンデライオンも日の下に踏み出した。
「とりあえず、彼らには適当に説明するから、お前さんはタイミングを見て話すといいよ」
「ああ」
「ところで、ずっと持ってるそれはジュミリリョンかい?」
喫茶店の扉に手をかけたロンドンの指摘に、ダンデライオンは感心したように左肩を上下させると、紐で雁字搦めにされている機械がゆっくりと揺れる。
「こいつが何か言い当てられたのは、あんたが初めてだ」
旅の途中、スクラップとして買い取るとか、他の大型機械の部品じゃないのかとか、さまざまな言い分で興味を示した商人や通行人はいたが、ついぞこれがジュミリリョンだと見抜いた人はいなかった。
僅かだが気分の上昇を伺わせるダンデライオンの声音に、ロンドンは笑顔を浮かべる。
「街の外れに腕のいい機械技師がいるから、修理したいなら相談するといい」
扉を開くと、軽やかな鈴が鳴る。
店に戻ってきたダンデライオンたちに真っ先に駆け寄ってきたのは、カウンター席でお茶を嗜むベイリーとウイと一緒に焼き菓子を食べていたオーガストだった。
「すごい長話だったけど、何を話してたの?」
「それは男同士の秘密。それより、ちゃんとお客さんをもてなせた?」
ロンドンはカウンターに並んだ三人分の茶器とオーガストを見比べる。
「もちろん。ローズさんたちが是非って言うから、私も一緒にお茶してただけよ」
「ローズさん?」
「ベイリー・ローズ。それと、可愛いウイ・リビングストン。で、そちらの方がダンデライオンね」
オーガストの紹介に合わせて、ベイリーとウイはロンドンに会釈する。
ロンドンも二人に軽く頭を下げると、にこやかに自己紹介を済ませた。
「俺はロンドン。ロンドン・オナーだ。この街では『番犬』で通ってる。よろしくね」
一口解説:星座の化身の寿命
星座の化身の寿命はまちまちで、一般的な人間と同等である化身もいれば、
何百年という年月を平然と生きる化身もいる。
中には、寿命自体は長いものの、定められた死のせいで早々に命を散らす化身もいる。




