リトルマル
「もう少し食べた方がいいんじゃないのか?」
比喩ではなく羽のように軽いウイを抱え、ダンデライオンは目先の屋台に並ぶ串焼きを指さす。
すでに彼女の手には余る大きさの揚げパンを少しずつ食べていたウイは、まだまだ大きいままのパンを掲げて大丈夫と首を振った。
ベイリー、ダンデライオン、ウイの三人は、リトルフィグの手前にある町、リトルマルで数日間滞在していた。
ここまで三人の荷物を抱え、足となってくれたロビンのミジャラとエリザベスは、町の端に厩舎を構えるギルド、ミェールに返したが、ウイの強い希望で滞在中は何度か顔を見に通っている。
今日もダンデライオンとウイの二人で厩舎に出かけ、その帰りに屋台の一つで揚げパンを二つ買ったのだ。
沿岸部のように甘い砂糖をまぶしたものではなく、黄金色に揚げたパンの中にジャムを挟んだ、砂漠の市場ではよく見かける菓子パンだ。
ダンデライオンは買った屋台の前で自分の分をあっという間に完食し、腕に抱えたウイを揺らさないようゆっくりと歩いている。
「お兄ちゃんの分は買わなくてよかったの?」
「ベイリーは買い食いをほとんどしないからな。朝昼晩の飯だけでいいらしい」
もとより小食なのか、ベイリーは必要以上に何かを食べることがない。二人で旅をしていた時も、屋台があれば立ち寄るダンデライオンに対し、ベイリーはほとんど見向きもしなかった。
「食べられるときに食べるのが、砂漠で生きる知恵だと思うんだがな」
「お兄ちゃんは、ヘデラにいた時もあんまり食べなかったよ」
「そうか。道理で、細っこいわけだ」
屋台が並ぶ市場を抜け、宿に戻ってきた二人をベイリーの声が迎える。
「おかえり」
ダンデライオンたちとは別行動で、明日の出発に向け買い出しに行っていたベイリーは、町に到着したころには風に吹かれて飛んでいきそうなくらい軽くなっていた麻袋いっぱいに物資を詰め込んでいた。
「ロビンは元気だったか?」
「うん。ふたりともたくさんご飯食べてたよ」
ダンデライオンの腕から降りてベッドに腰かけたウイは、両手に持った揚げパンを食べながら破顔する。
「ミジャラは次のお仕事が決まりそうなんだって」
「あいつは働き者だな」
臆病な気質を持つロビンにしてはかなり肝の据わったミジャラを思い出し、ベイリーは苦笑する。砂の民であるダンデライオンですら足を止め避難を提案するほどの砂嵐の中でも、勇猛果敢に前へ進もうとした出来事は、一生の語り草だ。
「けっこう買ったな」
「ここからリトルフィグまでは三日くらいで着くが、何があるかわからないから、多めに色々買ってある」
「金は足りたのか?」
「ギリギリ。リトルフィグで働き先があるといいんだが」
ベイリーが服の下に隠している巾着袋を振ると、悲しい金属音が僅かに鳴る。寂しい懐具合にウイは眉尻を下げるが、すかさず「食費は別だから心配するな」とダンデライオンが頭を撫でる。
「そうそう。ウイはしっかり食べるべきだ。成長期なんだから」
ベイリーも頷き、ウイに揚げパンの感想を求めれば、甘くて美味しいと笑顔が返ってきた。
「沿岸部の砂糖をまぶしたやつを食わせてやりたいところだ。それよりもっと甘いんだぜ?」
「砂漠で出回るジャムは素材だけの甘さだから、甘さ控えめだもんな」
砂糖を大量に使った甘いジャムは沿岸部であれば流通しているが、砂漠では贅沢品の一つだ。保存食ではあるため旅人なら小さな瓶を一つくらい携帯していることもあるが、それでも珍しい代物だ。砂漠で一般的に流通しているのはサバクイチゴのジャムで、揚げパンの中身はほとんどこれといっても過言ではない。
「リトルフィグは大きなオアシスだ。もしかしたら、砂糖の揚げパンくらいはあるかもな」
ダンデライオンは窓際にある椅子に腰かけると、机の上に広げられた部品をいじり始めた。その足元には、小ぶりな木箱ほどの大きさの機械本体がある。
「明日には出るんだから、すぐ撤収できるようにしとけよ」
