星座の化身
ダンデライオンは改めてロンドンの頭からつま先までを眺めるが、せいぜい四十代後半くらいにしか見えない。それも黒髪よりも白髪が多いせいか、パッと見たときに暗い灰色のような曖昧な髪色からくる印象に過ぎない。
「何年生きてるんだ」
「さあ、数えてないからね」
「俺は百年を超えたくらいだ」
「それなら、俺の方がずっとずっと先輩だね」
短くなった煙草の吸殻を携帯用灰皿に押し込み、ロンドンはサングラスをわずかにずらしてまっすぐとダンデライオンを見下ろす。
体の大きい砂の民の中でも長身であるダンデライオンだが、ロンドンはそれをわずかに上回る。憎々しく視線を合わせると、サングラスの黒に隠されていた金色の瞳と目が合う。
「『烏』の噂は聞いたことあるけど、きみを含め実際に会うのは初めてだよ」
「だから」
「ああ、わかった。ダンデライオンね」
ダンデライオンの鋭い声に、ロンドンは肩をすくめる。
「不死鳥の力をもってるって、ほんとうかい?」
「イチカワと知り合いなら、知ってるんだろ」
「その、イチカワっていうのが蒼ポンチョのことなら、そうだね」
楽しそうに首肯しながらロンドンはサングラスをかけなおす。
「あいつとはどういう関係なんだ」
「ただの知り合いさ。お互い……まぁ向こうは果てしなく年上だが、長生きだからね。それに、蒼ポンチョは『白鳥』を牽制してくれてるわけだし」
「白鳥」の一言を耳にした途端、ダンデライオンは震えあがり鳥肌が立った両腕を抱えるように腕を組んだ。
「その名前を言うな!」
「ええ、じゃあ、アライン・スミス?」
「その名前もだ!」
「そんなに怯えることないだろう? 彼は俺たち星座の化身の後見人で、危害を加えてくるわけじゃない」
「うぐ……」
星座の化身。
ダンデライオンがベイリーやウイたちに一番知られたくない真実だ。
主に北の大陸で生を受ける特殊な人種、それが星座の化身と呼ばれる存在である。
南大陸で精霊との強い結びつきを持つ繋ぎ人が生まれるように、北の大陸では天空の星々と強い結びつきを持つ星座の化身が生まれる。しかし南大陸で繁栄した精霊に起源をもつ繋ぎ人と違って、星座の化身はこの星のどこにも起源をもたない。星座の化身は、この星を見下ろす夜空の視線の先で生まれる、一種の異星人といえるのだ。
ロンドンのように星座ではなく星空に語り継がれる神話の怪物の化身も、夜空に輝くカラス座の化身も、総じて星座の化身と呼ばれるものたちは地上に生まれ落ちたその瞬間から、正体をひた隠し生きている。
それぞれ星や神話由来の特殊な力をもってはいるものの、基本的に人類と足並みをそろえて生きている中で、頭一つ抜けて特別なのが「白鳥」ことハクチョウ座の化身であるアライン・スミスで、彼はすべての化身たちの生涯を監視するただ一つの存在だ。
「あいつは呪われた俺たちを助けてくれない。いつだって、不死鳥だけが、俺たちを救ってくれる」
「きみたちの境遇には、同情するよ」
「……とにかく、あいつの名前を出すな。俺はあいつが大嫌いだ」
「分かったよ。俺としても、彼にはあんまりいい思い出はない。少なくとも、南流しされた連中はみんなそうでしょ」
新しい煙草を箱から出そうとするも、ダンデライオンに睨まれロンドンは苦笑して諦める。
「じゃあ話を戻すけど。ここのオアシスは、俺がまだ年増もいかない頃から住んでてね。小さな村だったところから今日にいたるまでの発展を見守ってきた。蒼ポンチョとは、ちょうど南北魔法戦争が始まったあたりで知り合ってね。ここの水源を保障してもらう代わりに、彼の要望を聞くように交渉されたんだ」
「あいつの要望?」
「このオアシスは、繋ぎ人を護る要塞であれって」
何人たりとも繋ぎ人を害することを許さず、その意思を持つ者の立ち入を許すこともない。そういう場所であり続ける限り、砂漠化が進む中でも豊かな水源を保障すると、イチカワは約束したのだ。
ロンドンは街の東西に聳え立つ巨大な石門の方向を両手で指さすと、その双方に刻まれた魔法陣や魔法式の一部が偉大なる魔女、リリー・アンバー本人によるものだと説明する。
