『白』じゃなきゃ、おかしいだろうが
渇探流は、迷わなかった。
———いや、違う。
迷う余地なんて、最初から存在しなかった。
「ウィルフレッド、黄船!!シャルと逃げるぞ!!意識を逸らせ!!全力でだ!!」
その一声で、二人は動いた。
『猟犬』は狙わない。
狙うのは———その周囲。
銃声が響く。
弾丸は遊具を砕き、塀を崩し———瓦礫が、降り注ぐ。
「———ッ!」
『猟犬』の動きが、わずかに止まった。
———その、一瞬。
「シャル!行くぞ!!」
「はい!パパ!!」
シャルロットを抱き上げ———そのまま、地面を蹴った。
塀が崩れる。
———だが、『猟犬』は止まらない。
渇探流とシャルロットが猟犬の側を通り抜けようとする時———何かしなる、鞭のようなものが飛んできて、渇探流は咄嗟に、身を捻って避けた。
それは反対側の壁につき刺さる。やけにぬらぬらと光っている唾液のような物が、目の端を掠めた。
それでも、渇探流は止まらない。
……どうでもいい。
ウィルフレッドも、黄船も———どうでもいい。
考えることはただ一つ、『シャルロットの安全』、それだけだ。
「シャル!大丈夫か!?」
———もし、ここでウィルフレッドが死んだとしても。
それでも、構わないと、渇探流は思っていた。
「パパが守ってくれるから、平気なのだわ!!」
ギュウッと、シャルロットが渇探流の首にしがみつく。その手は震えていたが———だからこそ、渇探流は全速力で、足を動かした。
「渇探流君!!危ない!!」
「渇探流はん!!避けぇや!!」
ウィルフレッドと黄船が、ほぼ同時に叫んだ。
何事かと後ろを振り返ると———牙。
もう一匹の猟犬が、渇探流を噛み砕かんと大口を開けていた。
死ぬ。
渇探流は咄嗟にシャルロットを放り投げようとした。しかし、シャルロットは逆に渇探流にしがみついてきた。
「『守れ』!!」
———その時、何かが『削れた』、気がした。
シャルロットがそう言った瞬間、バリアのような物が展開し、猟犬を弾き飛ばした。
その瞬間、シャルロットが首にかけていたネックレスが、弾け飛んだ。
「逃げるのよ!ウィル!!黄船!!」
シャルロットの言葉に二人が続く。渇探流も息を切らせながら、全速力で移動し———角のない部屋へと、戻ってこられた。
「……パパ……?大丈夫なのだわ……?」
「だっ、大丈夫だ……それよりシャル、お前は大丈夫か……?」
「パパが守ってくれたから無事なのだわ!!……ネックレスは、なくなっちゃったけど……」
「あとで、同じ物を買ってやる」
渇探流は安堵したように、しょんぼりとするシャルの頭を撫でた。
色々と、聞かねばならないことがある。あの猟犬はなんだったのかとか、それを見越したようにあのネックレスは、なぜ用意されていたのかとか。
———しかし、それよりも先に、渇探流はシャルロットが無事であったことに、安堵してならなかった。
そっと、渇探流はシャルロットを抱き締める。
「お前が無事でよかった……シャルロット」
護衛二人の悲鳴が聞こえた気がしたが、渇探流はそのまま、シャルロットを抱きしめ続けた。
シャルロットも、渇探流の背中へと手を伸ばす。
「パパ……大好きなのだわ……」
「ああ、シャル。俺も大好きだ」
そこからの三日は———地獄だった。丸い部屋から出ると、『角』から、猟犬が出る。
それは、安全と謳っている施設内でも例外ではなかった。
シャルロットが丸い部屋へと入ると消える。
原因は———一目瞭然だった。
「渇探流君、あの子は殺すべきです。猟犬のターゲットは、明らかに彼女です」
「うるせぇぞウィルフレッド殺すぞ」
「いやあ、でも、渇探流はん。あの子ぉが原因なの、分かり切っとるやろ?」
「……まだ、わかんねぇだろうが」
「あらぁ?ほなら、なんで彼女、置いてきたん?」
「……………………」
渇探流は、アクセサリーショップでシャルロットに買うネックレスを物色しながら、護衛二人の提言を真っ向から無視していた。
手と目を動かして、シャルロットがかけていた首飾りと、同じ物を探す。
「渇探流君、彼女が来てから明らかにおかしいです。冷静になって下さい」
「せやで渇探流はん。あんさんが情に流されやすいのは知っとりますが———」
「黙れ」
渇探流は、そっくり同じペンダントを見つけ出すと、店員に迷いなくこれを包むように言いつけた。
そして、護衛二人を睨みつける。
「シャルは完全な『白』だ。シャルは白だ……そうじゃなきゃ、おかしいだろうが」
「かっ、渇探流君……!!」
「……渇探流はん……」
護衛二人は、それぞれ違う反応を見せるが、渇探流はお構いなしに、ネックレスをシャルロットへとプレゼントした。
シャルロットは、子どもらしく喜んだ。
「全く同じやつなのだわ!!ありがとう!!パパ!!一生の宝物にするわ!!」
「シャルは大袈裟だなあ」
渇探流は、今まで見たことがない表情で苦笑する。
その顔は———正しく『父親』の、表情だった。
『———生贄を捧げる期限まで———あと一日』
その日の夜、シャルロットと渇探流は、くっついて寝た。
まるで、本物の親子のように。
———明日、『それ』が、終わるとも知らずに。




