黄金の国
2026/6/27 加筆
「エリザベスって言うんだって!」
嬉々として言うウイは、鞍も手綱も装備され、すっかり旅立ちの準備ができているロビンに乗って現れた。
その脇にはイチカワとキットがいて、手綱はキットが引いている。
「エリザベスはお嬢さんのこと、好きみたいですよ」
なんとなしに言われたお世辞に、ベイリーはふいと明後日の方向に視線を向け、ダンデライオンはニヤニヤと含み笑いを浮かべて「ウイを嫌う動物なんていないだろ」と頷く。
「リトルマルまでの片道で、二頭セット。代金はわたしがもつよ」
喜びを全面に出すウイを眩しそうに見つめていたイチカワは、ポケットから取り出した袋をキットに渡す。そして長い脚を優雅に進めてベイリーの隣に並んだ。
「どうしたの? へんな顔して」
「別に、変な顔はしてない」
「そう? まあ、いいけどね」
まるでベイリーとダンデライオンの会話をすべて聞いていて、ベイリーの心情を知っているかのような態度にベイリーは口を曲げるが、特に事実の追及はしなかった。
それが、イチカワを助長させると知っているからだ。
「それより、代金は本当にいいのか?」
「お金なんて、持っていてもしかたないからね」
イチカワは目元を緩め、皺の深い口角を持ち上げ柔らかくほほ笑む。
形のいい眉や力強い空色の瞳、ぴんと伸びた美しい姿勢、すべてにおいていつものイチカワからかけ離れた姿に、ベイリーはつい頭からつま先まで観察してしまう。
「誰をモデルにしたんだ?」
「竜の谷で、賞金稼ぎをやってるハンターだよ」
「竜の谷?」
「中央部のいっかくにある場所。あそこは竜の巣があるから、かのじょはそれで生計をたててるんだ」
竜の谷近辺で彼女を知らない人はいないほど、伝説的な存在なのだとイチカワは得意げに鼻を鳴らす。
「お前の功績じゃないだろ」
距離を取りつつベイリーの隣に移動してきたダンデライオンがすかさず噛みつくが、イチカワは三つ編みの毛先を指で弄ぶのに夢中なふりをして無視する。
その態度にダンデライオンはこめかみに皺を寄せるが、諦めて話を戻す。
「竜の谷のハンターって言えば、ジギタリスって女が有名だな」
「知ってるのか?」
「名前だけな。あそこは竜害がひどいから、砂の民でも近づかないんだよ」
「そ。だから、彼女のすがたを借りてもだれにもバレないってわけ」
長身を生かしてポンポンとベイリーの頭を撫でると、ダンデライオンから殺気にも似た視線が向けられるが、イチカワは気にせずベイリーの髪をかき混ぜる。
「さて。無駄話はこれくらいにして、そろそろ出発のじゅんびをしたほうがいいね」
「お前が変なことするからだろ」
「おや? いつもの格好できみたちとお話してもよかったの?」
「いや、それはまずい。姿を変えてくれてありがとうな」
喧嘩腰のダンデライオンとイチカワを物理的に離すようにベイリーはダンデライオンを押し、ロビンの扱いについて説明を受けるウイのもとへ移動した。
「じゃあ、後ろに立つのはダメなんだね」
「そうです。死角に立ってしまうと、敵と判断されて蹴られてしまいますから。おや、お話はもういいのですか」
真剣な表情で注意事項を話していたキットは、近づいてきたベイリーとダンデライオンに気づき笑顔を浮かべた。
「ああ。俺たちもロビンについて聞いておこうと思って」
「それは助かります。では、ミジャラについて少し」
キットはウイがロビンから降りるのを手伝うと、三人と一頭を連れ立ってミジャラが繋がれた水飲み場へ案内した。
ぞろぞろとやってきた一行にミジャラは口を動かしながらゆっくりと顔を上げるが、慣れた工程なのか気にせず下草に意識を戻す。
それからキットはベイリーたちに二頭のロビンの扱いについて説明し、基本的にミジャラとその手綱を握るベイリーもしくはダンデライオンが先頭に立ち、そのあとにエリザベスが続くよう縦列で進むよう伝えた。
「もし、三人ともロビンに騎乗する場合は、ミジャラにベイリーさんとウイさん、エリザベスにダンデライオンさんが乗ってください」
一通りの説明を終えたキットの言葉に三人は深く頷き、町を出る前に荷物をまとめるためその場を離れることになった。
最初は荷物を回収し、鍵を返すだけなのでダンデライオンが一人で向かおうとしたが、結局イチカワを含む全員が小さな宿の一室に収まることになった。
「まさか、髪を切る技術があるとはな」
目にかかるほど伸びていた髪をさっぱり切ってもらい、ついでにイチカワの水の力で服や体の汚れをきれいさっぱり流してもらったベイリーに、ダンデライオンは組んだ腕の上で指を叩きながら声を漏らす。
「俺は、絶対嫌だからな」
「お前はもう水浸しになってただろ」
荷物と一緒に廊下で待機していたダンデライオンの隣で壁に体を預け、ベイリーはふーと息を吐く。
「シャワーなんて贅沢、イチカワが一緒じゃないとできないからな」
「リトルフィグで毎日浴びれるだろ」
「さすがに毎日浴びなくてもいいけど」
