不死鳥と少年
儀式をめちゃくちゃにし、あげく逃亡したベイリーの捜索は早急に開始された。当時八歳だったウイは、ベイリーの気配を追跡する要員としてウルガルトの護衛のもと組織の敷地の外に出た。
しかしその関係性はそう長く続かなかった。瞬く間にウイの立場はウルガルトの付き人、世話人へと変化し、自分の身は自分で守らないといけなくなった。沿岸部よりも治安の悪い砂漠地帯で、護衛をつけない女性は目を付けられやすい。護衛の押し売りや商店での過剰請求はまだ良い方で、ウルガルトの美貌に引き寄せられたならず者や、繋ぎ人と気づかずとも、小柄なウイを狙う人間も多かった。
ゆっくりと語られる、まだ子どもであるウイにとってあまりに過酷な日々に、ベイリーはウルガルトへの怒りを募らせる。その隣で握りしめた拳を震わせるダンデライオンも、同じ気持ちだろう。
「だから、砂漠での生活は慣れてるよ」
「幸いなことに、ウイは繋ぎ人で、せいれいの加護がある。チュチューリドルを筆頭に、さいあくの事態はふせいでくれていたみたい」
「チュチューリドル?」
「チュチューリの本当の名前。長いから、いつもチュチューリって呼んでるの」
馴染みのない名称にベイリーが問い返すと、肩で話を聞いていたヨゾラトカゲをてのひらに乗せたウイが答える。
「チュチューリは、けっこう強い土の精霊なんだよ」
「ああ。精霊王に匹敵するんじゃないか?」
「ご名答。チュチューリドルは土のせいれいおうだよ」
ベイリーの推測に、楽しそうに続けたのはイチカワだ。
「ただし、ここにいるのはその欠片、ではあるけどね」
「欠片?」
「彼は、かくちにじぶんの欠片をバラまいてるんだよ」
その言葉に、チュチューリがトカゲらしからぬ動きで首を縦に揺らした。
「ひとつに集まれば、ぼくと同等くらいかな」
「つまり、最初からウルガルトに勝ち目はなかったわけだな」
水の精霊王イチカワに、土の精霊王チュチューリドル。精霊王の中でも力の強い二体が揃っていれば、大抵の精霊王は太刀打ちできない。ダンデライオンの責めるような指摘に、イチカワは肩を揺らす。
「そんなことはないよ。チュチューリドルの欠片はウイをまもるのがせいいっぱいで、ウルガルトをどうこうすることはできなかったし。ぼくも、ウイを人質にとられてたらウルガルトを制圧できない」
「つまり、ベイリーという餌がどうしても必要だったわけだ」
ウルガルトの目をウイから離すため「だけ」の手段として使われたことに、ダンデライオンは憤慨する。しかし当事者であるベイリーは「そういう約束だからな」とあっけらかんとしていた。
「それに、ちゃんと助けに来てくれただろ?」
「お前は人が良すぎるぞベイリー。こんなバケモノを信用するなんて」
「へぇ? じゃあ、火を使う砂の民はどうなんだ?」
僅かに後ずさり、イチカワから距離を取るダンデライオンに向き直り、ベイリーは腕を組む。
「もちろん、お互い秘密を抱えてる身だ。隠していたことは全然気にしてない。本当だ。全然。まったくだ。でも、見たからには聞かせてもらうぞ。あれはいったい何だったんだ?」
強く問いただすベイリーの姿勢にダンデライオンは目を泳がせるが、すぐに腹を決めたのか厩舎の柱の一つに体を預けると、今度はまっすぐとベイリーを見つめる。
「あれは、不死鳥の炎だ。火の精霊祖ビタナスブリッケンが残した力の一つで、俺たちが代々引き継いできたものだ」
「精霊祖」
「このだいちに初めてうまれた、最初のせいれいのことだよ」
「おい、俺が話してるんだぞ」
「ふふ。フォローしてあげたんじゃん」
割り込んできたイチカワに苦言を呈すが、彼のちょっかいは今に始まったことではないので、ダンデライオンは嘆息を一つ零して続ける。
「繋ぎ人であるベイリーですら知らないくらい、伝説的というか、幻の存在だ。おそらく、精霊の多くも精霊祖のことを知らないだろうな」
ダンデライオンの推測を肯定するように、イチカワがうんうんと頷く。そして何か話そうと顔を上げるが、ダンデライオンにきつく睨まれ、肩を竦めるにとどめた。
「精霊祖は、砂の民の古い部族の中に伝承が残っているくらいだ。つまり、御伽噺レベルの存在だ」