「ああ、心配するな」
すっかり部品の整備に夢中なダンデライオンに、ベイリーは肩をすくめる。
ウイなら膝を抱えて座れる大きさの機械は、この町までの道中にダンデライオンが見つけ出した遺物のようなものだ。ベイリーやウイはその正体がさっぱり見当もつかなかったが、ダンデライオンはゴーストタウンの片隅に落ちていた機械を見つけるなり奇声をあげて駆け寄っていた。
曰く、ジュミリリョンという支援用機械だとか。
百年も前に勃発した内戦の際に大量生産され、前線へ物資を供給したり負傷者を搬送したりするために使用されたが、中には爆弾を抱えて適地へ飛び込む特攻を行った機体もあるという。
ダンデライオンが見つけた機体は履帯の部分こそ激しく損壊していたものの、その上にある台座を兼ねた胴体は凹んだり傷がついているくらいで、爆発した形跡もなく原型を留めていた。
胴体の中には機械を動かす部品が詰まっていて、その場で天板を剥がして中身を見せてもらったベイリーとウイは、ただ「すごい」としかコメントできなかった。
どの鉱物で作られているのか定かでないが、見た目よりもずっと重たい機械をダンデライオンは持っていくと言って聞かず、ベイリーと押し問答をしたうえで、結局旅に参加させることとなったのだ。
「こいつはもともと操縦者が必要な機械だったが、その後の人手不足が影響して、自分で思考するよう改良された改良版の可能性が高い」
「へぇ。じゃあ、荷物持ちとして使おうとしても、拒否される可能性があるのか」
このジュミリリョンという名の重たいガラクタを拾うことのメリットとして、修理して起動できれば重たい荷物を載せて移動できる、と言い聞かされていたベイリーは、そのメリットを覆すかもしれない事実に目を座らせる。
「もう少し軽ければ別に文句もないけど、有事に持って走るには重たすぎる」
「ああ、そこは気になるところだ。なんでこんなに重いんだろうな」
簡単には持ち上げられない重量なのは、機械の大部分を形成する鉱物が重いのか、それとも中に詰まった部品が重たいのか。ダンデライオンが少しずつ解体し再設置しながらその理由を探っているが、今のところ正解は分からない。
「魂が宿った機械は重くなるって迷信があるが、それなのかもな」
「やめてくれ。変に愛着が湧いたら捨てるに捨てられなくなる」
「でも、もし生きてるんだったら、ウイは嬉しいな」
揚げパンを食べ終わったウイはベッドを降りると床に置かれた本体のすぐ横に座り、少しひしゃげた天板をそっと撫でた。
「本当は、エリザベスと一緒が良かったけど、エリザベスはほかの飼い主さんの子だから」
砂漠を移動する間にウイとロビンのエリザベスはすっかり仲良くなったが、レンタル業者から借りているだけに過ぎないため、どんなに愛おしく思っていても返却しなければならない。
聞き分けのいいウイには珍しく、ロビンを厩舎へ戻す際には涙を浮かべて激しく別れを拒んだ。
最終的にリトルマル滞在中は毎日二頭の顔を見に行くという約束をしてその場は収まったが、ウイの寂しい気持ちが消えるわけではない。
ダンデライオンは部品の隙間に入り込んだ砂を払いながら、優しく冷たい機械を撫でるウイの丸い後頭部を見下ろす。
「こいつが愛玩に向くかはわからないが、ウイのいい友だちになるかもな」
「そうだと嬉しいな!」
「まったく。ウイを味方につけられちゃ、俺が狭量なやつみたいじゃないか」
「ジュミリリョンが動けば、その便利さに手放せなくなるぜ!」
「そう願うばかりだ」
ベイリーは荷造りを終えた荷物を扉の前に移動させ、ベッドの端に座るとダンデライオンから借りている「不死鳥の歌」の本を開いた。
一口解説:サバクイチゴ
砂漠などの乾燥地でよく見かける野生の果実。
小さな丸い果実は、乾燥させたり煮詰めてジャムにしたり、保存食として重宝される。
葉や茎に無数の棘があるため、夜間の移動の際には注意が必要。