部屋の中からはウイとイチカワの楽しそうな声が響き、イチカワの邪悪な一面を知っているダンデライオンとしては複雑な心境だ。
そう時間もかからず綺麗に身なりを整えたウイと、いつもの奇妙な姿に戻ったイチカワが部屋から出てくると、ダンデライオンはさっさと荷物をまとめて宿を去ろうとした。
「ちょっと待って」
しかしイチカワに呼び止められてしまい、ダンデライオンは肩に担いだ荷物越しに振り返る。
「なんだ」
「ちょーっと話したいことあるんだけど」
「断る」
「えー? じゃあ、きみがこの扉にしかけた……」
「わかった、話を聞く。ベイリー、ウイを連れて先に厩舎に戻ってろ」
ゆっくりと持ち上げられた袖が部屋の扉を指さす前に、ダンデライオンは荷物の一部をベイリーに預け、先に行くよう促した。
「べつに秘密のはなしなんかじゃないよ。朱翼ちゃんにお願いしたいことがあるだけ」
早々に人払いをしようとするダンデライオンに、やれやれと言わんばかりに肩をすくめ、イチカワは続ける。
「ウイに剣のけいこをつけてほしいんだ」
「ん?」
想像もしていなかった方向の話に、ダンデライオンはもちろん、ベイリーとウイも虚を突かれたように視線をイチカワに向ける。
「赤毛ちゃんがもってる剣、刀があるでしょ?」
「ああ。使ってるところを見たことないが」
刀が入っている筒袋は、ちょうどベイリーの肩に掛けられている。
「あれはぼくが赤毛ちゃんに預けたんだよ。売ってもいいし、使ってもいいしって」
「そうなのか?」
「ああ」
「死人から奪ったって話は?」
「誰かの邪推だ。もともと、イチカワから魔法結晶と一緒に受け取ったんだ」
ただイチカワから貰った、だと面白くないため、ベイリーはあえて入手経路を秘密にしていたが、あっさりとバレてしまい残念そうに肩をすくめた。
「お前の秘密に張り合うための秘密だったのに」
「あら、それはごめんね」
イチカワはケタケタ笑いながら詫び、すぐに本題に移る。
「刀は、ウイの故郷のでんとうてきな剣なんだ」
「故郷……ってことは、ウイは黄金の国の出身なのか?」
ダンデライオンの言葉に、ベイリーも驚きの表情を浮かべる。
黄金の国、オーロは南大陸の隣に浮かぶ小さな離島を統べる国だ。離島ゆえに発展した独自の文化や自然を守るという名目で、他国との接触を極端に減らしていて、情報があまりない未知の国の一つとして名前だけは有名だ。
「黄金の国生まれなのに、繋ぎ人なのか?」
繋ぎ人は南大陸でのみ確認されているという認識のダンデライオンに、イチカワは袖を振って否定する。
「今はちがうけど、オーロは精霊のくにだったんだよ。当然、繋ぎ人もいる」
「じゃあ、ウイはオーロから浚われてきたのか?」
組織ヘデラは様々な地域から繋ぎ人やその素質をもつ子どもを浚ってくるが、まさかその手が国外まで伸びているとは知らず、ベイリーは表情を曇らせる。
「ヘデラの発祥は、オーロだからね」
「え?」
「せいれいの力をしってたからこそ、繋ぎ人をつかった計画をたてられたんだよ」
しかしオーロはヘデラが活動するには狭く、監視が厳しかった。そこで選ばれたのが隣の大陸にある無法地帯、乾いた大地が広がる砂漠地帯だったのだ。
「赤毛ちゃんがいたころは、オーロ出身者はウイくらいだったけど、オーロではていきてきに繋ぎ人がうまれるからね」
なんなら、ヘデラに通じ、自ら繋ぎ人として生まれた我が子を差し出す家族すらいる。そんなイチカワの説明に、ベイリーたちは言葉を失う。
出身地が分かるのであれば、家族のもとへウイを送り届けることも脳裏によぎったが、不穏な展開にベイリーもダンデライオンもオーロへ行くという選択肢を口にすることはなかった。加えて、ウイ本人はオーロでの記憶が曖昧らしく、強い思い入れもないという。
「ま、このはなしはまた今度。とりあえず、刀についてはウイの専売特許みたいなものだから、教えてあげてよ。赤毛ちゃんも朱翼ちゃんも、それでいいでしょ?」
ベイリーとダンデライオンは揃って頷いた。
もとよりベイリーは困ったときに売る以外の使い道を見出せていなかったので、刀を譲ることを拒否する理由がなく、またダンデライオンも幼気な少女に自己防衛の術を教えることを渋る理由がなかった。
ウイは拳を握りしめ、教えてもらったことは何でも吸収するという気概を見せた。
それぞれの納得した様子に、イチカワは機嫌よくフードを揺らした。
「うんうん。それでこそぼくのお気に入りたちだ。じゃあ、ぼくはこの辺でおいとまするよ」
長い袖に隠された腕を揺らし、イチカワはウイの頭をそっと撫でた。
「どうしても助けがひつような時は、いつでも駆けつけるからね」
「うん。ありがとう、イチカワさん」
ウイの素直なお礼に小さく頷き、手を振りながらイチカワはその場からフッと姿を消した。
一口解説:オーロ
世界一難解な言語ともいわれるオーロ語を使う。
イビトリカ人と変わらない容姿を持つため、ルーツは同じだとされているが、
言語をはじめ文化や風習は似ても似つかない。