精霊祖は火の精霊祖ビタナスブリッケンをはじめとした、水、土、風それぞれの四大元素に存在するとされるが、ビタナスブリッケン以外にその名や存在自体が判明している精霊祖はいない。
ベイリーはダンデライオンの話を聞きながら視線をイチカワへ向けるが、その視線の言わんとすることを察したイチカワは首を振りフードを揺らす。
「繋ぎ人のきみならわかる通り、ぼくはせいれいおうではあるけど精霊祖ほどのちからはないよ。感じたでしょ、朱翼ちゃんがつかうちからの苛烈さを」
「ああ。今まで感じたことがない力だった」
ベイリーの知る限り、イチカワは水の精霊王の中でもダントツに強く、そして長い時を生きる精霊だ。そんなイチカワと比べても、ダンデライオンが放った炎の力は強烈だった。
火の精霊はその多くが火花のようにパッ生じ、儚く消える。瞬く間に巡ってしまうために、繋ぎ人ですら意思疎通が難しい精霊の一つだ。炎の揺らぎの中に僅かに精霊の力を感じても、炎そのものに精霊が宿ることは決してない。
「あんなに、強い意志を持った炎は初めてだ」
その力強さは、ダンデライオンが炎の精霊王、もしくは精霊祖として再臨したと錯覚してしまうほどだった。
「でも、お前は精霊じゃないんだよな」
ベイリーが視線を向けると、ちょうどダンデライオンがズボンのポケットから本を取り出しているところだった。
炎に触れ、その後大量の水を浴びた本は変色し、水を吸ったページは無理に開けば破れるのが目に見えて明らかだ。ダンデライオンは、強く握ると水が滴る本の惨状に顔を歪めながらも、本をかかげた。
「その質問の答えは、この本の中にある」
「物語の中に?」
「不死鳥の歌。この小説は砂の民に伝わる古い伝承がもとになってる」
砂漠で暮らす少年と、彼の守護者である不死鳥の冒険譚は、子供向けといっても差し支えない内容となっている。しかし、沿岸部の子どもたちに砂漠での暮らしや砂漠の風景を彷彿させるには格好の物語ではある。
「少年アレッサンドロと不死鳥のツァネルデ、このモデルは俺の祖先と火の精霊祖ビタナスブリッケンだ」
「……うん」
ダンデライオンの告白に、ベイリーは何とも言えない表情で頷く。
小説を読み始めてまだ間もなく、序章くらいしか目を通していないが、主人公のアレッサンドロは沿岸部から迷い込んだ少年で、砂の民ではない。加えて、彼は非常に繊細で感受性が豊かな子どもであると描写されている。
ダンデライオンとは異なるイメージに、ベイリーは曖昧な表情を浮かべるくらいでしか反応できなかった。
そんなベイリーの胸中を察したのか、ダンデライオンは苦笑する。
「言っただろ、物語は伝承をもとに書かれたって。実際は人物像も辿った物語も違うだろうよ。昔のこと過ぎて、なにが真実かは定かじゃないが」
「もし朱翼ちゃんがアレッサンドロくらいかわいげがあったら、ぼくももう少しやさしくしてあげたのにね」
すかさず入るイチカワの茶々にダンデライオンは頭を抱えるが、すぐ本題に戻る。
「とにかく、俺には昔々に不死鳥こと火の精霊祖ビタナスブリッケンと知り合いだった祖先がいて、その祖先がビタナスブリッケンの力の一部を授かったんだ」
「でも、その精霊祖はあえて力の強い精霊が生まれないようにしたんだよな? それなのにどうして、強大な力を人に授けたんだ?」
「伝承では、少年を助けるために力を分け与えたってことになってるな」
砂の民に伝わる伝承でも、「不死鳥の歌」の物語でも、不死鳥は窮地に陥った少年を救い出すため力を譲り渡した。伝承では名言されていないが、物語で加筆された設定では、不死鳥の炎は死者を蘇らせるという。死者蘇生が本当か嘘かはさておき、すくなくとも炎を操る不死鳥の力は脈々と受け継がれ、今日ダンデライオンが保持するに至った。
「つまり不死鳥の力は精霊の力だろう? でも、お前から精霊の気配を感じたことは一度もなかった」
同意を求めるようにウイへ視線を向ければ、彼女も「ダンデライオンさんは、普通な感じ」と頷いた。
一口解説:砂の民の古い部族
火の精霊を信仰するカーグ族はそのうちの一つ。
砂嵐により甚大な被害を受け、滅んでしまった。




