人は感情の生き物やない、衝動の生き物や
「愛生は……『帰ってきた者』だ……」
渇探流は、力無くそう言った。
黄船は、何も言えなかった。
100億を出してまで守りたかった存在だ。たとえそれが偽物だとわかっていても———なんて、黄船は思わなかった。
「それじゃ、その洞穴、早速行きましょ」
「きっ、黄船……!?」
「この村に滞在すればするほど、侵食が進む構造どす。早う行きましょ」
「自分の……『根幹を揺るがす感情』だぞ……!?怖くねぇのか!?お前———!!」
渇探流の言葉に、黄船は鼻で笑った。
「『感情ぉ』なんて、いくらでもあとで作れます。自分の———『信念』さえ、残っておれば」
「その……信念は……!!経験や……『感情』から、できてるもんだろうが……!?」
「そうとも考えられますが———違いますわ」
「はっ……?」
「『衝動』、どす」
「……しょう、どう……?」
「せやで。今ぁのうちを形作ってるのは、確かに『感情』もある。せやけど———元の、根っこの部分———これは、衝動や」
「…………衝動」
「かたるはんも、選んできたんとちゃいます?———考える前に、手ぇ出してまう時、あるやろ?」
「……それは……」
渇探流は、黙り込んだ。
「なんか難しい話してるなー?どうした?テツガクってやつか?」
ただ一人、愛生だけは、『いつも通り』に———笑っている。
渇探流は、ふらりと立ち上がった。
「……愛生」
それを、黄船が止める。
「あかんで、かたるはん」
「……わかってる」
「わかってへん」
「わかってるって———言ってんだろ!!」
叫んでから、渇探流はハッとして、顔を上げた。
そこには———窓にびっしりと張り付く、『笑顔』の群れ。
その中でただ一人———いつも通りの、愛生。
「愛生———」
「わかってるよ、渇探流。行くんだろ?」
「えっ……」
「わかってるさ———白木部屋でも、そうだったもんな!!あの時は素手で扉触るから、肝冷やしたんだぜ?また———同じこと、すんのか?」
ニカッと、愛生は、『愛生の笑顔』で、笑った。
——その言葉に、心臓が一瞬だけ、止まった気がした。
「あっ……」
渇探流は、言葉を失った。
あの時と———あの、『失敗』した時と、同じこと。
目の前で、愛生が轢き殺された瞬間が、フラッシュバックする。
その、渇探流の肩を———黄船が、グイッと引っ張った。
「かたるはん」
その、まっすぐな眼差しに———それでも、渇探流は、手の震えが、止まらなかった。
「き……ふね……」
「呑まれたらあかん。あかんで、かたるはん」
「でっ……でも……でも……!!」
渇探流の瞳に、涙が薄ら浮かんだ。それを見て黄船は舌打ちをし、服の袖でゴシゴシと乱暴に擦る。
「あんさんがここから出る術を知ってるさかい———ここで、折れんといてや」
黄船は、愛生から隠すように、渇探流の頭を抱え込んだ。
「……わかっ、てる……わかって……る……」
鼻を啜る音が胸から聞こえてきて、黄船は愛生を睨みつけた。
愛生は———黄船に向かっては、無表情で、見つめ返してきた。
「かたるはん……行きましょ……時間があらへん……」
「……わっ、わかっ……た……」
渇探流は、ふらふらとしながら、立ち上がる。
その様は、黄船から見ても、限界ギリギリであった。
しかし、動いてもらわねば共倒れだ。
「かたるはん、行きましょ」
「あっ……ああ……」
黄船は、半ば以上無理矢理、渇探流を歩かせる。
渇探流は、ふらふらとした足取りで———村の中心部にある、洞穴へと黄船を案内した。
「こっ……ここ……」
「ここで、何したらええのん?」
「岩が……中にあるから……それに、血を垂らして……手放す感情や……それに紐づく『人や物』を……思い浮かべる……」
「なんや、簡単やん」
「でっ、でも……それは……自分の根幹を揺るがす……感情でなきゃいけない……軽いものは、ダメだ……」
「……あっそ。ご親切にどーも」
二人と———『もう一人』は、洞穴の中へと、入って行った。
洞穴の中は、ひどく湿っていた。
あちこちに苔が生え、足元は海水が所々染み出しており、気をつけなければ滑ってしまう。
そんな中、三人は洞穴の最奥———巨大な岩石がある場所まで、たどり着いた。
「これ……でっか?渇探流はん」
「あっ、ああ……これで、間違いない……」
「ほな、やりましょか」
黄船は、荷物からバタフライナイフを取り出した。その刃を自分の親指に当て、血を出すと———巨大な岩に、血を垂らした。
思い起こすのは、もちろん金———のことであるはずなのに……何も、起こらなかった。
一瞬の静寂。
「……?ちょお、かたるはん……?何も、起こらへんのやけど……?」
「えっ……そんな、はずは———」
「———それが、『根幹を揺るがすもの』じゃないってことだろうな!!」
愛生が、笑いながらそう言った。
———場違いなほど、朗らかに。