「最初の魔女の?」
「そう。最初の魔女のリリー・アンバー。あいにく、俺は彼女に会うことができなかったが、蒼ポンチョの頼みなら断らないってことで、街に結界を張ってくれたんだよ」
南大陸に初めて現れた魔女とされるリリー・アンバーが、数百年前に存命だったことにダンデライオンは驚きを隠せない。
南北魔法戦争は三百年ほど前、大海の真ん中に浮かぶ諸島で水を巡って起きた内乱から戦火が急激に広がり、世界を巻き込みその後八十年近く停滞と激化を繰り返した忌まわしい戦争だ。
「リリー・アンバーはこの国が建国される前、白紙の歴史時代の魔女だろ?」
「そういう説もあるし、建国後に現れたって説もある。少なくとも、蒼ポンチョの知り合いだから、長命だろうさ」
ゆっくりと日陰が動くのに合わせて、ロンドンは立ち位置を少し変える。
「まあ、そんなこんなで、精霊王と偉大な魔女の魔術のお陰でこのオアシスは守られてるわけだ」
「どういう結界なんだ?」
「リリー・アンバーの結界は、俺の正体を外へ持ち出せないっていう、記憶に干渉する魔法だ」
オアシスを護るため姿を変えたり、大暴れするロンドンを目撃しても、リトルフィグの敷地から一歩でも外へ出るとその記憶が抹消されるようになっている。
「だから、俺は自分の正体を隠してないってわけ」
当然、街から出ない限り目撃してしまった記憶は残るので、街からほとんど出ない住人たちはロンドンを街を守る「番犬」として頼りにしていると同時に、恐ろしい地獄の番犬――ケルベロス――として遠巻きにしている。
喫茶店「無花果」は立地もよく、ひと時の休憩所としてちょうどいい場所なのに閑古鳥が鳴いている理由を察し、ダンデライオンはその店で働く少女オーガストに同情の念を抱く。
あの無邪気さから、彼女はロンドンの本当の姿を知らないのだろう。
「その結界は、俺も通用されるのか?」
僅かに逸れた意識を本題に戻し、魔法陣が記憶の持ち出しを禁止する対象がロンドン個人に限るのか、それとも星座の化身という括りなのかダンデライオンが尋ねれば、すぐさま「星座の化身だよ」と答えが返ってくる。
「だから、ここでお前さんの正体を明かしたところで、街を出た途端、彼らの中でその真実はなかったことになる」
「つまり、まったく意味のないことだってことだな」
「うーん。外で正体を明かす前に、彼らの反応をあらかじめ確認しておくことはできるんじゃない?」
けろりと出された提案にダンデライオンは顔を歪めるが、ロンドンは今にも殴り掛かってきそうな表情に笑うだけだった。
「そんなになるくらいなら、今からでも街の外に行って、さっさと白状した方が身のためだと思うけど?」
「俺がカラス座の化身で、不死鳥の力をもっている。この事実の重さが、どれほどか理解した上で言ってんのか」
「彼らがただの繋ぎ人なら、別にいいんじゃないって思ってたけど。なるほど、どちらかが特別なんだね」
「……」
「ふふ。少年の方だろう」
核心を突く、を体現するかのように指さされた手をはたき落し、ダンデライオンは奥歯を噛み締める。
「蒼ポンチョの話じゃ、火の精霊祖はカラス座の化身を助けるためにその力を譲渡し、力を失った後は輪廻の輪に溶け込んだと聞く。少年は、巡り巡って生まれ変わった精霊祖なんじゃないか?」
「そんな話をするくらい、お前らは暇らしいな」
「俺はここを離れないからね。同胞の情報を持ってきてくれるのは蒼ポンチョくらいしかいないんだよ」
「どうりで、性格の曲がり方がそっくりだぜ」
「歳をとると、嫌でもこうなるのさ」
クククと笑い、ロンドンは近くにあるテラスの柵に体重を預ける。
「でも彼には負けるよ。一体、どれほどの時を生きているんだろう」
「知りたくもない」
一口解説:南流し
南大陸で暮らす星座の化身の多くは、かつて「白鳥」によって北の大陸から追放された歴史を持つ。
一度でも南大陸へ南流しされた化身は、その後も南大陸で生まれるようになる傾向が強いとされる。
が、化身たちも詳しいことは分かっていない。




