それを決めるのは、俺だ
ウィルフレッドと黄船は、突然全身から血を吹いて倒れた渇探流に駆け寄った。
ウィルフレッドはすぐさま治癒の呪文を使い始め、黄船はスマホで救急車を呼び始める。
渇探流は———うつろな目で、空中を見つめていた。
「渇探流はん……!!嫌やで、渇探流はん……!!うち、まだあんさんに———言ってないこと、ありますねん……!!」
必死な黄船の声と、ウィルフレッドの名状しがたい呪文が、渇探流の耳に入ってくる。
しかし———渇探流の意識は、そこで暗転した。
「やあ!アリス!!また会えたね!!」
「……俺はアリスじゃねぇ……」
渇探流は、いつの間にか真っ暗闇の中———何故かそこだけ明るいティーパーティーの席に、座らされていた。
目の前にはマッドハッター。帽子を深く被っていて口元しか見えないが、その唇は上機嫌に上向いている。
彼は普通の紅茶を渇探流に出し、お茶請けのクッキーも可愛らしいお皿に乗せてから、渇探流の目の前へと置いた。
「現実は痛いだろう?苦しいだろう?そんな問題もワンダーランドなら即解決!毎日面白おかしく過ごせばいいだけさ!魅力的な世界だろう?」
「…………………」
渇探流は、目の前に出された紅茶にも、クッキーにも、手をつけない。
「おやおや、アリス。せっかくの紅茶が冷めてしまうよ?まあ、何度だって僕が入れ直してあげるけどね」
「……現実は、確かにクソだ」
「うんうん、そうだろう、そうだろうとも!!現実なんてクソだよクソ!!」
「だが———それでも、俺には、目的がある」
「目的?それはなんなんだい?」
「俺の、元の世界へと帰る———そして、シャルロットを救う、手立てを探すという、目的がある」
「あの、金髪の少女かい?あれは救えないよ。そういうふうにできてるんだから」
「———勝手に、決めつけるな」
ガタリと、渇探流は席を立った。
ここで、初めてマッドハッターは慌てたように、両手をワタワタと動かす。
「ごめんごめん!何か気に障った?アリスは何も考えず、このまま僕と過ごしてくれればハッピーになれるんだよ?素敵だと思うだろ?」
「それは———反吐が出るほど、最悪な結末だな」
渇探流は、クルリとマッドハッターに背を向けて、歩き出した。
———真っ暗な、暗闇の方へと。
「アリス!!行かないで!!現実なんて苦しいばっかりで、何も残らないよ!?」
「それを決めるのは、お前じゃない———俺だ」
渇探流はスタスタと暗闇へと歩いて行き———ガクリ、と、『落ちて』行った。
「……あーあ……親切で、僕は言ってあげてるっていうのに」
一人残されたマッドハッターは、クッキーをかじる。
「辛いだけの現実を選ぶなんて———今度のアリスは、バカだったんだね」
不貞腐れたように呟いてから———光は消えた。
「……渇探流君……!!」
「……渇探流はん!!」
全身が———痛い。
ウィルフレッドの治癒を受けても、なお瀕死の状態である身体は、全身が悲鳴をあげていた。
痛い。
苦しい。
辛い。
「ほら、言ったただろう?現実なんてクソさ!」
マッドハッターの言葉がまだしつこく聞こえてくるが———渇探流は、それを無視して、ウィルフレッドと黄船を見た。
「……あり……が……」
「無理に話さないで下さい……!!まだ、重症です、渇探流君……!!」
そう言っているウィルフレッドの口からも、血が出ていた。よく見てみると、黄船からも血が出ている。
「もう少ししたら救急車がきます!それまで耐えるんやで、渇探流はん……!!」
二人とも渇探流よりはマシとはいえ、しっかりと異界の影響を受けているというのに———その瞳は、渇探流のことだけを見つめていた。
渇探流は、少しだけ口角を上げる。
———現実はクソだが、クソばかりではないのもまた、現実である。
「………………」
渇探流は話せないので、ゆっくりと、手を動かした。
「渇探流君?」
「渇探流はん?」
その手を、二人の手の上に乗せて———瞳を閉じる。
少し、疲れてしまった。
「渇探流君……!!」
「寝たらあかんで渇探流はん……!!救急車も来たで!!もう少しやさかい……!!」
必死に叫ぶ二人の声がなんだか心地良くて、渇探流は瞳を閉じたまま、耳だけに意識を集中させた。
「死なないで下さい、渇探流君———」
「死んだら末代まで祟りますえ、渇探流はん———」
なんだそりゃ。と渇探流は思ってから———再び、意識を手放した。
次は、マッドハッターは、出てこなかった。




