噂のパン屋に行ってみよう!
「渇探流はん、この噂知っとります?」
「噂?」
「なんでも、一口食べたら天までぶっとぶっちゅう、『戻ってこれる保証がない』パン屋がオープンしたらしいんですわ」
「それはドラッグの話じゃないのか???」
ランチタイムの東京。平和そうに見えて———一番、油断している時間帯だ。
そこで、「ランチどうすっか」と渇探流が呟いたのを聞いて、黄船が振ってきた話題がそれである。
「その噂、私も耳にしたことがあります」
「ウィルフレッドが!?お前、そんな噂に興味なさそうなのに!?」
「渇探流君に献上したら、私の好感度が上がるかと思って密かに行く機会を狙ってました」
「安心しろウィルフレッド。パンごときでお前への好感度はミリほども変わらねーから」
「ふふっ、ええ気味どす」
「殺すぞ黄船」
「やれるもんならどうぞ〜?」
「俺を挟んでバトるなお前ら。つまりはあれか?今日のランチはそこのパン屋でどうだってことだよな?」
「そうどす、そうどす〜!一度行ってみたかったんですわぁ」
「……まあ、たまにはいいか」
そんな軽い決断をした渇探流は、あとでこの時の自分をぶん殴りたくなることを、今は知らない。
「おお……なんか……えらく可愛らしい店、だな……?」
「せやろ〜?女子ウケもええんどす!渇探流はんは女子ウケとかどうでええでっしゃろうけど」
「研究に関係ないからな……そういう黄船、お前だって金が絡まなきゃ興味ねぇだろ?」
「それは当たり前やで渇探流はん」
「私は渇探流君に興味があります」
「そうか、シンプルに死んでくれ」
「ほな、いざ入店———んんっ?」
ウィルフレッドと渇探流がいつものやり取りをしている中、黄船が店のドアを開けると———すっとんきょうな声を出して固まった。
「どうした?きふ……ね……」
「これは……?」
それに気づいた渇探流とウィルフレッドが、黄船の後ろから店内を覗き込む。するとそこには———
カチ、カチ、カチ、カチ、カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……
———トングを持って、無言でカチカチとトングを鳴らす、大勢の客がいた。
———パタン。
「おい黄船!?ヤバくないか!?これはヤバくないか!?」
「戻ってこれないって……こういうことですん?」
「渇探流君、この近くに美味しいフレンチがありますよ」
「いやまっ……ちょっ、逆に興味が出てきたぞ……!?なんで客はあんな風になったんだ?トリガーは?それとも店のルールなのか?」
「あかん研究者気質に火がついてもうた」
「俺は!もう一度入るぞ!!」
「それ死亡フラグやねんってーーー!」
渇探流がバタン!と扉を開けると———相変わらずカチカチとトングを鳴らしている大勢の客に、コック帽を被った笑顔の店員が、こちらを見て「いらっしゃいませ」と声をかけてくる。
「店員は普通なのか……?」
「ご新規のお客様ですね、それではご新規様用のトングをどうぞ。最初は銅です」
「銅……?」
スッ、と、銅色のトングを出されて、渇探流は思わず受け取った。気になって周りの客のトングを見てみると———金と、銀のトングを、持っている。
「オリンピックかよ!!」
「お客様、トングを受け取ってから五秒以内に鳴らさないと———爆発いたします」
「うわクソルール発動してきやがった!!」
渇探流はしょうがなく、カチカチと銅色のトングを鳴らし始めた。
「えっ、普通に受け取りとうないんやけど」
「渇探流君、私が代わりに鳴らします」
「———いえ、お客様『全員』に、鳴らして頂きます」
「「んっ?」」
店員がそう言った瞬間、何故か黄船の手にも、ウィルフレッドの手にも、銅色のトングが握りしめられていた。
「はーーーー???クッッソ!!クソですわこの店ーーー!!!」
「爆発するなら貴様だけ爆発しろ、黄船」
「誰が爆発なんかしたるかい!!」
カチカチ、カチカチ、カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ———
こうして、渇探流達も晴れて怪しい一団の仲間入りとなった。
「いや……うん、とりあえずあれだ……パン、買おう。パン……」
「せやな……パン買うて、早よ出まひょ……」
「…………………」
ウィルフレッドは無言で高速カチカチしながら、店内の陳列棚に並べられているパンを見ている。
そのパンの名前は———
『ワンチャンある食パン(成功率10%)』
『天国(物理)行きアンパン』
『あの子のハートを物理的に射止めるメロメロメロンパン(1%)』
『あの日の辛さを糧にしたカレーパン』
「まともな商品がねぇ!!」
カチカチとトングを鳴らしながら、渇探流は叫んだ。




