ミジャラ
目元だけでも分かる笑顔を浮かべた青年は、顔を覆う布を外した。
「キットと言います。キット・シルバーヴァイン。あの時は名乗っていませんでしたね」
「俺はベイリー・ローズ。こっちは、ダンデライオンだ」
「ほう。スカルリブにある『ベイリー通り』、『ローズガーデン方面』の看板を読んだような名前ですね」
笑顔で言われ、ベイリーは体を硬直させた。
まさしく、スカルリブの町に立っていた鉄製の道標に掲げられていた看板こそ、ベイリー・ローズの名の由来である。
鋭い指摘に言葉を失くしたベイリーに代わり、ダンデライオンが笑って返す。
「いい勘してるぜ」
「ええ。動物を扱ってると、こういう勘も育つみたいで」
キットは顔を覆っていた布をベルトに引っ掛けると、立てた親指で背後を指さした。
「さて、無事の再会を喜んだところで。厩舎に入れたい子たちがいるんですけど、構いませんか?」
「ああ、おそらく。厳密にはここを借りたのは俺たちじゃないんでな」
ダンデライオンは首を伸ばして周囲を見回すが、先に厩舎を出たウイとイチカワの姿は近くにないようだった。
気を取り直したベイリーも水場の方へ視線を向けるが、二人の姿はない。
しかし厩舎の運営ギルドの従業員であるキットを入れないわけにもいかず、ベイリーは声を落として事情を説明する。
奥の個室にメチコの遺体が安置されていることを聞かされ、キットは目を丸くするとともに眉尻を下げ、心からお悔やみ申し上げますと頭を下げた。
「そのような事情でしたら、あの子たちを入れるのは後でも大丈夫です。ただ、前の水飲み場に繋ぐだけさせてください」
もちろんと頷くベイリーに笑顔で答え、キットは一度その場を離れ、他の場所に待機させていただろうルークヘッドを二頭連れてきて厩舎の前にある水飲み場の杭にそれぞれの手綱を括り付けた。
「助かります。ローズガーデンであまり水を飲ませてやれないまま移動してきたものですから」
自身も水を飲みながら、キットは嘆息する。
「ランナーやロビンでしたらもう少し早く移動できるんですけど、ルークヘッドは歩が遅くて」
キットは水を飲むルークヘッドを労わるように撫でる。
「それにしても、町が随分と騒がしいですが、何かあったんですか?」
手についた被毛や砂をパンパンと払いながらキットが尋ねると、ベイリーは困ったように明後日の方向へ視線を飛ばした。
そんなベイリーに、ダンデライオンはそつなく助け舟を出す。
「魔物が出たんだよ。俺とベイリーで追い払ったんだが、それなりに被害をだしちまってな」
「魔物! 中央部には多いとは聞きましたが、デエダラよりも東で出ることもあるんですね」
驚きの表情を浮かべるキットに、ダンデライオンも頷いて同意する。
「大暴れするもんだから、苦戦してな」
「そうなんですか。それは、大変だったでしょう」
ねぎらいの言葉をかけてくれるキットへ、ベイリーは気まずそうに笑みを浮かべるにとどめた。
魔物とは魔力を持った怪物の総称で、有名なものだとドラゴンや人の顔をもつ獅子マンティコア、世間で噂される黒魔女も魔物の部類に入る。
これら魔物については諸説あり、もともと生息していたという説が濃厚である一方で、魔女が作り出したという説や、北の大陸から流れ着いた魔物が南大陸に住み着いたという説もある。とかく魔力を持つという特性上、魔女と結び付けられて考えられることが多く、それ故に魔女の管理が厳格化している面もあると言われている。魔女が魔物を引き連れて暴動など起こせば、魔法を使えない人類は太刀打ちできないからだ。
「そういえば、ローズガーデンにいたときも黒魔女の噂がありましたね。それと関係しているのでしょうか」
ベイリーと同じように魔物と魔女の関係を脳裏に浮かべていたのか、キットが頭を傾げる。
「……しかし、あまり詮索してもいいことなさそうですね。ひとまず、お二方が無事でよかったです」
キットの脳内では様々な推察が巡っていたことだろうが、深入りを危険と判断した彼は潔く思考をやめた。
