またね、パパ
「シャル……考え直してくれ……シャルロット……!!」
シャルロットは、無言で笑った。
その後ろには———巨大すぎる、月。
真昼間だというのに、その月は、目に見える速さで、地球に近づいていた。
『パパ、このままだと、月が地球にぶつかって、地球がなくなってしまうのだわ!!生贄が、必要なのだわ!!』
「なんで……!!なんで……!!お前なんだ……!!」
『だって、パパが、選んだんだもの!!』
「……はっ?」
渇探流は、状況も忘れて、ポカンと口を開けた。
———今……なんて。
シャルロットは、笑いながら告白する。
その声音は、ただただ、慈愛に満ちていた。
『未来のパパが、シャルを生贄にするために、育てたの!!シャルは最初から、この日、この時間に、生贄になるために、生きてきたのだわ!!』
……でもね。
『ちゃんと、愛してくれたのだわ』
「……うっ……うそだ……」
よろりとよろめく渇探流を、黄船とウィルフレッドが支えた。
渇探流はその手を振り解くこともできずに、シャルロットを見つめる。
シャルロットは、笑っていた。
———その瞳は、赤く、赤く、染まっていた。
『パパ、お別れなのだわ!!この一週間、とっても楽しかったのだわ!!もう、思い残すことは何もないくらい!!』
青のりがついた歯で、シャルロットはニコリと笑う。
渇探流は、ゆるく首を振った。
「なんで……なんで……シャルなんだ……?」
『生贄の条件に当てはまるのがシャルだった、それだけなのだわ!!』
「………………………」
『パパ、シャルを生贄に捧げて———時間が、ないのだわ』
月が、迫ってくる。
民衆のテンションは、最高潮だ。
しかし———このビルだけは、静寂が支配していた。
渇探流は、首を横に振る。
「シャル———一緒に、死のう」
『それはできない相談なのだわ!!』
キッパリと、シャルロットは断った。
手や、足先が震えているくせに、笑顔だけはいつも通りの、シャルロット。
シャルロットは、笑った。
『未来のパパは選んだのだわ!!だから、今のパパもきっと、選べるのだわ!!パパ———ねえ、パパ?……選んで』
最後の言葉だけは、やけに静かだった。
渇探流は震える手で、グロック19を握ろうとして———ガクリと、項垂れる。
ウィルフレッドが感情のない声で言った。
「私が殺しましょうか?渇探流君」
「やめろ」
「……ほな、うちがやりましょか?」
「……やめてくれ」
「しかし———」
「いいっつってんだろ!!」
渇探流は二人の腕を振り払い、震える腕でグロック19を引き抜いた。
———狙えない。
視界が滲む。
それでも照準を合わせようとして———腕がブレる。
ボロリと、大粒の涙が渇探流の頬を伝った。
視線の先のシャルロットは、相変わらず笑っている。
泣けよ。
泣いて叫んで、死にたくないって、言ってくれよ。
そうしたら、世界よりも、シャルロットを選べるのに。
———選べるのに!!
渇探流は、グロック19の安全装置を外した。
「シャル……」
『パパ、愛してるわ!!』
「…………っ………!!」
渇探流は、息を飲み込んだ。
———月の音が、聞こえてくる。
「シャル……!!」
『そうね、次に会った時は、また、チョコミントアイスが食べたいわ』
だから。
『またね、パパ』
渇探流は、正確にシャルロットの額に照準を合わせ。
「——————!!」
———引き金にかけた指が、止まる。
それでも。
———引き金を、引いた。
乾いた音が、ビルの屋上に響き渡る。
シャルロットが倒れると同時に———声が、響いた。
『生贄が、捧げられました———世界の滅亡は、先延ばしになりました』
ビルの下から、大ブーイングが飛んでいる。そんな中———渇探流は、フラフラとシャルロットへ、近づいて行った。
「し……シャル……」
しかし。
『生贄を、回収します———』
その、言葉で、シャルロットの死体が、段々と薄くなっていった。
渇探流は、咄嗟に走りだす。
消えゆくシャルロットを抱きかかえ、抱き締めて———うわああん、と、泣いた。
その間にも、手の中の存在は、消えていく。
「シャル……!!シャルロット……!!」
その言葉に、笑顔で返してくれる存在は、もういない。
数秒もたたずして———シャルロットの『存在』が、消えた。
「———はて、渇探流はん?そないな可愛い顔して、どないしたん?」
「…………はっ?」
「渇探流君を泣かせたやつは誰ですか?殺しましょう」
「えっ……はっ……?」
渇探流は、いまだに手に残る温もりを、握りしめた。
「何を……いっているんだ……?お前らは……」
「なんかよぉわからんけど、生贄は捧げられたんやろ?下の大ブーイングすごいでんなぁ」
「世界は救われたみたいですね。渇探流君、お祭りです。デートしましょう」
こいつら———覚えて、ない?
渇探流は、手の中の温もりを、もう一度握りしめた。
———消えていない。
目の前が、真っ暗になった。
「はっ……ははっ……」
渇探流は、温もりが消えた手を握りしめながら、笑った。
地球に迫っていた月は、まるで「最初からここにいましたよ」という顔で、元の位置に戻っている。
先程まで世界滅亡の危機だったというのに、民衆はお祭り騒ぎを続けている。
———なんなんだ、この、クソな世界は。
渇探流は、ぎゅうと、目を瞑った。
遊園地ではしゃぐシャル。
チョコミントを鼻につけて、恥ずかしがるシャル。
水族館で魚に見入っていた、シャル。
———全て、覚えている。
「シャル———」
渇探流は、血の跡すら残っていない、コンクリートを見つめた。
そして。
「シャルを犠牲にして、成り立つ世界なんて———ぶっ壊してやる」
「……渇探流君?」
「……渇探流はん?」
ウィルフレッドと黄船が、同時に渇探流に声をかけるが、渇探流はそれを無視して、立ち上がった。
「まずは……生贄の条件からか……?いや、あの上位存在の解析が先か……?」
ブツブツと呟きながら、渇探流は踵を返す。
———そして、一度も、振り返らなかった。
「元の世界に帰る前に———やることが、増えたな」
呟き続ける渇探流を追って、護衛二人がついていく。
お祭り騒ぎの民衆を尻目に———渇探流は、己の自室へと帰って行った。
渇探流が、魔術師としての第一歩を、踏み出した瞬間であった。
そして———少し、時は経つ。
渇探流は、護衛の二人を引き連れて、一つの小さな墓へと、やって来ていた。
その墓石には、『シャルロット・ウェンライト』と書かれている。
渇探流は、墓前に花を手向けると———形式だけ、祈りの形をとった。
だって、彼は神様なんて、信じちゃいないのだから。
———だからこそ。
「俺が……絶対に助けるからな、シャル」
———今度は、選ばせない。
護衛の二人は、困惑の表情をしながら、渇探流を見る。
だって、二人は覚えていないのだから。
———世界の誰もが、『シャルロット・ウェンライト』の存在を、覚えちゃいない。
しかし———渇探流だけは。
渇探流は短い祈りを終えると、立ち上がった。
「———神がなんだ。クソが」
渇探流は、手の中に残るはずのない温もりを、もう一度握りしめた。
———忘れない。
彼は、進む。




