リトルフィグ
リトルマルを早朝に出発した三人は、砂漠地帯北部で最大のオアシス、リトルフィグにきっかり三日で到着した。
地上の水源はもちろん地下水脈がどんどん細くなっていっている砂漠の中にありながら、豊かな水を湛えたオアシスには西門と東門があり、ベイリーたちは朝日に照らされる西側の石門を潜った。
遠目からでも確認できた巨大な石門には魔法陣が彫られていて、なにかしらの機能を果たしているようだった。
石門を通過する際に魔法陣を見つけたベイリーは、隣でウイを右手に抱え、紐で雁字搦めにしたジュミリリョンを左肩に掛けたダンデライオンに魔法陣の解読ができるか軽く聞いてみたが、かなり複雑な魔法らしくダンデライオンは肩をすくめた。
「見えてる魔法陣のほかにも隠された魔法式があるだろうから、無理だな」
「魔法式?」
「魔法陣は円や三角、図形の中に魔法の呪文を込めて発動させる。一方の魔法式は魔女が扱う数字で綴られた魔法の式だ」
「どうちがうの?」
頭を傾げるウイに、ダンデライオンはすらすらと答える。
「魔法陣はそれ単体で強力な魔法を発動させるが、魔法式はいくつもの組み合わせが必要で、一つの式では微弱な魔法しか発動しないんだ。魔法式を図の中で組み合わせたものが、魔法陣だな」
「へぇ。さすが、なんでか知らないけど詳しいな」
魔女でもないダンデライオンの魔法への知識に感心しながら、ベイリーたちは門番に止められることなくリトルフィグの街へ足を踏み入れた。
まばらではあるものの緑に覆われたリトルフィグの街並みは、今まで見てきた街の中でもダントツで豊かであることが一目で分かるほどだった。
道に薄く積もった砂はあれど、道沿いに並ぶ建物は淡い黄色の塗料で美しく塗装され、街の景観に統一感を生み出している。緩やかなカーブを描く道沿いには果実専門店、パン屋、精肉店、加工食品店などの看板が掲げた店がいくつも軒を連ね、青空市場が主流の砂漠では珍しい光景に、ベイリーたちだけでなく同じタイミングでオアシスを訪れた誰もが視線を奪われていた。
街の一つ一つに感心と驚きを露わにしながら大きな道に沿って進んでいると、円形に広がる広場に出る。
広場の中央には小さいながらも噴水があり、ローズガーデンの枯れた噴水とは違い、綺麗な水が滾々と湧き出していた。
「すごい!」
ダンデライオンの腕から飛び降りたウイは噴水へ駆け寄ると、周りに集まっていたほかの子どもたちに混ざって水盤に手を入れ、手のひらいっぱいに掬った水が指の隙間から零れ落ちる様子をうっとりと眺めた。
「水が張った状態っていうのを、砂漠にいるほとんどの連中は知らないもんな」
「すくなくともヘデラには人工の池があったが、水が汚くて近づく気にもならなかったな」
噴水の周りではしゃぐウイを見守りながら、ベイリーとダンデライオンは次の目的地を探して視線を巡らせる。
噴水を中心として円を描くようにして並んだ建物の多くは、テラス席つきのカフェやレストランで、開いたパラソルの下で優雅にお茶や食事を楽しむ観光客が多く見受けられた。
砂漠にある貴重な補給地であると同時に、リトルフィグは沿岸部から近いオアシスでもあるため、沿岸部の富裕層が訪れる観光地として開発が進んでいる。
身綺麗な観光客と砂にまみれた自身の姿を見比べ、そして広場の美しさを再度確認したベイリーは、視界の隅に現れた制服を着た男に嫌な予感を覚えた。
「もしかしなくても、ここって観光客以外立ち入り禁止か?」
「かもな」
ヒソヒソと声を落として話していると、制服の男はまっすぐとベイリーとダンデライオンの前にやってきた。
「申し訳ありませんが、こちらのエリアはドレスコードがありまして」
「ああ、悪いな。街に来たばかりで知らなかったんだ。すぐに退散する」
口ほど申し訳なさそうにしていない男の顔にダンデライオンは笑顔で応え、袖口をぐっしょりと濡らしながら水で遊ぶウイを迎えにいく。
「観光地化してない、砂漠の人間用のエリアってあるんですか?」
「南区あたりが地元向けに残された場所です」
「そうですか。あと、この、番犬? ってなにかわかりますか?」
ベイリーはポシェットから手紙を取り出し、「番犬へ」と書かれた宛名を制服の男に見せる。すると男は目を細め、少し緊張した面持ちでベイリーの耳元に口を寄せた。
「南区で喫茶店をやっている男の愛称です。あの、彼の知り合いで?」
「いや? 知人の紹介で、彼? に会うように言われてな」
「そうですか」
どこか落ち着かない様子を見せる男に小首を傾げていると、肩をグイと引っ張られ、ベイリーはたたらを踏む。顔をあげると笑顔を張り付けたダンデライオンがベイリーを背後から抱えるように立っていた。
「じゃあ、俺たちは行くんで」
にこやかに会釈し、ダンデライオンはウイを抱えていないほうの腕でベイリーの背を押し、さっさと広場を撤退した。
「仕事してただけで、別に悪い奴じゃないだろ?」
ダンデライオンの不機嫌を察しベイリーがたしなめると、ダンデライオンは肩をすくめる。
「単身のサバクライオンは、他の群れとの距離感を間違えれば殺される。砂漠の常識だ」
「大げさな。相手はオアシスの人間だぞ。砂漠の、しかも動物の常識なんて通用しないだろ」
「そうかもな」
悪びれもなくベイリーの苦言を受け流すダンデライオンに、ベイリーとウイは目を合わせ困ったように眉尻を下げる。ダンデライオンがベイリーやウイに近づく他者を過剰に威嚇するのは日常茶飯事で、それが善意によるものだとしても嫌がるので苦慮しているのだった。
しかし何を言っても態度を変えることはないので、ベイリーもウイも諦めつつある。
話題を変えなんでもない雑談をしながら、道すがらに街の住人と思わしき人を捕まえて確認すると、観光地区として整備されているのは南区と一部の北区以外のほとんどの地域で、街の住人でも立ち入る際には身なりを整えて入らなければならないという。観光業に従事する住人が多いためそれを面倒に思うことは少ないが、砂漠を移動する中でリトルフィグに立ち寄るベイリーたちのような旅人には不評らしい。
住人に礼を言い、三人は南区への道をのんびりと進む。
観光地区から離れるほどに、道に敷き詰められた石畳が所々欠けていたり、店の看板が色あせていたり、建物の統一感が無くなっていったりして、庶民的ともいえる風景に変わっていく。とはいえゴーストタウン目前と囁かれる他の砂漠の街に比べれば、「地元向け」と言われているエリアも十分整備されていた。
「まずは喫茶店に行って、この番犬って人に会いにいこう」
「おう。そうだな」
一口解説:リトルフィグの観光化
「フェバーリから馬車三日で到着できる砂漠のオアシス!」という触れ込みで宣伝されている。
沿岸都市から近く、国の政策により魔女の加護が強いため、砂漠の中にあっても安全がそれなりに補償されるということで観光化が進み、
今では街の半分が観光地として整備され、高級宿や娯楽施設が建設されている。




