好き!
「なんだあの姿は!」
ウイを腕に抱いたイチカワとキットの姿が建物の影に消えたのを確認してから、ダンデライオンは悲鳴をあげた。
「確かに、ゴーリンの爺さんがあいつのことを砂の民の男みたいだったって、言ってたが! あれはどう見たって砂の民じゃねぇ! そもそも男でもない!」
「誰をモデルにしたんだろうな」
ベイリーも初めて見る姿に苦笑し、気味の悪さに鳥肌さえ立てるダンデライオンの肩を叩く。
「あまり面白い反応をみせると、ますますいじめられるぞ?」
「ベイリーはよく平然としていられるな」
「一緒に暮らしてた時期があれば、いろいろ慣れる」
遠い目をするベイリーに、ダンデライオンは日替わりで姿を変えるイチカワを想像しかけ、すぐに頭を振って思考を切り替えた。イチカワと聞いて思い浮かべる姿は、藍色のポンチョだけでいい。
「レンタル代、あいつが払ってくれるといいんだが」
ポツリとこぼれたダンデライオンの願望にベイリーも同意する。
ローズガーデンで掘り出したクリスタルスピカの残りがまだあるものの、二人の所持金は二人で砂漠を生き抜く最低限よりほんの少し余裕がある程度だ。野生の兎や狐を捕まえたり、精霊の力を借りて水を汲み上げたりすることもできるが、いつでもどこでも使える手段ではないため、食料も水も、町でそれなりの量を確保しなければならない。
「リトルフィグまで、どのくらいの間隔で町があるか、あとで確認しないとな」
「そうだな」
宿に帰った後の予定を考えながら、ベイリーは水分補給を終えてのんびりと草をむさぼるルークヘッドに近づいた。
「それにしても、お前、すごい奴だったんだな」
二頭のルークヘッドは差し出されたベイリーの手に鼻先を寄せると、大きく息を吹いて鳴き声を上げる。湿った口や飛んできた鼻水で手が濡れるものの、ベイリーは気にせず両手を使ってそれぞれの鼻先をゴシゴシと撫でた。
「精霊祖なんて初めて聞いた」
「黙っててごめんな、だが」
「それは本当に気にしてない。俺たち繋ぎ人が自分の正体や力を隠すみたいに、お前だって知られたら面倒くさいから、黙ってたんだろ?」
申し訳なさそうに弁明するダンデライオンの言葉を遮り、ベイリーは続ける。
「精霊自体は信じられていないし、繋ぎ人の認知はほとんどされてないが、それでもこうして組織に狙われる。魔女は国に管理されてるし、特別な力は搾取される運命だ」
「ああ。ありがとうな。でも俺自体はすごくも何でもないんだぜ。すごいのは俺の祖先を助けてくれた、ビタナスブリッケンだ」
ダンデライオンはルークヘッドにもたれかかりつつ、ふー、と深く息を吐く。
「ベイリー、俺は」
「お前の正体についてなら、言わなくていい。必要な時に教えてくれれば、それで」
再度言葉を封じられ、ダンデライオンは首を傾げてベイリーを見下ろすが、ベイリーはルークヘッドに視線を落としたままだ。
「俺が今教えたいって思っててもか?」
「本当にそう感じてるんだったら止めないが、そうじゃないだろ」
確信に満ちた視線を向けられ、ダンデライオンは言葉に詰まる。
「イチカワに言われて無理やり、とか。俺に悪いからっていう、後ろめたさで教えられても、俺の気分が悪い」
「分かった。じゃあ、これだけはベイリーに知っておいてほしいから伝えたい」
「なんだ?」
「俺はベイリーのためなら命も惜しくない」
「ん?」
「だが、うっかり死んでベイリーと生き別れるのはごめんだ」
「おう」
「だから俺の持てる力の限りを尽くしてベイリーを守るし、俺自身も死なないようにする」
二頭のルークヘッドの間の狭い空間にしゃがみ込み、ダンデライオンはベイリーと目線を合わせて胸の内を告白した。
「俺がどんな力を使おうと、ベイリーを守りたい一心だってことを、知っていてほしい」
「……わかった」
真剣なまなざしに頷きつつも、ベイリーは困惑の表情を浮かべる。
「というか、お前が砂の民じゃないって言うのかと思った」
砂の民の魔よけの紋様や、風に揺れる耳飾り、精霊への敬意や砂漠に慣れた様子から、彼を知る人は十中八九ダンデライオンが砂の民だと確信するだろう。しかし精霊を敬い繋ぎ人を神聖視するにしては、因縁があるにしてもイチカワへの態度の雑さや、同じ繋ぎ人であるウイへの反応の違いなど、一緒に行動する中で覚えた違和感に、ベイリーは自分の中で答えを出していた。
ダンデライオンは、砂の民ではない、と。
しかしその推測は一瞬で否定された。
「心外な。俺は砂の民だぜ。生粋、ではないが。身を置いてた部族がカーグ族なのも、精霊を信仰してるのも本当だ」
「じゃあ、もともとは違うのか?」
「まあ、違うな。育ての親は砂の民じゃなかった。その人が死んだ後に俺を拾ってくれたのが、カーグ族だったんだ」
「そうか。それは、気の毒にな」
「昔の話だ」
わずかに寂しさを滲ませ、ダンデライオンは膝に手をついて立ち上がった。
「別れはつらかったが、こうしてベイリーに会えた。俺は今の人生に感謝してるんだぜ」
「そこも疑問だ。どうして俺なんだ? 繋ぎ人は数が少なくて、たまたま俺が初めての一人だったのかも知れないが、どうして俺に命を懸ける?」
前にも同じようなことを聞いた気がするが、ベイリーの中ではダンデライオンの献身的ともいえる態度は繋ぎ人への敬愛だけでは済まないとうすうす感じていた。
純粋な疑問を乗せた視線に、ダンデライオンはにやりと笑う。
「ベイリーが繋ぎ人で、俺がベイリーを気に入ってるからだ。好きだと言ってもいい」
「好き……」
「家族愛みたいなものだ。ベイリーとウイみたいな。もちろん、繋ぎ人として敬ってもいる」
「家族愛……」
あっさりと出てきた単語にベイリーは呆けてしまうが、ダンデライオンはあっけらかんとしている。
「砂の民は排他的ではあるが、愛情深いんだぜ?」
「そうか」
ベイリーは小さく頷くと、ルークヘッドに視線を戻した。
分かりやすく照れているベイリーの後頭部を眺めていたダンデライオンは、水を飲んでくると言ってその場を離れた。
しばらく微妙な距離を開けたまま厩舎の前で待機していると、ウイの嬉しそうな歓声と上機嫌なキットの声が聞こえてきた。
一口解説:砂の民の排他性
多くの村落は、外部からの接触や侵入を拒む傾向が強い。
出稼ぎに町へでてきたり、砂漠の真ん中で遭遇する行きずりの護衛の多くは男で、
女は集落から出てこないことがほとんど。
しかし近年では門を旅人のために開放する集落も現れている。