その代わり人懐こい笑顔を浮かべ「一つ提案なんですが」とベイリーとダンデライオン双方の顔を確認する。
「その様子だとすぐに町を離れるでしょう? うちの子たちを借りていきませんか?」
「ありがたいが、あいにくルークヘッドが必要なほど荷物は持ち歩いて無くてな」
検討する間もなく即答するダンデライオンにキットは残念そうに肩を落とすも、二人の背後に視線を向けると再び笑顔を浮かべる。
「もちろん、ルークヘッドだけじゃないですよ? ロビンもいます」
諦めがたいキットはいつの間にか他の従業員が連れてきて、もう一つの水飲み場に繋がれたロビンを指し示した。
ベイリーたちが振り返ると、鞍を装着されたままのロビンが水ではなくその脇に生える雑草を食んでいるところだった。
薄茶の体毛に黒いラインが横切るロビンは、後方へカーブする角と長い四肢が特徴的な牛の仲間である。見た目は牛よりも角の生えた馬に近いが、二つに分かれた蹄や尾先まで骨がある長い尻尾は馬と異なる特徴だ。
僅かな食料と水でも長距離を移動できるうえ、砂地を走ることを得意とするロビンは人を運ぶには最適な動物といえる。
ミェールでは角による怪我を防ぐためか、ロビンの角の先にはクッションのようなものが嵌められていた。
「ミジャラって言います。ロビンの中では割と肝の座った雄です」
キットが傍によると、ロビンのミジャラは草を食みながらも顔を上げ、長い睫毛に縁取られた大きな瞳をキットに向けた。
「ミジャラがいれば、他のロビンも臆病風を吹かすことなく走ってくれますよ」
「提案はありがたいが、金に余裕がないんでね」
「それに、次の目的地にミェールの厩舎があるかわからないから」
「その言い分ですと、デエダラへは行かれないんですか?」
再度断られてしまい、キットはお手上げといわんばかりに手を持ち上げた。
「ああ。北上する予定だ」
「なるほど、デエダラへ行かれるのであれば、ぜひともうちの子を使っていただきたかったのですが」
デエダラにはミェールの本店がある。どうせギルドの動物たちをそこへ連れていくなら、客に貸し出し料金を得た方がいいと考えるのは商売人として当然だ。
その商売魂は認められつつも、すげなく営業を断られるキットの背後から「ミェールの厩舎は、リトルマルにもあるでしょ」イチカワの声が飛んできた。
さすがに営業を諦めようとしていたところに現れた助け舟に、キットは表情を明るくして厩舎さえあればどこへでも貸出できると力説する。
「きみたちの目的地ではないけど、そこまで貸してもらったら?」
「お前……」
ウイを抱え、ベイリーの隣に並んだ人影に、ダンデライオンは眉間に皺を寄せる。いつもの藍色は変わらずだが、ベイリーよりも小柄だったイチカワの身長はダンデライオンと同じくらいまで伸びていた。身長だけでなく、不自然に細かった両足はズボンに隠され、ポンチョの隙間から覗く腕は太陽の下で健康的な肌色を見せていた。
なによりダンデライオンを驚かせたのは、イチカワの代名詞ともいえる奇妙に細長いフードが外れ、中から現れた白髪交じりの髪を三つ編みでまとめた中年女性が柔和な笑顔を浮かべていたことだ。
「ベイリー」
「イチカワは好きな姿を作れるんだ。ゴーリンのときもそうだ」
思わずベイリーの服を引っ張ったダンデライオンに、静かに耳打ちする。
戸惑いの色を隠せないダンデライオンを面白がってイチカワは笑みを深くするが、ダンデライオンにちょっかいをかけるでもなく新しく現れた客を静かに見守るキットに一歩歩み寄った。
「この子がのれるような、やさしい個体がいればいいんだけど」
「ええ! もちろんいますよ。ロビンの若い雌がいます」
ミジャラとセットでの貸し出しになりますが、と説明しながら、キットはウイとイチカワを厩舎の反対側へ案内していく。
一口解説:ミジャラ
砂の民の古い言葉で、「王」を意味する。
ミェールで飼育されるロビンのミジャラは、
他の雄よりも体格が良く性格も堂々としていたためそう命名された。




