火と水
2026/06/05加筆
ウルガルトに覆い被るようにして膝をつき、ダンデライオンは恐怖に歪んでも美しい顔を撫でる。
「メチコは、本当に綺麗だな」
頬の汚れを親指で拭い、再び首に手をかけた。
「心配するな。最後は、骨まできれーに焼いてやる」
「やめろ!」
首にかけられた指に力が込められた瞬間、ウルガルトの体が人形のように弛緩した。それまで激しく抵抗を見せていた四肢は投げ出され、頭が力なく傾く。
「逃げた!」
ベイリーの声が響き、ダンデライオンは咄嗟に地面に炎を這わせて一帯を囲い込んだ。炎が意思を持ったように四方八方に伸び上がり、乾いた町角の景色が赤一色に一変する。
「チュチューリ! 倒れてるやつらを守れ!」
炎の中を駆けだしたベイリーを横目にダンデライオンが叫ぶと、彼の肩から飛び上がったトカゲがサラサラと砂に戻る。そして周囲の砂利や瓦礫を使って炎の中に倒れる砂の民を覆っていった。
一方のベイリーは、吹き荒れる熱風を強引に逸らしながら走り、ダンデライオンには見えていないウルガルトの姿を追う。
「火の壁を突破できないみたいだ!」
「よし、ならこのままだ」
風の精霊の力を借りたベイリーがウルガルトを追い詰めるのを確認しようとして、ダンデライオンは腕に走った痛みに視線を落とした。炎を纏う皮膚が黒ずみ、まるで鱗や羽のように浮き上がっているのだ。
「制御ができてない……」
地面を掴む両手の爪が硬く鋭く伸び、簡単に土を抉る。左腕にある不死鳥の刺青が蠢き、まるで本物の羽のように光沢を放つ。真下のメチコの体や、あちこちに出来上がった砂や瓦礫の小山を避けるように炎を制御しようとするも、使い慣れない力にダンデライオンの体が悲鳴をあげていた。
「くそ」
「だから言ったでしょう。はやく赤毛ちゃんにおしえた方がいいよって」
突如、貯水タンクをひっくり返したかのような大量の水がダンデライオンを飲み込んだ。
全身をぐっしょりと濡らしたダンデライオンが顔をあげると、すぐ近くには見覚えのある藍色が立っていた。
「ほら、はやくその腕、どうにかしなー」
袖を揺らし、イチカワは妙に伸びた頭をフードの中で傾けた。
「イチカワ!」
あれほど激しかった炎がすっかり鎮火され、焼け跡の真ん中に座り込むダンデライオンとイチカワにベイリーが駆け寄ってくる。
「ウルガルトは?」
ダンデライオンが必死に腕を摩りながら問えば、ベイリーより先にイチカワが楽しそうに答えた。
「あそこで凍ってるよ」
袖が示す先には、まるで波のような奇妙な形をした氷の塊が太陽の光を浴びて光っていた。
「まだ意識はあるだろうけど、動けはしないよ」
「あの熱の中で凍らせるなんて、無茶苦茶だ」
「ふふん。ぼくだからできる芸当だね」
イチカワは得意げに胸を張り、ベイリーとダンデライオンの間に割って入る。
「赤毛ちゃんは、ウイを迎えにいってくれる?」
「ああ。わかった。ダンデライオンは大丈夫か?」
ベイリーはイチカワの体をすっぽりと覆うポンチョの影に隠れたダンデライオンを覗き込んだ。
イチカワの影で両腕をしきりに擦ってから、ダンデライオンは先ほどまでの焦りなど微塵も見せず、素早く立ち上がるとイチカワの隣に並んで「大丈夫だ。手荒な真似をしてごめんな」と顎を伝って滴り落ちる水滴を拭いながら言った。
「とりあえずウイを迎えてきたら、いろいろ説明してあげるよ。聞きたいこと、いろいろあるでしょ」
イチカワの言葉に押され、ベイリーは宿屋へと走り出した。
駆けていくその後ろ姿を見送るや否や、イチカワはフードの奥から鋭い視線をダンデライオンに向ける。
「制御もできないのに、どうしてそっちのちからを使ったの」
「あの姿を見せるよりましだと思ったんだ」
ダンデライオンは砂に覆われたメチコの遺体を掘り起こし、身なりを整えながら呻く。
「もう少し体に馴染んでると思ったんだがな」
「百年ちかく使ってないちからを、やすやす使えるとおもったわけ?」
至極最もな指摘にダンデライオンは言い返そうと口を開くが、イチカワが助けなければ火の手が町全体に及んでいた可能性も否定できず、静かに手を動かすに徹した。
「まったく。あれ以上あばれてたら、ぼくのちからでも抑えられなかったからね」
「まさか。冗談きついぜ」
「ほんとうだよ。不死鳥のちからは当時のままなんだから」
困ったように嘆息し、イチカワはふらりと歩き出す。
「まあいいや。今日のところはどうにかなったし。じゃあ、あとはよろしくね」
徐々に集まりだした住人への対応をダンデライオンに一任し、イチカワはそそくさとその場から離れていった。
一人置いて行かれたダンデライオンは恐々と状況を確認する住人を手招きし、安全が確保されたことを確証したうえで、メチコおよび負傷者の搬送や瓦礫の撤去を指示し始めた。
一口解説:精霊の本体
本来、精霊には肉体がないため、見ることや干渉が難しい。
受肉した精霊王だとしても、肉体を捨てればあらゆる干渉を受けないが、同じ精霊からは影響を受ける。




