集合
2026/06/16 修正
ベイリーが宿に到着すると、血相を変えて押し寄せる客の対応をしていた従業員に呼び止められた。
唐突に始まった乱闘騒ぎの最中、避難してくる人だかりに混ざって現れた少女が、従業員に部屋の鍵を見せベイリーたちの部屋に入ったっきり、出てこないという。
「鍵は持ってたけど、あんたたちは男二人で部屋をとってただろ? 鍵を掏られたんじゃないかと思ってね」
「ご心配をおかけしました。でも、身内なので大丈夫です」
ベイリーは従業員にお礼を伝えると、人の波を縫って部屋へ急いだ。
清掃員へ向けた「掃除不要」の札を回収しつつノブをひねると、扉はすんなりと開いた。
「鍵かけてないのか」
部屋に一歩を踏み出せば、目の前に数匹の蝶が視界を邪魔するように飛んできた。しかし蝶たちは侵入者がベイリーであることに気づくと、羽を返して部屋の奥へ飛んでいく。
「ウイ?」
部屋の隅で膝を抱えるウイを見つけ、ベイリーは声をかける。
「お兄ちゃん」
「ウルガルトは何とかなった。迎えに来たぞ」
手を差し出しウイが立ち上がるのを手伝う。その間も、蝶がふわりふわりと二人の周りを舞っていた。その中の一匹に覚えがあったベイリーが視線を向けると、蝶はベイリーの肩にそっと着地した。
「伝言を届けてくれた精霊か?」
「うん。ピャンっていうの」
「不思議な感じだ。そんなに強い気配がないのに、まだ自己を保ってる」
肩でゆっくりと翅を閉じたり開いたりする様子を横目に、ベイリーはウイの体調や怪我の有無を確認し、ダンデライオンやイチカワのところへ行くことを伝える。
「ウルガルトの気配は、まだ外にあるよ」
「大丈夫だ。イチカワ……俺たち繋ぎ人を助けてくれる精霊がウルガルトを氷漬けにして動けなくしてるから」
手を繋いで部屋から出ると、ベイリーはウイから受け取った鍵を鍵穴に差し込む。
「ん?」
しかしベイリーは鍵を握る指先に生じた僅かな違和感に手を止め、ドアノブ、鍵穴、少し身を引いて扉全体をくまなく観察する。
「どうしたの?」
「この扉、既視感がある」
部屋を借りてすぐ入った時にはなかった違和感に眉をひそめるが、その正体に辿り着く前にベイリーは鍵をかけウイを連れて宿屋を後にした。
強力な竜巻と砂嵐、そして大雨に襲われたような惨状となった市場の片隅に戻ってきたベイリーとウイは、負傷者を運び出す人だかりの中にダンデライオンを見つけた。
「砂の民の人たちは?」
「一人はダメだった。重症は数人ってところだな」
後のことを町の住人や医療ギルドの面々に託し、ダンデライオンはベイリーとウイを連れて町の外れへ移動した。
瓦礫の多くはすでに道の端へかき集められ、抉れた地面や建物の穴は簡易的ではあるが塞がれていた。
「仕事が早いな」
「チュチューリがちょちょいと片づけてくれてな」
ダンデライオンに案内されてやってきたのは、町の一番端にある厩舎だった。
「ここの主人におねがいして、人払いしてもらってるから、安心していいよー」
建物の中に積み上げられた干し草の上に腰かけていたのは、袖の上のチュチューリと戯れるイチカワだった。
「ウイ、無事でよかったよ」
「ありがとうございます。えっと」
「イチカワでいいよ」
「イチカワさん」
「うんうん。やっぱり、おんなのこのほうが素直でかわいいねぇ」
フードを揺らしながら一人頷き、イチカワは自分の隣をポンと叩いた。
「つかれたでしょ、けっこうすわり心地いいんだよ」
言外に隣に座るよう誘われたウイは、ベイリーを見上げて伺いを立てるが、ベイリーは「大丈夫。イチカワは悪い精霊じゃないよ」と背を押した。
おずおずと前に出て、イチカワの隣に座ったウイは、漆黒に塗りつぶされたフードの中を覗き込むように首を傾げた。
「ふふ。ウイは怖いものしらずだね」
ご機嫌なイチカワの様子に、ベイリーの隣に立ったダンデライオンは気味が悪いと言わんばかりに身震いし、ベイリーはそんなダンデライオンに苦笑する。
しかしすぐに顔を引き締めると、ダンデライオンとイチカワを交互に見やる。聞きたいこと、聞かなければいけないことがたくさんあるが、果たしてどれから話を始めればいいのか判断できずにいると、イチカワが軽やかに話し始めた。
「ウルガルトなら、ぼくが片しておいたよ。片づけかたは、ひみつ」
イチカワの服に張り付いていたチュチューリがウイの肩へ飛び乗るのをフードの奥から眺めながら、イチカワは続ける。
「もう、彼女がきみたちに悪さすることはないから、安心して」
「ほんとうに?」
「うん。ぼくは、彼女よりずっとつよい精霊だからね」
見上げてくるウイに、イチカワは力強く頷く。
「それに、ウイにはチュチューリも赤毛ちゃんも、ついでに朱翼ちゃんもついてるからね」
「ついでとはなんだ」
「だって、きみは赤毛ちゃんがさいゆうせんでしょ」
当たり前のように言われ、ダンデライオンは口を結ぶ。
「まあでも、ちゃんと女子どもを守るタイプだから、大丈夫」
「というかその口ぶりだと、まるで俺たちがウイを引き取ることになってるが」
「そうだよ」
「は?」
「え? イチカワが面倒を見るんじゃないのか?」
ダンデライオンの心からの呆れた声と同時に、ベイリーは唐突な事実に耳を疑う。たしかに、ウイを保護できた暁には一緒に身を隠す予定ではいたが、それはイチカワと合流するまでの話だと思っていたのだ。
「まさか。ウイはぼくと行動するにはまだおさなすぎるよ」
「いやいや。野郎二人におチビちゃんを預けるのは違うだろ」
イチカワやダンデライオンのやり取りに、ウイの視線が足元に落ちるのを目の当たりにし、ベイリーは慌てて彼女の前に膝をつき手を取る。
「ウイ、お前が嫌だとかそういうんじゃないからな。ただ、お前は女の子で、俺たちは男だ。それにここは砂漠で、小さな女の子にはきつい環境なんだ」
「そんなこと、ウイはウルガルトに従事してたじてんでわかってるよ」
イチカワの声に、ウイは静かに頷く。
「ウルガルトは、自分のことしか興味なかったから」
一口解説:医療
沿岸部には国が管理する国立病院があるが、砂漠地帯には国に認められた病院がない。
そのため砂漠では、治癒魔法や治療の心得のある人々で結成された医療ギルドや、組織から追放された医者などが所属する闇医者会が活動している。




